公爵令嬢は愚かな恋の後に幸せな恋をする。
ディアス・コレステット公爵が隣国から帰国した。
彼は長年、ハレス王国を離れて隣国で事業をしていたのだ。
未だ独身の大物。歳は28歳。
銀髪碧眼のそれはもうイイ男で、この国の婚約者のいない貴族の令嬢達は色めきだった。
ディアス様に気に入られたい。
ディアス様と結婚したい。
だから、ディアスが王宮の夜会に出席すると聞くや否や、令嬢達は厚化粧をし、ドレスアップして夜会に集合した。
ディアスの周りを取り囲んで、皆、自分アピールをする。
「わたくし、アミール公爵家のハリーナと申します。」
「わたくしはケミンズ伯爵家のユリエーヌですわ。」
「わ、私は男爵家のルミナ・コレットですっ。」
もう、身分も何もあったものではない。
爵位が下の令嬢達も玉の輿を狙って、戦いに参加している。
そんな様子を遠目で見ている令嬢がいた。
ミルティア・ファネッツエ公爵令嬢である。
「エリオット兄様。わたくしも、ディアス様にアピールしたいですわ。」
「待て待て。ああいう28歳にもなって独身だなんて男は遊びまくっているに決まっている。やめておいた方がいい。」
エリオット・イーストベルグ公爵は歳の離れた従妹に向かって、止めに入る。
エリオットは31歳、この従妹のミルティアは20歳。貴族の令嬢としてそろそろ結婚したい年頃である。
ミルティアはうっとりとディアスを見つめて、
「遊びまくっていたお兄様に言われたくはないですわ。ああ、なんて素敵な方。
わたくし、ディアス様と婚約したい。結婚したい。何とかなりませんの?確かジオルド騎士団長や、アレックス副団長も、公爵令嬢や王女様が裏から手を回して結婚にこぎつけたと聞いておりますわ。」
エリオットは考え込むように、
「そりゃそうだが…しかしだな…裏から手を回してあの男を手に入れる価値があるとは思えないんだが。何だか俺の勘からして、あの男は嫌な感じがする。そうだな。俺が勧める男は…」
一人で立食している黒髪の地味な男性を指し示して。
「ヘンデリック・パレット伯爵令息。身分は伯爵令息だが、王宮での仕事ぶりは評価されている。彼は出世するぞ。歳は24歳。どうだ?彼などは。」
「嫌っ。お兄様が協力して下さらないのなら、わたくし自身がディアス様にアピール致しますわ。」
ミルティアはドレスを翻して、ディアスに群がる令嬢達の中に割って入り、
「ミルティア・ファネッツエ公爵令嬢ですわ。ディアス様。」
「あのファネッツエ公爵家の…」
「ええ。よろしくお願い致します。」
ディアスはミルティアの手の甲にキスを落とし、
「是非、今度、お茶でも…」
ミルティアは真っ赤になる。
お茶を誘われてしまった。何て幸せなんだろう。
ミルティアは頷いて。
「是非、楽しみにしていますわ。」
それから数日後。豪華なコレステット公爵家の庭のテラスに招待されて、ディアスと共にお茶を楽しんだ。
なんて素敵な方…
ディアスは微笑んで、
「ファネッツエ公爵令嬢と知り合いになれるとは嬉しい限りです。」
「わたくしもですわ。」
「ああ…しかし、私には悩みがあるのです。」
「わたくしに出来る事がありましたら…」
ふうとため息をついて。
「実は、事業資金が少し…滞っておりまして。少しでも貸していただけたら。勿論。
ファネッツエ公爵令嬢のお小遣いの範囲で結構ですので。」
「ミルティアと呼んで下さいな。まぁ、わたくしに出来る事がありましたら融通致しますわ。お小遣いなら沢山もらっておりますのよ。」
「なんて有難い。ミルティア。君と知り合えてよかった。」
ミルティアは困っているディアスをほっておけなかった。
すぐに自宅へ帰ると、小遣いをかき集めて、コレステット公爵家に戻ると、ディアスに渡した。
「有難う。ミルティア。」
ディアスに抱き締められる。何て幸せなんだろう。
その唇にキスを落とされて、頭が真っ白になる。
これからもディアス様の為に、出来るだけの事をしよう。
お金をあげよう。そう思うミルティアであった。
それから数日後の事である。
この間、お小遣いは殆ど渡してしまった。
ディアスの為に持っている宝石でも売ろうかと考え始めた頃、
従兄のエリオットがミルティアに会いに来た。
ミルティアの両親はエリオットの母、エストローゼの弟夫婦である。
エリオットはミルティアに向かって、ファネッツエ公爵夫妻である両親の前で、
「ミルティア。あの男に金を渡しただろう?」
「え?どうしてそれを??」
「他の令嬢達も同じように金を渡している。王太子殿下の命で俺が調べた結果だ。間違いはない。」
「そんな…わたくしは、ディアス様が困っているから力になりたかった。
他の方もお金を渡していたのね…」
ファネッツエ公爵はため息をついて、
「タチが悪い。娘をだまして金を巻き上げるとは。」
公爵夫人も、
「どうしたらよいかしら。」
エリオットがミルティアに、
「もうあの男に会いに行ってはいけない。」
