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5話 誘拐事件



「『風よ、我の足場になれ!』」


 イーディスは眼前の空気を払いのけるように、手を前に出した。

 一階部分に差しかかったところで、ふわりと風が足元に集まる。その瞬間までイーディスの身体は地面へ向かって一直線に落下していたが、風が柔らかい足場となり、落下速度を緩めてくれる。


「すみません、お邪魔しますね」


 イーディスは、ふわりと男たちの前に降り立った。

 

「なんだ、お前?」


 唐突に降りてきた少女に困惑を隠せないのか、男たちの動きが止まった。

 男たちの動きは止まったというのに、依然として麻袋は不規則に動いている。小動物にしては大きく、大型動物にしては小柄な袋だ。


 やはり、子どもが中に入っているに違いない


「その袋、なにが入っていますか?」


 イーディスは右拳に魔力を集中させると、男たちの返答を待った。


「見られちまった以上、仕方ねぇな。この女も連れて行くぞ」

「身体つきは貧相だが、女は売れるからな」


 麻袋を抱えた男以外――つまり、五人の男はそれぞれの剣を構える。


 どんぴしゃり。彼らは人さらいだ。

 イーディスは、すっと目を細めた。


「嫌いなものはいっぱいあるけど、人さらいが二番目に嫌いなんです」

「ふん、知ったことか!」


 男たちが剣を構えて突撃してくる。

 イーディスは最初の男が振り上げた剣を避けると、身体を屈め、重心が乗っていない方の足に払いをかけた。男がよろめいた隙に、イーディスは彼の腹めがけて右拳にため込んだ魔力の塊をぶち込む。魔力をこめたおかげで、ただの女の拳はちょっとした格闘家くらいには強化されてるのだ。


「ぐはっ!」


 イーディス渾身の一撃を受け、最初の男は腹を抑えて倒れ込んだ。おかげで、他の男たちは仲間が邪魔で狙いが定まらないのか、イーディスに迫る速度がわずかに緩まった。


「私、戦いは苦手だけど……!」


 イーディスは倒れた男の剣を拝借すると、魔力を込めた指で剣先をなぞる。


「女だからって、舐めないでください!」


 これでも、魔王討伐の旅をした身。

 エリシアたち仲間たちの足元にも及ばなかったが、剣があればこの程度の盗賊には後れをとるまい!


「『光よ、我に力を!』」


 イーディスが叫ぶと、剣に光の粒子が集い始める。

 それを見ただけで、男たちは見るからに怯んだ。


「あいつ、魔法使いだ!」

「ひるむな! 女であることには変わりないんだ!」


 彼らはイーディスに襲いかかるのをやめない。だけど、怯んでいるのか明らかに足が引けていた。

 イーディスはそこを見逃さず、剣先で宙に4つの輪を描く。


「『あいつらを捕えろ!』」


 イーディスは鋭く唱えながら、男たちに向かって薙ぐように剣を操った。その動きに呼応するように、剣が創った4つの輪は男たちに向かって放たれる。


「ひぃ!」


 冷静に立ち向かうことができれば、光の輪を切り落とすことは簡単だ。

 しかし、すでに一度怯んでしまったせいか、男たちはなすすべもなく光の輪にとらわれてしまった。


「そこで、おとなしく待っていてください」


 イーディスは男たちが光の輪で拘束されたことを視認すると、まっすぐ大きな袋を抱えた二人組に向かっていった。


「さて、麻袋を渡してもらいましょうか」


 イーディスが駆け寄ると、男たちは短い悲鳴をあげると袋を置きっぱなしにして逃げ出した。


「……肝の小さい人」


 イーディスは袋を取り上げると、担いだまま路地の奥へと逃げた。

 本当なら通りに逃げて、周りの人に助けを求めたかったが、路地の様子を隠すかのように、連中の馬車が止まっている。通りへ走っても、あの馬車につかまったら終わりだ。

 かといって、ここに長くとどまりつづけるわけにもいかない。

 イーディスの創り出す光の輪は、数分しか持たないのだ。そのことが発覚する前に、この袋と一緒に少しでも遠くへ逃げなければいけない!


