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1話 聖女、婚約破棄される



「聖女イーディス・シルバーベル、お前は用済みだ」


 セドリック王子から宣言されたのは、魔王を討伐してから二日後のこと。

 イーディスが魔力切れを起こし、部屋でぐったり寝込んでいたときだった。


 イーディスは仲間たちのために魔王城にあった転移陣を起動させ、王都に帰還することができたのだが、その結果、一人で立つこともできないくらい魔力を消費してしまったのである。他の仲間たちが祝賀パーティーに参加しているなか、イーディスだけは城の一室にひきこもり、ひたすら体力の回復に努めていたのであった。


「どういうことでしょう?」


 イーディスはなんとか身体を起こし、セドリックに問いかけた。


 『聖女は王家の者と婚姻しなくてはならない』という法律があり、セドリック王子はイーディスの婚約者にあたる。とはいえ、彼から愛情を向けられたことは一切なかったし、こちらとしても相手に親愛の情を持つことはなかったが、それでも、用済みとはどういうことなのか?


「魔王を倒したから、聖女に用はないということでしょうか? だから、私との婚約を破棄するということなのですか?」

「あら、なにを勘違いしていますの?」


 イーディスが理解に苦しんでいると、旅の仲間のエリシア・エンバスが答えた。

 エリシアは先ほどまでパーティーに参加していたのだろう。月の光を集めたような銀髪を優雅に束ね、可愛らしいレースをあしらったドレスをおしゃれに着こなしている。まるで、絵本から飛び出してきたお姫様といった完璧な装いだったが、紫の瞳はぞっとするほどに冷淡だった。


「イーディス。あなた、魔王討伐のたびにおいて、貴方が役に立ったことがありまして?」

「君は剣技も魔法のセンスもない。魔王と戦ったときなんて、なにもしなかったじゃないか」

「転移の陣を発動させただけで魔力切れになるなんて……歴代の聖女はさー、魔力量が多いんだよね。それに比べたら低すぎだし、足手まといすぎるよ」


 エリシアに続けとばかりに、後ろに控えていた着飾った仲間たちが口々に言いだした。


「ですが……私は、聖女になるまで、一度も――」

「聖女としての宣託を受ける前まで、貧民街の孤児だったから戦闘訓練も魔法の勉強もしてこなかったと? それは事実でしょうが、歴代の聖女様にも同じことが言えますのよ」


 エリシアはイーディスの言葉をさえぎり、ふんっと鼻を鳴らした。


「正直に申し上げますわ。貴方、歴代最弱の聖女でしてよ。実のところ、宣託が間違っていたのではないかと、みんなが疑っていますの」

「その通りだ!」


 セドリックは叫んだ。


「本当の聖女は、エリシアだ!

 だから、これからの聖女としての役目は、エリシア・エンバスに引き継ぐことになった。つまり……イーディス、君はいらない。

 したがって、君との婚約も破棄し、新しい聖女――エリシアと婚約する」


 彼はどこまでも冷たい眼差しで、イーディスを断罪するかのように宣言した。


「そんな……!? たしかに、1年前に宣託がくだったって……! セドリック様も『君は間違いなく宣託の聖女だから、私と一緒に頑張ってくれ』って……!」

「それは旅が始まったときの話だろ? 1年の間に、君はなにを成し遂げた?」

「私は……」


 イーディスはなんとか反論しようとしたが、どうにも言い訳っぽい言葉しか出てこない。

 1年前、王都の貧民街に大教会の神官が『燃えるような赤髪に青色の瞳をしたイーディスという名をした18歳の少女』を探しに来たことを思い出す。神官はイーディスを見つけると、有無を言わさず城に連れてこられ、あれよあれよというまに聖女としての任命式をすることになったのであった。

 

「イーディス、君はなにもできなかっただろ? その点、エリシアはよく気がつき、よく働いてくれた。エリシアがいなければ、途中で旅が終わっていた」

「それは、そうですが……」

「エリシアが魔王を倒したも同然だ。現に、エリシアが魔王に囚われた令嬢を救い出す方法を編み出し、魔王の弱点も見つけだしたではないか!」


 歴代の聖女は、魔王を含む魔族の弱点を見抜く力を持っている。

 イーディスだって頭が痛くなるまで集中すれば、魔族の弱点を見抜くことができた。だが、エリシアは特に苦労することなく言い当てることができる。


 どちらが聖女の能力らしい聞かれたら、間違いなく後者であった。


「魔王戦において、君はなにをしていた? エリシアの言うがままに動き、令嬢を守るのがやっとだっただろ?」

「ですが……宣託にあった髪や瞳の色とか名前は、エリシア様と一致しません」

「神官が間違えたのだ。それに、年齢は一緒だろ」


 イーディスは黙りこむことしかできなかった。

 セドリックの発言に対し、否定の言葉を返すことができなかった。



 エリシア・エンバスは、とても勘の良い。

 名門侯爵家の次女で戦闘の訓練も行っていないというのに、まったくお荷物にならず、むしろ、旅になくてはならない大切な存在として活躍していた。まるで、未来が視えているかのような勘の鋭さに、誰もが彼女を頼り、彼女を中心に物事が回っていた。