「いやっ…わたくしは…あの方に会いたいですわ。」
思わず屋敷から飛び出して…
信じたくない。もし、他の人がお金を渡していたとしても、自分だけは特別なんだとミルティアは思いたかった。
エリオットに腕を掴まれる。
「会いたいなら、一緒に俺も付き添おう。」
「エリオット兄様。」
「奴の真の心を聞こうじゃないか。」
エリオットと共に、馬車でコレステット公爵家へ行き、ディアスに面会を求めるミルティア。
ディアスはコレステット公爵家の玄関まで出迎えてくれたが、エリオットが一緒なのを見ると明らかに不機嫌になり、
「何か御用で?イーストベルグ公爵。」
「うちのミルティアから金を巻き上げたそうだな。」
「巻き上げたなんて人聞きが悪い。困っているといったら、お金を貸してくれただけでね。」
「それじゃ返してくれるんだろうな。」
「今はちょっと。返す金も無くて。」
ミルティアはディアスに詰め寄る。
「わたくしは特別でしょう?他の令嬢と比べて、特別でしょう?わたくしは貴方の恋人、そうでしょう?」
ディアスは肩を竦めて、
「たった一回キスをしただけで、恋人なのか?恋人じゃなくて、一回お茶しただけの友達だろう?」
「そんな…」
エリオットがミルティアの肩に手を置いて、
「解っただろう?ミルティア。さぁ帰ろう。」
「ええ…でも最後に…」
バシッとディアスの頬を平手でひっぱだいた。
「貴方って最低ね。」
唖然とするディアスに背を向けて、エリオットと共にその場を後にするミルティアであった。
馬車に乗ってファネッツエ公爵家に戻るミルティア。
涙がこぼれる。
エリオットがハンカチを差し出して、
「今度、イイ男を紹介するから。ほら、この間言っていたヘンデリック・パレット伯爵令息。彼は真面目でお勧めだ。」
「有難う。エリオット兄様。今は泣かせて。」
エリオットの胸に縋って泣いてしまった。
エリオットは既婚だから奥様に知られたらまずいとは思っても、今はただ、誰かの胸に縋って泣きたかった。
ミルティア20歳。貴重な経験を経て一つ大人になった。
それからしばらくして、エリオットに紹介されてヘンデリックと付き合う事になった。
彼はとても優しくて、紳士的だった。
「僕は人と付き合うのが苦手で、城で事務仕事をしている時が一番落ち着くのです。
だから、なかなか結婚出来なくて。」
「そうですの?」
「面白みのない人間です。それでもお付き合いいただけるのですか?」
「わたくしこそ、愚かな人間ですわ。世間知らずでどうしようもない。そんなわたくしでもお付き合いいただけるのでしょうか。」
二人して顔を見合わせて、思わず微笑む。
ヘンデリックはミルティアの手を取って、
「まずは街へ参りましょう。色々と見て回れば楽しいかもしれません。」
「そうですわね。」
久しぶりの街巡り。
ヘンデリックと出店でアイスクリームを買って食べて、
色々と歩きながら話をした。
「僕は伯爵家の次男なんで、いずれはどこかへ婿入りしなければならないと…。」
「わたくしはファネッツエ公爵家の一人娘ですわ。婿を取らねばなりませんの。でなければ、親戚から養子を迎えて後を継がせないとならなかったので。」
「その…もし、貴方が僕を気に入って下さったのなら、是非とも婿入りしたいと思うのですが。」
「そうね。もう少し、貴方の事を知りたいわ。」
「僕は仕事しか能のない男です。でも、今はこんな綺麗なミルティア様とデート出来て、とても幸せです。」
「わたくしって綺麗ですの?」
「ファネッツエ公爵家の血筋は美男美女で有名ではないですか。」
「確かにそうね。父も伯母もとても美しいわ。」
「僕はこの通り冴えない容姿ですが、貴方と共にいられるのなら、一生懸命働きますから。」
ああ…とてもいい人だわ。そして癒される。
愚かな恋をしたわたくしにとって、もったいない位の素敵な方。
「いい人ね。ヘンデリック様。」
「そうですか?」
「ええ…とてもいい人。わたくし、もっと貴方の事を知りたくなったわ。」
「僕ももっとミルティア様の事を知りたいです。」
「どうかよろしくお願い致しますわね。」
「こちらこそ。」
ミルティアは幸せだった。ディアスに傷つけられた事を忘れる位に…
それから一月経って、ミルティアはヘンデリックと婚約した。
丁度、その頃、ディアスが姿を消したという話を両親から聞いたのだった。
何でもコレステット公爵家は事業に失敗し、かなりの借金を抱えていたとの事。
ディアスは雲隠れをしたそうだが、借金をした中には国王陛下の姪もいたそうだから、
王家の暗部が動き出して、ディアスは捕まるだろう。
捕まったディアスがどうなるか。
ハンサムでイイ男だ。
娼館へ売られて借金返済をさせられるだろう。
ミルティアはディアスがどうなろうと関係ないと思った。
今はただ、先々のヘンデリックとの幸せな生活を想像して、今日も彼に会うためにお洒落に気を配るのであった。