「っ、あの女ーっ! どこへ行きやがった!!」

「すぐ探せ! そんな遠くには行ってねぇはずだ!」


 そう考えた傍から、先ほどの男たちの叫びが聞こえてくる。


 イーディスは、無造作に積まれていた樽の陰に隠れる。荒れた息を整えながら、いそいで麻袋を開ければ予想的中。麻袋には、五歳くらいの子どもが入っていた。ふんわりとした茶髪が特徴的な男の子は四肢が縛られ、猿轡を噛まされており、大きな緑色の目は恐怖に染まっている。


「じっとして」


 イーディスは剣で縄を切り、男の子の猿轡を外してあげた。猿轡を外すと、男の子はぷはーっと息を吐いた。


「あ、ありがとう。おねーちゃん。ぼくね、遊んでたら……」

「ごめんね、少し静かに。追手の音が聞こえるの」


 イーディスが短く言うと、男の子の身体に緊張が走った。


「走るよ」

「う、うん」


 イーディスは男の子の手を取ると、さらに奥へと走り出した。

 ここに潜んでいても、すぐに見つかってしまう。かといって、来た道を戻ったら鉢合わせ。いまは少しでも距離をとって、大通りに帰れる道を探さないといけない。

 必死に考えながら突き当りを曲がったとき、イーディスは足を止めてしまった。


 そこは行き止まりだった。自分の背丈よりも数倍高い壁が立ちふさがっている。

 本当、運がない!

 おまけに、足音はどんどん近づいてくる。


「見つけたぞ!」


 ついに、男たちが追いついてしまった。行き止まりの出口を塞ぐように立っている。


「大人しくしてね」


 イーディスは男の子に囁くと、壁に立てかけるように降ろした。イーディスは不安で叫びたい心を押し殺すと、涙目の彼に笑いかけた。


「なんとかしてみせるから」


 イーディスは歯を食いしばって前を向く。

 男の数は三人。数人減っているのは、どこか別の場所に探しに行っているのだろう。

 数が減って幸運? いや、そんな世の中上手くいかない。今の三人には隙がなく、さっきの捕縛術にかかってくれるとは思えなかった。



 本当、神様はくそったれ。


 イーディスが覚悟を決めると、男たちはじりじりと距離を詰めてきた。


「こっちの段取りが狂ってんだ。ここの領主にバレる前に動かねぇと……」

「誰にバレる前って?」


 唐突に、上から声が降って来る。

 それと同時に、巨大な影が屋根から落ちてきた。巨大の影の正体に気づいた瞬間、イーディスは目を見開いていた。


「ウォルターさん!?」

「一人で人さらいに立ち向かうなんて、危ないだろうが! ……まあ、ここまで良く持ちこたえたな。二人とも無事で良かった」


 最後の言葉だけ優しさが滲んでいたが、彼が怒り心頭なのは分かった。ただでさえ凶悪魔族顔なのに、額には筋が幾本も浮かび、口元がひきつっている。


「さてと、覚悟はできてるな?」


 ウォルターは男たちと向き合った。

 こちらからは表情が見えないが、背中から怒りが浮かび上がっている。直接向けられているわけではないのに、彼の殺気で震えあがりそうだ。


「この街で人さらいとは、いい度胸じゃねぇか!」


 その激しい怒りを正面から受けて、正気でいられるはずがない。

 男たちは恐怖でガタガタ震え、腰も引いてしまっていた。


「その角……まさか」

「兄貴。やばいぜ!」

「うるさい! 数ではこっちが勝ってる!」


 三人は雄たけびを上げながら突撃する。

 三対一。しかし、まったく負ける気がしない。

 ウォルターは剣を抜くまでもなく、拳を一振りしただけで全員を吹き飛ばしてしまった。その荒々しいまでの威力、一緒に旅をした騎士に匹敵する。否、騎士は洗練された戦法だったが、彼は野性的で乱雑。彼に一番近い戦い方は、まさしく――


