居ない人
居ない人
今日は大学時代から腐れ縁の友人が集まるパーティーだった。外は寒い。うちの中は暖かくしてある。クリスマス。六人来る予定。男女の比率は半々である。大学時代からいつも元気な体育会系の武蔵は、快活な、つばめ、と付き合っている。このまま、うまくいきそうな二人。私も大学時代からだが、今、料理を作ってくれている、あやめとつきあっている。武蔵達より少し前から。あとは、すこし自分勝手な、けいた、と少し奥手そうな印象をもつ、コユリ。ふたりは、別につきあっていない。どうにもなりそうにない。こんな六人。
八時過ぎに、みんな私の家にそろった。
各人、食べ物やらパーティーグッズやら色々なもの持ってきた。みんな自信満々。
でも、みんなが、待ち望んでいるのはあやめの料理で、とくにターキーだった。あやめは大学時代から、料理が得意だった。私たちが付き合いだしたきっかけもそれだった。高校を出て独り暮らしを始め、味もそっけもない食事をとり続けていた私には、あやめの心のこもった料理はセンセーショナルなものだった。切りもしない大根を塩水で浸し、かぶりつき、生で食べる寂しさを感じていた私。あやめは酷すぎると言って丁寧に料理を教えてくれた。結局私の料理はうまくならなかったが。あやめとはうまくいった。
「けいた、また痩せたな」武蔵が言う。体育会系の武蔵には運動もしないで痩せていることが気になるらしい、いつも言う。けいたは「人として悪いことじゃないだろ」言い返す。「まあまあ、二人とも仲良く」つばめが笑いながら言う。
私の住んでいるマンションの一番大きな部屋にわざわざ置いた大きな食卓についた。六人がそろう。私は嬉しかった。料理もそろった、みんなお待ちかねのターキーも。
食事が始まるとすぐに、「あやめこんなヤツの何処が良いの?」武蔵が私を指さしてあやめに向かって言う。
あやめは聞いていない振りをする。武蔵の隣のつばめは「やめなさいって。自分のこと言われたらどうするの」
「どうするもこうするも、お前が答えることは決まってる」
「ぶつわよ」
武蔵はつばめに頭を叩かれた。
けいたは、ターキーを少しでも多く堪能しようとして、独りで全部食べる勢いだ。話を聞いていない。
コユリはそれを眺め、ぼそぼそと駄目だなあ、けいたは、などと思っていそうだ。
「けいた、最近どうだ」私は、食べることに夢中のけいたに悪いと思いながらも、聞いた。
「どうもこうもないよ。最悪だね」背をそらしながら、けいたは言った
「でも地道にやっていける仕事なんじゃないの?」
「うるさいよ。お前は何様なんだよ」けいたは言った。
「いつもながら、荒れてるねえ」武蔵が言う。
「いつもは荒れてねえよ。なあ食べることに集中させてくれよ」けいたは、あまり話したくなさそうだ。
「食べたいんだねぇ。もう少しお行儀よくしてね」つばめは言う。
「いいよ。作ったかいがある」あやめが嬉しそうに言う。
「できてるねえ、あやめ。いいことあるよ」つばめの言葉に私はドキドキした。
「俺トイレ行ってくる」けいたは突然立ち上がって言った。
「どうぞ」コユリが言った。めずらしいことを言う。
五人になった食卓。
「あいつ何が気に入らねえんだ。大学のときはもう少し穏やかだったぞ」武蔵が言う。
「いろいろあるんだねえ、社会ってのは」つばめが言う。みんながうなずいた。
「何かのクラブとかの縁じゃねえけど。俺たちはイケてる」武蔵。
「さあね」
「まあね」
みんな同意見。
社会人になってからの愚痴や笑い話をした。五人ともがこの四年苦労していることが分かった。絆が深くなった気がした。なんでこういう時に、けいたはいないんだろう。
「ちょっと見てきて」言い出したのはつばめだった。武蔵は落ち着かなかったようで待ってましたとばかりに、トイレのほうに行った。
数分後。青ざめて震えながら武蔵は戻ってきた。
「どうした?」私は、嫌なものを感じながらも聞いた。
「お前だけ来い」武蔵は私に言う。
