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日曜日とパチンコ

 日曜日、朝起きたら昼の1時半だった。厳密には朝ではないのだが、そんなことはどうでもよかった。スマートフォンで時間を確認した俺は、いつも通り軽く後悔した。昼過ぎに起きたらもう何もする気が起きない。この時間に起きた時点で休日は残り半分ということになり、遠出する気も失せるのだ。しかし二度寝してしまったら休日を全て無駄にしたことになるので、仕方なく着替えて外出することにした。ひとまず昼食でも取れば、このつまらない休日も少しは充実するかもしれない。そのくらいしかすることかないのだ。2年前に新卒で関東から関西に引っ越してきた俺には、職場の人間以外に知り合いなんていなかった。もちろん休日の食事に誘うような仲の人間もいない。俺は軽い後悔を引きずりながら、携帯とカードケース(家の鍵がカード型)、車のキー、そして財布をポケットに突っ込み、家を出た。ドアを開けると陽の光が顔面に当たり、それと同時に身体が浮くような感覚がした。まだ身体がふわふわしている。特に目的があるわけでもないので、ゆっくりと駐車場へ向かう。せっかくの休日だし、回転寿司にでも行って贅沢をしようかな。そんなことを考えて歩いているが、頭の半分には回転寿司屋の近くのある店のことが浮かんでいるのだった。パチンコ屋である。思えば大学の頃からパチンコをしている。もちろんスロットもだ。ここまで長い付き合いになるとは思っていなかった。そしてこのパチンコという遊戯は、休日にすることがない俺にはぴったりだった。ただハンドルを捻って画面をぼーっと眺めているだけで、感情が浮き沈みする。運が良ければお金も増える。何より、日常生活で大きな喜びも人からの羨望もない俺が、唯一まわりと比べて優位に立てる可能性がある場所なのである。一度この思考になったらもう止まらない。どうせすることもないし、食事をしたらあの店に行こう、あれを打とうと、俺の頭の中で勝手に計画が立てられていく。アパートから少し離れた駐車場に着くまでには、俺の中で食後の予定が確定していたのだった。

 回転寿司で10皿食べた俺は、勝手に脳内が決めた予定に従って動き出していた。寿司屋の隣のコンビニで買ったペットボトルのコーヒーを助手席に投げ捨て、車を走らせる。車内の時計は15時半を示していた。直ぐに当てて、サクッと出して、夕方には帰る。金も増えるし、そのあとは適当にゲームでもしていれば今日という日は充実する。店に向かう俺は、目的に向かって走っている。それはとても素晴らしいことのように思えた。車窓からパチンコ屋が見えた。やはり日曜日なだけあって、そこそこの車が広い駐車場を埋めている。俺が打ちたいあの台は空いているだろうか?そんなことを考えて、店から少し離れた場所に車を停めた。財布には2万円入っていた。大体パチンコで勝てる時なんていうのは、1万円くらいでサクッと当たるのだ。それなら俺は1万円だけ持っていけばいい。財布を持っていっても邪魔になるし。俺は財布から1万円札を抜き出し、後ろのポケットに突っ込んで、そのまま財布を車内に投げ入れた。店内に入る俺は無敵だった。パチンコ台のレバーが震える感覚が脳内に響き渡る。1万円札をサンドに入れたら、直ぐにその感覚が味わえる…そして狙い台が空いていたので俺は速やかに着席したのだった。

