1.新しいお祭りが始まるそうです
わたしの故郷の街で『聖女降誕祭』という新しいお祭りが催されるという噂を聞きつけてきたのは、眷属神のみんなだった。
「わー、ナハト、ふがふが言ってる。かわいー!」
「今、グラウが私を見て笑いましたよ。これは将来有望ですね。私の弟子にしてあげましょう」
「うむ。……小さい」
三人は覆いかぶさるようにして、庭の芝生に敷いた柔らかい布の上に転がる双子の仔狼をあやしている。
人間の姿をとった立派な大人の聖獣達が、赤子の興味を引くために次々と妙な仕草をしているのがおもしろい。
舌を出したり目を剥いたりして一番変な顔をしているのが、金狐のルナール。最年少の眷属神だ。
黒い色がひと筋入った長い白髪の青年は白虎のティグリス。凄く綺麗な男のひとなんだけど、言うことが時々おかしい。
おっかなびっくり子供達の頬にさわっている体格のいいひとは、黒獅子のレオン。強面な見かけに反して、とても優しくて穏やか。
女神レクトマリアの眷属神三人は、わたしとヴォルフの息子達にちょくちょく会いに来る。そのたびに子供用のおもちゃをお土産に持ってきてくれるし、人の世界の噂話も教えてくれた。
「キュン、キュフーン」
「キュフーン!」
あらあら、急に双子が泣き出した。
「うわっ、泣いてしまいました。どうしたら!?」
「レオンの顔が怖かったんじゃないか?」
「……む?」
焦った様子でお互いをつつきあう三人を横目に、わたしは仔狼――灰色の毛並みのグラウと黒い毛並みのナハトを両腕に抱きあげた。
赤ちゃん達はわたしの胸に鼻先をこすりつけ、すぐに泣きやむ。
「大丈夫ですよ。少しさみしくなっちゃったみたい」
わたしの腕の中でお互いを毛づくろいしあうちっちゃな仔狼達が愛おしい。
グラウとナハトをゆらゆらと揺らしてあやしていると、ヴォルフが昼食を持って戻ってきた。
襟足をゆるく一つに縛った明るい銀の髪に、強く輝く金色の瞳。背が高くてたくましい美丈夫は両手に大きなお盆をかかげている。
「マリアーナ、待たせたな。腹減っただろ?」
「減った減った!」
「遅いですよ、ヴォルフ」
「おまえらのために用意したんじゃねえよ」
憎まれ口を叩くけれど、ヴォルフの持っているお盆にはパンやチーズ、焼いた肉や採れたての木の実がどっさりのっている。五人分以上ありそう。
「で、なんだって? 聖女降誕祭?」
話が長くなりそうだと先に昼食を用意してくれたヴォルフが、話題を元に戻した。ルナールが金髪をかきあげながら答える。
「そうなんだよ。少し前にさ、僕、あの街の近くまで行ったんだ。マリアーナの生まれ故郷だっていうからちょっと気になって立ち寄ったら、今度のマリアーナの誕生日にお祭りをするんだって。結構盛大にやるらしいよ。全国から人が来るって言ってた」
「俺のマリアーナを馬鹿にして下に見ていたやつらが、なんで誕生日を祝うんだ」
「知らないよ、人間のすることなんて」
むっとした顔のヴォルフに向かって肩をすくめたルナールは、ティグリスやレオンと競争するように肉にかぶりついた。
「マリアーナは意味がわかるか?」
「そうねえ……」
うとうとしはじめた子供達を敷き物の上におろして丸いおなかをぽんぽんと優しくたたくと、すぐに寝入ってしまった。赤ちゃんは寝るのと泣くのが仕事だというけれど、本当にそのとおりだ。
そして、大好きな赤い木の実をつまみながら考える。
わたしが聖女として国王陛下に求められ純潔を失いそうになった時、助けに来てくれたヴォルフの神力のあまりの強大さに『聖なる水晶』は粉々に砕けた。
聖なる水晶がなければ、人は新たな聖女を探し当てることができない。そして聖女が見つからなければ、為政者が『女神の加護』を得ることもできない。
それまでは聖女の処女を国王陛下に捧げることによってもたらされる女神の加護の力で、国は平穏に保たれ豊かな収穫を約束されていると信じられていたのだ。
そのうえわたしは女神様に直接頼んで、この世から聖女というものをなくしてもらった。聖女ひとりが人身御供になって国の平安を守る伝統がおかしいと思ったから。
「聖女がいなくなって、自分達の力だけで生活をしなければならなくなったでしょう?」
「ああ」
「今まで頼ってきたものが突然なくなって、みんな不安もあると思うの。でも、人は生きていかなければならない。だから、何かをお祝いすることで気持ちを盛りあげようとしているんじゃないかしら」
「それでマリアーナの誕生日を利用するのか? つくづく勝手な生き物だな」
「ふふ、怒ってくれてありがとう。そのくらいは別にいいのよ。ただ大々的に聖女として祀られるなんて凄く恥ずかしいけど」
「そうか……」
ヴォルフが何かを考えるように目を伏せた。
「どうしたの?」
「行ってみるか」
「え? どこへ?」
「おまえの故郷へだ」
どうして急に? わたしはもうあの街への未練なんかないのに。
戸惑う私を軽く抱き寄せて、ヴォルフはにやりと笑った。
「子供達も連れて、初めての家族旅行をしよう」
一心不乱に昼食を食べていた眷属神達が、いっせいに顔を上げて不満そうにこちらを見た。
「なんだよなんだよ、僕達に幸せを見せつけてるの?」
「ぬう」
「うう、番や子供と旅とかっ、うらやましすぎますぅ……」
目をすがめてヴォルフをにらむルナールに、口を肉でいっぱいにしながらうなるレオン。なぜかティグリスは号泣している。
「おまえら、ついてくるなよ」
「…………」
「…………」
「…………」
「絶対に来るなよ⁉」
ヴォルフがしっしっと小動物を追い払うような仕草をする。
うーん。拒めば拒むほど現実になりそうな予感がするんだけど、気のせいかしら……?




