4.幸せがあふれて止まらない
「ヴォルフが湖の家でお祭りに行こうって言ったのは、お祝いの雲を見せてくれるためだったの?」
街の広場で大道芸を見ながら、ヴォルフに聞いてみた。
ヴォルフに抱えられた子供達は、奇妙な格好をして飛んだり跳ねたりしている軽業師に夢中で、目がくぎづけになっている。
「いや、それはあとから考えた」
「じゃあ、なんで?」
「単に自慢したかったからだ!」
「……自慢?」
ヴォルフは背筋をピンと伸ばして胸を張った。もともと背が高いのに、わたしよりも頭一つ分以上大きくなる。
「俺のマリアーナはこんなに幸せになったんだって、街のやつらに見せつけたかったんだ」
「はい?」
「ちょっとした意趣返しさ」
にやりと笑うヴォルフはかっこいいけれど……、ちょっと子供っぽくない? でも、そんな意外性も可愛くて好きだから、まあいいかな?
「キャン!」
「キャン!」
その時、仔狼達が興奮したように吠えだした。
「グラウ、ナハト、どうしたの?」
「あ、あいつら~!」
身軽に宙返りしながら舞台の端から端へと移動する、何人かの軽業師。
あら? さっき見た時よりも人数が増えている? しかも、空中で二回転、三回転……、何回転もしてる。これってほぼ浮いてない⁉
「もしかしてルナール、ティグリス、レオン⁉」
大道芸人風の格好をして仮面をつけているけれど、たぶんそうだ。
「追いかけてきたの⁉」
舞台にいた人間の軽業師はあっという間に三人の動作についていけなくなり、舞台から降りた。
眷属神達は縦横無尽に動きまわったあと、舞台の中央に集まり、拍手喝采の観客に礼儀正しくお辞儀をしてみせる。
「本日は聖女降誕祭の開催、おめでとうございます」
金色の髪をひるがえしたルナールが、よく通る声で祝辞を述べた。
続いてティグリスが大きく手を振ると、その指先から手品のようにぶわっと白い花びらが舞い散る。
「聖女様の誕生日を女神レクトマリアも祝っていることでしょう」
「……うむ」
ティグリスの言葉に、ひときわ大きな体躯のレオンがうなずく。レオンの手のひらからも、花吹雪があふれ出た。
舞台の周囲に花びらが舞う様子は、とても美しくて華やかだ。
わーっと観客がわく。お祭りは初日にして最高潮の盛りあがりになったみたい。
「あいつら、俺より目立ちやがって……」
「キュンキュン!」
「キュンキュン!」
興奮しきった仔狼達がヴォルフの腕から飛び出した。
「あっ、グラウ! ナハト!」
危ない!
でも、赤子といえども神狼の息子だからか、グラウとナハトは宙でくるりと回転し見事に地面に降り立った。
よかった……。
「もう、ふたりともびっくりさせないで。……え⁉」
しゃがみこんで仔狼達を抱きしめようとしたら、そこには見知らぬ男の子が二人いた。まだ幼児だけれど、自分の足でちゃんと立っている。
だ、だれ?
ふわふわした灰色の髪の男の子と、くるくるした真っ黒な髪の男の子。顔はよく似ていて、兄弟だとすぐわかる。
この子達は――、
「もしかして、グラウとナハト?」
「おお、二人とも変化できるようになったのか」
ヴォルフがやはりしゃがんで、二人の頭をぽんぽんと撫でた。グラウもナハトもうれしそうに、にこーっと笑った。
「うんっ! ぼく、ぐりゃう」
「ぼく、にゃはと」
「本当にあなた達なの? 母さん、びっくりしたわよ」
「かーしゃん!」
「かーしゃん!」
ちっちゃな毛玉の弾丸のように、飛びついてくるふたり。その姿は仔狼の時とまったく変わらなくて、笑ってしまう。
まだまだ赤ちゃんだと思っていたのに、いつの間にかこんなに大きくなっていたなんて。
うれしくて涙が出そう。最近、涙もろくなったみたいで困っちゃう。
「あ……」
ふとここが街中だと思い出して周囲を見まわすと、みんな大道芸に夢中で足もとの小さな子供は目に入っていないようでホッとした。
「かーしゃん、ぼく、おじしゃんたちとあしょんでくる!」
「あしょんでくるー!!」
グラウが幼児とは思えない身体能力で走り出し、舞台へ飛び乗った。
ナハトも同時に飛び出したけれど、急に止まってわたし達のところに戻ってくる。そして、ヴォルフを見上げて、こてんと首をかしげた。
「とーしゃんもいっしょにあしょぶ?」
「そうだな……」
ナハトと同じ角度で首をかしげるヴォルフ。
少し悩んでから、ナハトの丸いおしりをポンとたたいた。
「行ってこい。俺はここでおまえ達の母さんを守っている」
「あい!」
元気よく返事をしたナハトが身軽に駆け出して、舞台に上がる。ナハトもグラウや眷属神達とともに、楽隊の奏でる音楽に合わせて跳ねまわりはじめた。
しばらくそれを見ていたヴォルフが、わたしを振り返って微笑んだ。
「俺には我が家の聖女を守る使命があるからな」
「わたしは一人で待っていても大丈夫よ?」
「俺が一緒にいたいんだ」
たくましい腕にぎゅっと抱きしめられる。
ヴォルフはわたしの体を舞台が見えるように前向きにして、後ろから包みこんだ。耳もとに、低いささやき声。
「ずっとそばにいる。子供達が大人になって巣立っていっても、俺はそばにいるから」
子供達の成長に一瞬さみしくなってしまったのを気づかれたかしら。
わたしの胸の下で交差されたヴォルフの腕を、軽く抱きしめた。
「ふふ、まだ気が早いわよ」
「そうだな。もっと子供が増えてもいいしな」
な……ヴォルフ、ちょっと声が色っぽくなってるんですけど!?
「それもまだ早いわ!」
いきなり言われた夜の夫婦の時間を連想させる意味深な言葉に、真っ赤になってしまった。
ヴォルフは笑って口づけてきた。
背後からのしかかってきたヴォルフの軽い口づけは、やがて深く激しくなり……。
「だめよ、人が見てるわ」
「平気だ。みんな舞台に夢中で気にしてないさ……」
真っ白な花びらが舞いあがる青空のもと。
人々の大きな歓声の中で、わたしは愛と幸福に満たされて、そっと目を閉じた。
* Happily Ever After *
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
実は、皆様の応援のおかげで、「身代わり聖女の初夜権」を電子書籍にしていただけることになりました。
これが月夜野の商業デビューとなります。この場をお借りしまして厚く御礼申し上げます。
発売日は2022年6月22日です。
このページの下に書影とTwitterへのリンクがございますので、ご覧いただけるとうれしいです!
書き下ろしたっぷりの電子書籍版も、どうぞよろしくお願いいたします♪