 エリシアは、ちょっと――いや、かなり、イーディスには冷たくあたり、いじわるな少女ではあったが、旅の仲間たちの中心で、朗らかに笑う姿は、彼女こそが本当の聖女のように輝いていて――いつも隅の方で足を抱えて座り込んでいた自分とは雲泥の差。

 

 イーディス自身、何度も何度も「本当に自分が聖女なのだろうか?」と疑ったものだ。

 それでも「自分は聖女だから」と言い聞かせながら努力してきたのに、なにもできずに終わってしまった。


「イーディス、お前にはウォルター・ハイランド辺境伯に嫁いでもらうことになる」


 イーディスがうなだれていると、セドリックが淡々と言葉を続けた。


「聖女は王族と婚姻しなければならない。ハイランド辺境伯なら身分も釣り合うだろう」

「よかったわね、元聖女様」


 エリシアはセドリックに寄り添いながら、とても嬉しそうに微笑んだ。


「ハイランド領は静かな土地だし、先の戦で武功を立てた勇猛な人よ。王家の血も引いているし、貴方にはもったいないくらい」


 エリシアの高らかにはしゃぐ声は、イーディスをさらに落ち込ませた。


 ウォルター・ハイランド辺境伯は肩書だけ見れば素晴らしい。

 王家の血を引く辺境伯で、広大な土地を納め、財力もある。そのうえ、隣国の侵攻から守った英雄だとすれば引く手数多のはずなのに、いかんせん。他の評判がひどすぎるのだ。

 魔族のような角を生やした冷酷非道な男で、三度の食事よりも血を浴びることが好きな戦闘狂。良家の娘との婚約が内定しても、数日以内に逃げ出すほど酷い人物だとか。


 だから、二十代後半になるというのに、いまだに正妻がいない。

 

 貧民街まで悪評の届く最低な男のもとに、エリシアたちは笑顔で嫁がせようとしてくる。


「私……」


 そんなに、旅のお荷物だったの?

 そこまで、恨まれることをしたっけ?

 

「なんだ、その顔は?」

「どこが不満なのかしら? 貴方は、本来ならただの孤児。王家の血を引く男性と結婚なんて、夢のまた夢でしたのよ? これほどまでに良い縁談を探してやったのだから、私たちに感謝して欲しいわ」

「……すみません」


 ここで逆らっても、なにも変わらない。

 イーディスはなんとか謝罪の言葉を呟くと、彼らは満足そうに頷いた。


「分かったならいい。明朝には、ハイランド領へ出立する馬車を用意する。さっさと、荷物をまとめておくように」


 セドリックは吐き捨てるように言うと、もう何も話すことはないとばかりに背を向ける。エリシアや他の旅の仲間たちも同じなのか、さっさと彼の後に続けと部屋を立ち去って行った。一人、神官のオーウェンだけは立ち止まり、イーディスを振り返った。


「君の聖女としての称号は『払い』になったから」


 ずっと無表情だった神官は淡々と告げる。

 「払い」とは、どういうことだろう? イーディスが考えていると、エリシアがすぐに戻ってきて鼻で笑った。


「魔王を追い払い(・・)、ご令嬢を救出した旅の一員だったでしてよ。お荷物聖女だった貴方に、称号をつけてもらえたことにも感謝しなさい」


 魔王を追い払った旅の仲間なのに、役立たずだからお払い箱にする。

 なんて、皮肉な称号なのだろう。嫌がらせにしか思えないが、ここまでくると怒りや悲しみよりも、虚しさに襲われてしまう。


「そうですか、ありがとうございます」


 イーディスが感情のこもっていない口調で返せば、エリシアは少し気後れしたようだった。紫の瞳を細め、汚らわしい物でも見るかのような眼差しで一瞥した。


「そう。なら、いいわ」


 エリシアはそれだけ告げると、大股で部屋を出ていった。


「まったく! なんなんだ、偽物の聖女で孤児の分際であの態度は!」

「意外とあっさり引き下がったのはよかったけど、聖女にしては冷たすぎるよね」

「エリシアが慈悲でハイランドに嫁げるように取り計らってくれたというのに……」


 セドリックを含めた旅の仲間たちの話し声が聞こえてくる。


「私は本当の聖女としての責務として、あの偽物に引導を渡したまで。慈悲ではありませんわ」

「さすが、エリシア! 本物の聖女だ!」


 賑やかな笑い声が、足音と共に遠のいていく。






「明日、凱旋パレードだったのに」



 イーディスの呟きを拾う者はいない。


 払いの聖女ーーお払い箱の聖女は、パレードに参加する資格すらないということなのだろう。

 そう考えると、すっかり枯れたと思っていた涙が頬を伝った。


「いまさら、泣いてたまるか」


 イーディスはベッドに潜って、ぎゅっと唇をかみしめる。

 あんな連中のために泣くなんて、腹正しくてたまらない!


「……寝よう」


 


 どう考えてもお先真っ暗な未来しか待っていないけど、明日もなんとか生きるために。 











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