 簡単に説明すると、俺が今から打つ台は、1/319で大当たりを引いたあとに1/2を引き当てれば、1500球の出玉が81%の確率で継続するというものだ。単純に考えたら、箱の中に319枚あるくじの中の当たりくじ1枚を引くということになる。もちろん引いたハズレくじは箱に戻す。しかも大当たりの半分は400球くらいしかもらえない、実質ハズレなのだ。つまりは1/638を当てるゲームということになる。そして大体の台は1000円で抽選が18回くらい受けられる。こんなの勝てるわけがない。でも今の俺にはそんなことはわからない。ちなみに1球を4円で借りている。実際は少し貰える金が少ないのだが、1000球は4000円、10000球は40000円で交換するということになる。なるだけ早く当てて出来る限りたくさん出す。それがパチンコで勝つコツなのだ。俺はポケットから取り出した1万円札を迷わずサンドに入れた。俺は既に600回転ほど回されていた台を打ち始める。これだけ回っているのだから、早く当たるだろう。実際は回転数など全く関係ないのだが、気分の問題だ。ハンドルを捻るとパチンコ球が釘の隙間を落ちていく。俺はスマートフォンを取り出し、ニュースを見ることにした。どうせ当たる時は画面がうるさくなるし、レバーが震えるからその時だけ確認すればいい。大丈夫、直ぐに当たる。保留が余計に貯まらないようにだけ気をつければいい。玉貸しボタンを定期的に押しながら、スマートフォンを眺めている俺だったが、直ぐに当たるはずだった俺の台は、とても静かだった。たちまち5000円分の球が無くなった。だが俺はもう何年もパチンコを打っているため、正直5000円程度ではなんとも思わない。借りた球が上皿から消えていく。すると隣の台から大きな音がした。思わず隣を確認…と言いたいところだが、俺は首を動かさない。なぜなのかと言うと、キョロキョロと周りの台を見ている人がダサいと思っているからだ。周りがどうなろうと興味ありませんというスタンスが俺なのだ。パチンコ屋にいる時点でダサいのだが…というより俺はそもそも隣の台に興味がないわけではない。むしろ隣の熱そうな演出は外せ!と思っている。だから見ていないわけではない。神経を尖らせて隣の動きを感じつつ、目線だけをたまに隣に向けて観察しているのである。当てないでくれ…そう思う俺の気持ちと裏腹に隣の台にはけたたましい音と共に、同じ数字が3つ並んでいた。大当たりだ。またしても首を動かさずに目線だけで隣台の上部のデータカウンターを確認すると、100回転ほどで当たっていた。俺と同じ台、つまり1/319の台を100回の抽選で当てたのだ。これはかなり早い。正直イラっとした。俺の台はただただ何も起こらず、同じような演出が垂れ流されている。いつのまにか10000円分の球が台の中に消えていた。俺は10000円で当てるつもりだったし、10000円で遊戯を楽しむつもりだった。それがどうだろう。隣の大当たりを見てイライラしただけで、俺の台は何も起きていない。今のところ全く楽しくないのだ。1万円札が無くなったことに関してはどうでもよかった。俺はただ、今日という日を充実させるために、大当たりを引かなければならなかった。となると、するべきことはひとつ。俺は台の上皿に確保のためのコーヒーを入れ、車に戻り、今度は財布ごと持ち出した。財布にはあと10000円入っている。まだ大丈夫。足早に台に戻ると隣は確変落ちしていて、通常時の画面だった。俺は少し気が楽になり、1万円札をサンドに入れた。別に隣がどうであろうと、俺の台が当たってくれないと意味がないのだが、やっぱり気になるのだ。スマートフォンを弄りながら、ハンドルを捻り続ける。この10000円で当たらないと、少し離れたコンビニまで金を下ろしに行かなければならなくなる。それは面倒だし、何より当たり前だが20000円を失ったことを意味する。そうなってくると雲行きが怪しくなってくる。勝つためのパチンコから、負けを取り返すためのパチンコになってしまう可能性がある。それは避けたかった。しかし俺の思いとは裏腹に、パチンコ台は全然盛り上がらない。液晶では女の子2人とロボットが同じ動きを繰り返している。もう見飽きた。隣は当たらないまでも、熱そうな演出が流れているような気がする。俺はちょっとだけ焦りと危機感を感じていた。そして俺の20000円はいつのまにか手元からなくなっていた。このままでは終われなかった。俺は何か嫌な予感、そして毎回パチンコ屋で負ける時に感じる、ここでやめるべきなのに絶対にやめられないという不思議な感覚を感じながら、コンビニへと車を走らせる。時刻は18時を過ぎていた。辺りは暗くなりかけている。本来ならこのくらいの時間には出玉を換金してパチンコ屋を出る予定だったのだが…

 コンビニで下ろした金は30000円だった。この30000円以内で当てようというわけではない。それならば何故俺は30000円下ろしたのか。それは建前上はここで10000円を失ったら撤退しようと考えているからなのだ。流石の俺でも合計で30000円の負けは痛い。そしてこの先はもう完全に取り戻せるラインを越える。まあ仮に下ろした10000円を使っても、20000円が財布に残る。普段そのくらいの額を財布に入れているから、もう一度ATMに向かう必要がなくなるというわけだ。この時の俺は追加の10000円で当てるつもりでいる。しかし過去の経験上、10000円で当たらなかった時どうなるかも知っている。30000円は下ろすべきではなかった。終わった後に毎回ここで後悔するのだが、この時の俺はそれをなんとなく察していながらも、店に向かう足を止めることはないのであった。席に座ると、そろそろ台の表示が1000回転になろうとしていたのが見えた。1/319の台が1000回転まで当たらない確率は、5%ほどである。そう聞くと滅多にない確率のように思えるが、100回打ったら5回はあると考えると、割と多いことだ。現に俺の台はそうなっている。そして1000もハマったら、当たるまではやめられない。これは単純な理由である。俺がやめた後に当てられたら悔しいからだ。わざわざ当たるまでお膳立てした気分になるし、これはもう当てるまでは俺の台なのである。この時点でお分かりだと思うが、当たらなかったからといって、10000円でやめられるわけがないのだ。そして財布の残り20000円は、当たらなかった時の保険であるということを、俺は経験から知っていた。ここから俺は最悪の日曜日へと足を突っ込んでいくことになる。

