森のクマさん(ショートショート)(旧作復活版、朗読向け)
※2022/03/24 シシリュウ様がイラストを作成してくださいました!
昔々あるところに、世にも珍しい紫色の毛並みをした一匹のクマさんがおりました。
クマさんはどうしようもない怠け者で、定職にはついておらず、人間社会でいうところの日雇い労働で生活しておりました。職務時間以外においては、好きな時に寝て好きな時に起きるような、極めて怠惰な生活を送っておりました。
食料に困窮した時は、特に追加で働き口を増やすようなこともせず、仲間の動物達と賭け麻雀に励みました。しかし、彼は麻雀がめっぽう弱かったため、しょっちゅう仲間の動物達にカモられておりました。当然、その結果にクマさんが納得するはずもなく、負けた場合は麻雀卓をひっくり返すなどの事件をたびたび起こしました。
このように、クマさんはどうしようもない動物だったので、周りの動物達からも煙たがられておりました。
「あいつはここでは長生きできないタイプだな」
「見てくれは悪くないのに、どうしてあいつはダメ動物なんだ」
「どうやらあいつは、この森に来る前に実家を追い出されたらしい」
様々な憶測や陰口が動物界で飛び交いましたが、クマさんは特に気にした様子もなく、毎日のんびり生きておりました。
◆◆◆◆
そんなある日のことです。
クマさんが森の中を当てもなくぶらついていると、一匹のシカ君がクマさんの目の前を横切りました。
シカ君はクマさんの姿を一目見るなり、非常に呆れた様子でこういいました。
「こんな平日の昼間から仕事もせず、一体何してんの君?」
明らかに煽ってきた一言に、クマさんは一瞬カチンときました。しかし、シカ君の透き通るような声に気を良くしたのか、すぐに平常心を取り戻しました。
「いや別に何もしてないよ。この歳になると毎日やることがなくて困るね」
シカ君の質問に対し、さも当然のように答えるクマさん。
その回答を聞くなり、シカ君は心底馬鹿にした表情を顔に浮かべました。
「僕より年上なのに、まともに仕事しないなんてダメダメじゃん。もっと動物社会のためになるようなことしようぜ」
シカ君が放った台詞に、クマさんは自身の頭を大木で殴られたような強い衝撃を受けました。
◆◆◆◆
それからクマさんは、森の奥にある図書館に向かいました。
図書館には、世界中から集められた多種多様な本が収められていることから、勉学に勤しむにはもってこいの場所といえました。
しかし、この建造物には幾千幾万の本が収容されており、普段この場所に足を運ぶことのないクマさんは、どれを選べば良いか分かりませんでした。
悩みぬいた末、彼は近くにいた還暦を過ぎたカメお婆ちゃんに、おススメの本を尋ねました。普段教会に行くカメのお婆ちゃんは、彼に新約聖書をススメました。ちなみに彼女は、実は自分がプロテスタントであるという、聞いてもいないことまでクマさんに教えました。
カメお婆ちゃんの長話が始まることを予感したクマさんは、適当なところで話を切り上げ、本棚から新約聖書を手に取りました。
ええ、そうです。彼はいつだって素直なんです。少年のようにピュアなハートを持っているんです。
ですが、語彙を知らない彼は、自分のことを上手く表現することができない欠点を持っていました。
クマさんは、しばらく新約聖書を読み進めました。しかし、クマさんの頭では何が書いてあるのか全く理解できなかったため、途中で読了を諦めてしまいました。
「もうやめた。何が書いてあるか全然分からないし。そもそもこれ、絶対読みものじゃないだろ」
彼は手に取った新約聖書を元の棚に戻すと、軽い運動のため、反復横跳びをしながら自分の家まで戻りました。
◆◆◆◆
それから数日後のことです。
動物達が住む森を未曽有の大洪水が襲いました。しかし、これまで大災害を経験したことがない盆暗達では、まるで話になりません。仕舞いには、念仏を唱えたり、神に祈ったりするものまで現れました。
そんな彼らの有り様を目の当たりにしたクマさんは、森に生えているいくらかの木々を、その鋭利な爪でなぎ倒しました。
その結果、切り倒された大木達のおかげで、洪水は見事せき止められ、大勢の動物達の命がクマさんによって救われました。
この功績により、クマさんは一躍時の人となりました。元々顔立ちも良いこともあり、森のあちこちではクマさんグッズが売られるようになりました。森の長からは、『鬼神も哭かしむほどの壮絶な最期』という最大名誉の言葉を与えられました。
そのようなことが起こっても、クマさんは特に嬉しがらず、相変わらずくっちゃねくっちゃねしながら毎日を過ごしておりました。
◆◆◆◆
それから数ヶ月が経った頃です。
前回と同じように、動物達の楽園に再び大洪水の脅威が襲い掛かりました。
しかし、今度は動物達は慌てません。何故なら自分達にはクマさんという強い味方が付いているからです。彼らは大船に乗ったつもりで、クマさんの活躍を静かに待ちました。
ところが、どれだけ待ってもクマさんは現れませんでした。
クマさんが助けに来てくれると信じていた動物達は、危うく洪水に巻き込まれそうになりました。前回の洪水の後に高台を見つけており、運良くそこに非難することに成功したため、命だけは助かりました。
洪水が収まると、動物達は皆、般若のような仮面を被り、手に松明を持ちながらクマさんの元に向かいました。
クマさんが彼ら動物に遭遇するや否や、びっくり仰天。腰を抜かしてしまいました。
洪水の被害にあった動物達は、クマさんに対し、これでもかというくらいの罵詈雑言を浴びせました。
六時間にも及ぶ全ての罵倒を聞き終えると、クマさんは目を丸くしてこう述べました。
「この前洪水が来た時、俺がその対処法を教えただろう。君達は前回の出来事から何も学ばなかったのかい? 怠けてるよ君達」
クマさんがそういうと、動物達はお互いに顔を見合わせましたとさ。ちゃんちゃん。
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ちなみに本作品の教訓は『人の振り見て我が振り直せ』ですね。