1.鳥籠からの解放
失敗に終わった聖女継承の儀から、十一日目の早朝。
王宮への参内を命じる急使が来た。
いよいよわたしは裁かれるのだろうか……。
儀式の最中に聖なる水晶が火花を上げて真っ黒になってしまうという、前例のない事件。
たとえ極刑が下ったとしても、決して冤罪ではない。わたしは確かに国で唯一の聖女の名をかたっていたのだから。
濃い紫に変化してきた夜空を見あげながら仕度をし、わたしは神官たちと王宮に急いだ。
今度は儀式を行った大広間ではなく、贅沢な内装の応接室らしき部屋に通される。
「マリアーナ……!」
そこには国王陛下と神殿長、何人かの貴族と護衛の騎士たち、そして思いもかけない人たちがいた。
わたしの本当の名前を呼んだその女性は、双子の妹モーリーン。
「マリアーナ、なんて恐ろしいことをしてしまったの」
モーリーンは大きな瞳に涙を浮かべて、胸の前で両手を握りしめていた。
モーリーンのうしろには青白い顔をした父さんと母さんもいる。母さんは父さんにすがりつき、ガタガタと震えていた。
「国王陛下、本当に、本当に申しわけございませんでした」
モーリーンは大きな椅子に座る国王陛下に向き直ると、膝をついて深く頭を垂れた。
「先ほども申しあげましたとおり、あたしは小さいころから姉にいじめられていて……今回のこともマリアーナに脅されて断りきれずに……」
父さんと母さんも慌てて、モーリーンに従ってひざまずく。
国王陛下を見あげるモーリーンの青い瞳から、はらはらと涙がこぼれた。
「でも、言いわけになりませんよね。あたしは聖女なのに……もっと強くならなければなりませんでした」
国王陛下は渋面を作ってわたしを凝視していたが、モーリーンに視線を移すと落ち着いた声で言った。
「モーリーン嬢。では、あなたが本物の聖女で間違いないのだな?」
「はい。東方神殿で女神様の宣託を受けたのはあたしです」
潤んだ瞳で国王陛下を見つめるモーリーン。
その姿はわたしとそっくりなのに、わたしと違って人の庇護欲をかきたてる可憐で愛らしい雰囲気に満ちていた。
「そうか……。あなたは体調を崩し、療養していた親戚の家から帰ってきたばかりであったと聞いたが」
「陛下はお優しいんですね。こんなあたしのことを気遣ってくださるなんて……。姉のしたことで呼び出されるのは当然です。どうぞお気になさらないでください」
まわりでは、神殿長や貴族たちが困惑の表情を浮かべている。
白い髭をなでながら、神殿長がつぶやいた。
「どうにも私には信じられませんな。聖女様……いや、もう聖女ではない。マリアーナ様ですか。マリアーナ様は素直で慎み深く、神官たちにも大変慕われておりました」
モーリーンが涙ぐんだ瞳を神殿長に向ける。
「神殿長様は、あたしが嘘をついているとおっしゃるのですか?」
「いいえ! そういう意味では……。申しわけございません。軽率な発言でした」
「では、あたしを信じてくださるのね……?」
「もちろんです。モーリーン様が聖女であることは、東方神殿の神殿長からも報告が来ております。まさか、双子の姉妹が入れ替わっているとは思いませんでしたが……」
国王陛下が深くため息をつき、座っていた椅子の肘掛けを指先で叩いた。
「私でさえ謀られたのだ。神殿の罪は問うまい」
険しい表情で、わたしを見遣る。
「しかし、マリアーナ、なぜこのようなことをした。聖女の名誉に目がくらんだか、それとも私の寵愛が欲しかったのか」
「ち、違います。わたしは……」
わたしが思わず言葉に詰まると、それを助けるようにモーリーンが再び陛下に頭を下げた。
「陛下、どうぞ姉には寛大なご処分をお願いします。……ずるくて意地悪なところもあるけれど、マリアーナはたった一人の姉なんです……」
「聖女殿は慈悲深いのだな」
「いいえ、そんな……」
陛下はこめかみを押さえながら、集まった人々を見回した。圧迫感を覚えるほど強い視線が、一人一人を確認していく。
部屋の中の空気がピンと張り詰めた。
ついに裁定が下されるのだ。
「聖女の名をかたり、聖なる水晶を損なった罪は重い。だが、これを公にしても、民心を騒がせるばかりで何も益はない。せめてもの救いは、聖女殿とマリアーナは見分けがつかないほどよく似ていることだ」
わたしとモーリーンを見比べ、厳しい口調で全員に命じた。
「この件はこの場だけの話とし、箝口令を敷く」
「陛下……!」
神殿長と貴族たちが息を呑んだ。
「聖女モーリーンはこのまま大神殿で待機し、聖なる水晶の神力が戻り次第、改めて聖女継承の儀を執り行う。マリアーナについては、聖女殿の助命嘆願もある。『深淵の森』に追放とする。皆の者、よいな?」
「はっ」
近衛騎士たちも含めて全員がひざまずき、礼を取った。
わたしもその場に膝をつき、頭を垂れた。
* * * * *
わたしとモーリーンは応接室の近くの小部屋で、着ている服を取り替えた。
モーリーンは聖女の白いドレスを、わたしはモーリーンの町娘の服を着る。
わたしは王宮の隠し通路から古い馬車に載せられて、そのまま数日間を過ごした。
最低限の食べ物や水は与えられたが、宿に泊まることはなく、見張りのついた馬車の中で仮眠を取る。
やがて到着したのは、隣国との境にある高山の麓、深淵の森と呼ばれる場所だった。
「ここでおまえを解放する。ここを生きて出られたら、あとは静かに暮らすといい」
ずっとわたしを監視していた騎士は、そう告げると森から去っていった。
深淵の森――それは、鬱蒼とした森と底知れぬ深さの谷が連なる秘境だ。
本当か嘘かわからないけれど、人を好んで喰らう魔獣が産み出されるところだとも言われている。
その深淵の森を少し分けいったところに、わたしは身一つで取り残された。森の中はどこも同じ風景に見えて、戻る道は既にわからない。
獣の鳴き声なのか別の物音なのか、得体の知れないざわめきが、わたしを取り囲んでいた。
ああ、これは体のいい処刑なのだなと理解した。
けれど。
「よかった……」
心の底からほっとした。
これでもう人を欺かなくてもいいのだ。
あとはモーリーンが本当の聖女として、人々に幸いをもたらしてくれるだろう。
わたしの役目は終わったんだわ……。
解放。
豪華な石造りの鳥籠からの解放。
極刑同然の扱いであっても、わたしにとってはまさに解放だった。
あとは罪を償うために、深淵の森の養分となればいい。
後ろから忍び寄る、大きな獣……。
厚く重なりあう木々の葉の隙間から、鋭い瞳がのぞいているのを、その時のわたしはまだ気づいていなかった。
王宮にやってきたモーリーンに謀られて、ついに国を追放されてしまったマリアーナ。
でも、マリアーナにとって、それは『解放』でした。
次回「少女はもふもふと旅に出る」。
狼のヴォルフとの楽しい道行きの始まりです!!
ブックマークや、このページの下にある☆マークで応援していただけると、とてもうれしいです!
続きも頑張りますので、どうぞよろしくお願いします♪