 気がつくと俺の台の回転数が1200ほどになっていた。30000円も使って何も起こらないなんてことがあっていいのか。この辺りからマスクの下の俺の口から小声が漏れ始める。「こんなことあるのかよ。」「こんなの遊戯じゃねえよ。」「せめて何か起きろよ」「というかまず当たれよ。」財布から40000円目が取り出されるが、別に躊躇もない。もう俺は冷静ではない。これは台との闘いなのだ。当てるまで、もしくは閉店までに取り返せるであろう時間まで、もう止まることができない。相変わらず隣台は当たっては確変に入らずを繰り返していた。俺が当てたら一発で確変にねじ込んでやるのに。そう思いながらハンドルを捻り続ける。スマートフォンの充電が無くなってきた。一応台横に充電器が差し込めるようになっている仕様の店もあるのだが、この店には付いていなかった。俺はスマートフォンを置いて、台の画面を眺めていた。もう1350は回している。いつになったら当たるのだろうか。俺は貴重な休日を使って、何をしているのだろうか。どうせ当たるなら、熱い演出が盛りだくさんの、完璧な大当たりを見てやりたい。なにせ40000円分なのだ。ゲーム機が買える値段だ。頼むから当たってくれ…俺の願いを他所に、台はつまらない演出を流し続ける。「せめて楽しませろよ。遊戯なんだからさぁ。」そんなことを呟いても、台に届くわけがない。しかし俺は思わぬ形で大当たりを引くことになる。

 1400回転ほど回した時、少しだけ熱い演出が来た。俺は経験上、この程度の演出では当たらないことを知っていた。もう思考もうまくまとまらないため、この苦痛が早く終わらないかなと思いつつも何も期待せずに、ぼーっと画面を眺めていた。画面の中で案の定味方のロボットが負けた。俺は当たらないことなんて分かっていたし、またハンドルを捻ろうとしたのだがその瞬間、画面がフリーズした。女の子がレインボー色の文字で何かを喋っている。復活大当たりだ。俺は当たらないと確信していたので、大当たりまでの過程を全く楽しんでいなかったのだが、当たったのである。嬉しい反面、拍子抜けした気分だった。だがしかし、俺はようやく大当たりを引いたということだ。あとは1/2を引き当て、軽く10連ほどさせれば良いだけ。1400回転も回したのだ。単発なんてあるはずがない。あってはならない。あってはならないのだ。俺は画面を注視する。この瞬間のために金と時間をかけた。全てがここで決まるのだ。金だけではない。日曜日の充実度が変わる可能性を得られるかの抽選だ。俺はハンドルを右に捻りながらそのことだけを考えていた。そして抽選が始まった。おかしいな。演出が全然熱くなさそうだ。これはもしかすると、まずいのでは…

 時刻は21時を回っていた。俺は銀行の引き落とし明細と、レシートだけが入った財布を後ろのポケットにいれ、後悔と、向ける先のないもやもやした感情を抱えて車に乗り込んだ。俺は結局、手元に残った400球と、財布に残った残りの8000円ほどを、半ば捨てるように台に食わせていた。隣台がどうだったかなんてもうどうでもよかった。失った金は50000円。失った時間は5時間ほどだろうか。俺の日曜日はなんだったんだろうか。また金を下ろさなければならない。夕飯を買う金もなかった。俺は日曜日の後悔と共に、人生についても考えていた。平日はやりたくもない仕事をして、手取りで18万ほどの金を稼ぐ。そしてそのうちの半分以上が、パチンコ屋に消えていく。俺は何のために生きているのだろうか。稼いだ金をパチンコ屋に流すだけの生活を続けるのか。働いている間は休日を待ち望んでいるが、それにもかかわらず、俺は休日を有意義に過ごしていない。ギャンブルで負ける度に、人生について考えてきた。俺はまだ若いが、いたずらに若さを消化して、貴重な時間を下らない、勝てるわけのないギャンブルに使って、老いていくのだろうか。彼女もいないし、出会いもない。結婚もできずにこのまま1人で死ぬのだろうか。でも俺は一度きりの人生を、わずかしかない時間を、何に使えばわからないまま、またふらふらとパチンコ屋に向かうのだろう。何か劇的な人生の転機が訪れるのを待ちながら、ギャンブルで負けた内容のまとめサイトと動画を眺めて飯を食べ、来週の休日に向けて、終わらないようで着々と近づいている若さの終わり、人生の終わりに向けて、俺は寝床につくのだった。来週は何を打とうかな。

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[良い点] 負け戦の心情描写が共感できます。 [気になる点] 改行がもう少しあると 読み易いかも [一言] 自分はPもSも勝ち組ですが、最近は打ってません。平打ちでは勝てない店ばかりになったからです。…
[良い点] 完璧にパチンコ脳が描かれておりますね。 何て素晴らしいのかしら! [気になる点] ロボットの出る台を知らないので気になります。 弱そうなロボットがツボりそうですね! [一言] 来週だとモン…
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