武蔵と私はトイレのほうに行く。
「なんだよ」武蔵は言う。
トイレのドアの前を見る。
胸を刺されて大量出血している、けいたが横たわっていた。
「もうだめだ。触るな」
「誰がこんなことを」
「どうかした?」女性陣も異変を感じてやってきた。
「見るな」武蔵は大声で言う。
時はすでに遅かった。
「あやめ」つばめはあやめにしがみついた。
「なんでこんな酷いことができるの」こゆりは、泣き崩れながら言った。
「わけわかんねえ。ぜったい、ぶっ殺してやる」武蔵は、言った。
「外から人が入ったのか・・・」
「この中に、こんなことができる奴はいねえ」武蔵。
「あんた、いつも喧嘩してたじゃない」つばめが、赤い目で言う。
「俺はなあ。こいつのこと尊敬してたんだぞ。弱くて卑怯なところもあるけど。自分なりの努力をしてた。ホントは礼儀正しんだぜ。笑わせてもくれた。ワザとなんだろうなあ。いつも、思ってたよ」
「あんたはどうなの?」つばめは、気がふれたみたいなトーンで私に言った。
「どうもこうもないよ。おれは、いつもこいつのことを、気にかけてた。自己中心的なところが、いつか開拓者になるんだろう。そうなればいい。そうなれば。いい・・・」言葉が、つまって出てこない。
「私たちは考えられない。こいつがいないと。たのしくない。おいしいもの作っても、六人そろったときは、こいつがいちばん。愉快にしてくれる」つばめは女性陣を代表するように言った。コユリは泣いている。
「どうだか」武蔵。
「この中にはいないだろう。パーフェクトなバランス壊すやつ。最強の六人」私は、近所を通る電車の音にいらいらしながら言った。
「こんなパーティーさいてーだぜ。最悪。」武蔵が言ったことに、みんなうなずく。
「警察に電話しよう」
「そうだね」みんな泣いている。
「皆さん驚いた」けいたの声だった。
けいたは起き上がり血まみれの状態で、ニタニタしている。
状況が把握できない私たちは、呆然とするだけだった。
「おまえ」武蔵。
「いやあ。大変大変」けいたは、何も感じてない風で言った。
「いやあああああああ」つばめが叫ぶ。
「このやろー」武蔵。
「言うと思った」けいた。
「ゆるさねえぞ。俺は。こんなこと。では済まさねえぞ。おまえおかしいよ」
「済ましてちょうだい。プリーズ」けいた。
「どんなクリスマスにしちまったか、わってるのか」武蔵。
「さあね」けいた。
「俺は今日プロポーズする予定だったんだ」私は怒りながら言う。
「それは、結構ですな。せいぜい断られないように」けいた。
「おまえ。自分勝手では済まされねえぞ。これは縁切りだ。もう二度とお前の顔なんか見たくない。」泣いているコユリ以外は皆うなずく。
「はいはい」なぜか胸をはらい。けいたは泣いている。大粒の涙だ。こらえようとしているようにも見える。急に玄関のほうに走り出し。外へ走り出していった。
しばらくして「私、帰る」こゆりも、帰った。
四人だけになった。一時間ぐらい話したが。何の話だったか覚えていない。
お開きをして、あやめと私だけになった。
「けいた。大丈夫かな?」
「うーん」
その後、半年間、けいたの消息はつかめなかった。仕事先で、大学時代にけいたの知人だった人からから「けいたは、胃がんで死んだ」と聞かされた。それを聞いた後ごろから、コユリとも連絡が取れなくなった。
七年後。帰りに立ち寄ったコンビニで、ビジネス雑誌を買った。
けいたは新進のロボットテクノの会社の社長になっていた。写真には、すこし太った、けいたと、垢抜けた秘書が写っていた。秘書はコユリだった。
家であやめと泣いた、三歳の螢はまだわからない。
好きな食べ物「親友のお嫁さんが作ってくれる、ターキー」
原動力「友人」
今年のクリスマス。
「けいた来るかな」あやめ。
「大丈夫」
私は七年分のクリスマスに集まった四人の姿と、年ごとのターキーの写真を、けいたの会社に送っておいたから。
・・・・・・玄関のベルが静かに鳴る。 おわり