「こ、この、魔族め」


 倒れた男が呟いた。

 ウォルターはそれを耳にすると、容赦なく男の腹に足を乗せた。


「誰が魔族だって? オレは人間だ!」


 それっきり、男は白目をむいて動かなくなった。


「殺したの?」

「いいや」


 ウォルターは足をどかすと、こちらに近づいてきた。


「こいつらには、聞きたいことがあるからな」


 荒々しさは残っているが、もう殺気は感じない。彼はこちらに足を向けると、男の子の前で立ち止まった。


「坊主、無事だったか?」

「ウォルターにーちゃん! おねーちゃんがたすけてくれたの」

「そうかそうか、それなら良かった」


 ウォルターはわしゃしゃと彼の頭をなでながら、にかっと笑った。ぱっと見た感じは、やはり凶悪極まりない笑顔だ。ぎらりと光る牙が怖い。それなのに、あいかわらず横顔はどこまでも優しかった。


「さてと、そろそろ増援も着く頃だ」


 ウォルターがそう言うと、路地の奥から何人もの足音が近づいてくる音が聞こえた。

 騎士団だ。人さらいを捕まえるため、ウォルターが呼んだのだろう。この辺りの騎士団となると、どう考えても、ハイランド辺境伯の騎士団しかいない。

 イーディスに芽生え始めていた仄かで温かい気持ちが、どこかへ吹っ飛んでしまった。


「ならず者はどこですか!?」


 騎士団の先頭に立っていた男は惨状を見ると、呆れかえったように息を吐いた。


「って……また、あなたが倒したんですか」

「別にいいだろ、街の平和は守ったんだからな……って、イーディス。どこに行くんだ?」


 ウォルターが騎士団に気をとられている隙に、こっそり逃げようと思ったのに呼び止められてしまった。あっというまに、彼に肩をつかまれ、首に手を回らせてしまう。


「ったく、お前なぁ……また、陰気くさい顔に戻ってるぞ。

 もっと嬉しい顔をしろ。そりゃ、オレやシャンディに相談一つしないで飛び出していくなんて、無謀極まりねぇけどさ、お前のおかげで坊主は助かったんだぜ?」

「あれ? その人って……」


 騎士の声に驚きの色が混じる。

 イーディスは、これはバレたと直感する。早く話を切り上げて、意地でも逃げないとまずい!


「わ、私、ここを出発しないといけなくて……」

「行く場所がねぇって言ったのは、お前だろ? 安心しろって、一番の宿屋を紹介してやる」

「いや、その必要はないですよ」


 騎士がきっぱり否定する。

 ウォルターの顔が不思議そうに歪んだ。


「お前なぁ、功労者を礼なしで放り出すつもりか? イーディスがいなかったら、坊主は誘拐されてたんだぞ」

「赤髪に青い瞳……なるほど、貴方がイーディス様でしたか」


 騎士は納得したように頷いている。


「彼女は屋敷にご案内します、ウォルター・ハイランド様」

「え、ちょっと待ってください」


 イーディスは困惑を隠せなかった。


「ハイランド……?」


 さあっと血の気が引いていく。

 イーディスが青ざめる一方、ウォルターは面倒そうに頬を掻いていた。


「伝えていないのですか?」

「伝える必要ないだろ。というか、屋敷に招待するなんて、どういう風の吹き回しだ?」

「……なるほど」


 騎士は呆れたように息を吐いた。


「この方はウォルター・ハイランド辺境伯。

 我らの主であり、貴方様の夫になる御方でございます」

「夫……嘘、ですよね?」


 イーディスの視界が揺れる。

 目の前がみるみる間に暗くなり、じわりと指先から冷たくなっていく。



 そうだ、よく考えたら――ハイランド辺境伯の額には角があると噂されていた。

 普通、角のある人間はいない。

 なのに、ウォルターには角がある。その時点で、気づくべきだった。


 自分が死の縁で倒れそうになっているときに、手を差し伸べてくれたから――怖い雰囲気のなかにも、どこまでも案じてくれる優しさを見たから……この人は違う、と思ってしまった。



 自分の勘に頼りすぎて、一番大事なことを見落としていた。

 その事実も、自分の失態に追い打ちをかける。


「ハイランド様の代理で魔王討伐隊の出陣式に参列したとき、今代の聖女様と拝謁できたんですよ……貴方様はお忘れになっていると思いますが」



 あ、これ不味い。

 手足の感覚もなく、だんだんと暗闇が覆いつくしていく。自分自身が小さくなり世界から遠ざかっていくような感覚……こうなっては、もうどうすることもできない。



「聖女って……おい、イーディス!?」



 ウォルターの驚愕する声を最後に、イーディスの視界は暗転した。








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