8.なぜかもふもふに溺愛されています
あたたかい……。
白銀の狼のもふもふは、最高のお布団で、最強の安眠薬だ。ふかふかしていて、陽だまりの匂いがして、安定感も抜群で。
わたしは横たわるヴォルフのおなかにもたれかかって、うとうとしていた。
ここは、湖畔の花畑。
朝、ヴォルフに小舟で、岸まで連れてきてもらった。
最近、あまり食欲がわかなくて……、良い匂いの花でも食卓に飾ろうかなと思って、花を摘みに来たのだけれど。
「眠い……」
眠くて、だるい。
昨夜は……ヴォルフに抱かれている最中に、いつの間にか眠ってしまっていた。だから、そんなに疲れているわけではないんだけど……。
「……大丈夫かな?」
「うむ」
「今までこのようなことはあったのですか?」
こそこそと話しあう声がする。
……男の人が、三人……?
ううん、この島に人間の男性が入ってくるわけがない。ヴォルフが、大神域のまわりのけもの道に、大型の生き物が入ってきたら鈴が鳴るような仕掛けを設置したらしいし。
ということは……誰?
「グルルル」
この唸り声はヴォルフ。
不機嫌だけれど、怒っているわけではない。危険な人達ではないのね。
まだふわふわとした心地のまま、うっすらと目を開ける。
「ヴォル……フ……?」
ヴォルフのもふもふに顔をこすりつけて、「んん」と背伸びをした。
「む……」
「おや、目が覚めたようですね」
「まだ寝ぼけてるみたい。可愛いね」
「ガルルルルーッ」
起きあがって振り向くと、そこには三人の男性がいた。
「おはよう……ございます?」
三者三様の表情でのぞきこんでいる人達は……。
「もしかして……眷属神の皆さん?」
「うむ」
「正解でーす!」
「よくわかりましたね。ヴォルフにはもったいない、聡い番ではないですか? 愛らしいし」
「グウゥゥゥゥ!」
黒髪黒瞳の無口そうなひとが黒獅子さん。
金茶色の髪で、大きな瞳をくりくりさせているひとが、狐さん。
白い髪にひと筋だけ黒い髪が流れている、知的な雰囲気のひとが虎さんかな。
「ごめんなさい、こんな格好で。最近、いつも眠くて……」
「大丈夫? 痛いところやつらいところはない? ヴォルフが激しすぎるんじゃない?」
「いやならいやと言ったほうが良いですよ。ヴォルフは気が利かないですからね」
よ、夜の心配をされている!?
みるみるうちに顔が熱くなった。もう間に合わない気がするけど、一応頬を手で隠す。
「かーわいい。赤くなってる」
「うぶなところがそそりますね」
「……うむ」
もう、からかってるのね。
ふざけた調子ではあるけれど、みんな本当に心配してくれているのはわかる。
優しい子達――あ、違った。立派な成人男性……成獣よね。
「ガウ!」
ヴォルフがいらいらした様子でひと声吠えると、突然閃光が走り、人の姿に変化した。
「おまえら、好き勝手なこと言いやがって。マリアーナは俺の番だ!」
眷属神達を睨みつけると、どかっとあぐらをかいて、足の間にわたしを抱えこむ。そして、頭のてっぺんに、すりすりと頬をこすりつけた。
あ、ヴォルフ、また不安になってる?
大丈夫よ。心配しないで? わたしはヴォルフだけのものよ。
振り返り、ヴォルフの金色の瞳を見つめると、強い視線が落ちてくる。わたしは微笑んで、ヴォルフの鼻に口づけた。
「くっそ! 見せつけやがって!」
「これはこれは」
「むぅ……」
眷属神達は急に閃光を発すると、獣の姿になった。「グオォォォォ!」と咆哮しながら、三頭で湖岸を走り出す。
「番が欲しいー!」と叫んでいる……ような?
「おまえ達! 今後、マリアーナの前では、人化禁止だ!! ……ったく」
ぶつぶつ言いながらも、楽しそう。仲間っていいな。
* * * * *
女神様が島を訪れたのは、その日の午後。
わたしの不調を心配したヴォルフと眷属神達が、女神様を呼んでくれたみたい。
木陰に置いた椅子に向かいあって座り、女神様はわたしの額や首筋に手をあてて考えている。ヴォルフと、獣姿の眷属神達が、まわりで息を詰めて見守っていた。
そして、女神様は、じいいいっとわたしを見て、破顔した。
「おめでたね」
「……え?」
「妊娠しているわね。二、三頭かしら?」
「二、三……頭? 『頭』って……」
「ええ。狼ですからね。ふふふ」
その場が、しんと静まり返った。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
一拍おいて、ヴォルフが「うおぉおぉぉぉっ!」と吠え声を上げた。人の姿でいるのに、狼みたいに。
「ガオオォォォ!」
「グワァォォ!」
「クワァァァーン!」
眷属神のみんなも、そろって大きな声で吠えた。
「マリアーナ!!」
わたしをギュッと抱きしめると、白い光をまき散らして変化し、巨大な狼の姿で走り出す。黒獅子と白虎と金狐も、ヴォルフを追って走りはじめた。
「ウオオオォォォォォン」
遠くから、ヴォルフの声がする。
喜んでくれているんだ。
「赤ちゃんが……」
うれしさが、徐々にこみあげてくる。
わたしもできるなら遠吠えしたいくらいだった。
「女神様……ありがとう、ございます」
「うふふ、楽しみね」
こぼれそうな涙をこらえ、平らなおなかをそっと撫でる。
わたしは、おなかの中の子を驚かせないように、静かにささやきかけた。
「……赤ちゃん達、はじめまして。わたしがあなた達の母さんよ」
わたしも、世間の流行りに乗ってしまったみたい。
今、レクトマリア神聖王国では、子供の数がとても増えているらしい。
王太子様……新しい国王陛下のご成婚が景気づけになったのか、結婚する人がどっと増え、それに従って出産する人も多くなった。
でも、少し前には、子宝をなかなか授からなくなったなんていう噂があったくらいだから、理由はそれだけではないのかもしれない。たとえば、愛と性の女神が人の世に興味を向けたせい、とか……。
女神様の影響力が弱くなっている理由は、聖女の交代以外にもあると、ヴォルフが以前言っていた気がするけれど……。ヴォルフによると、愛と性、つまり愛情と快感を捧げれば、女神様はお喜びになるとのことなので、結婚のにわか景気が女神様のお力になっているのかもしれない。
ともかく、世間が活気づいているのは、うれしいことだと思う。
「クゥンクゥン」
夜、寝台の上で、わたしは白銀の狼に顔を舐められまくっていた。
「ふふ。ヴォルフ、くすぐったいわ」
ヴォルフはパッと人間の姿になると、わたしを抱きしめて、また口づける。
何度も何度も降ってくる、優しい口づけの雨。
「ヴォルフ、大好きよ」
「俺も好きだ。愛してる」
わたしは、まだ平たいおなかにも声をかけた。
「赤ちゃん達も大好きよ。待っているから、元気で生まれてきてね」
ヴォルフも、ちょっと怖々とわたしのおなかを撫でながら、柔らかな声で話しかける。
「いつでも生まれてこい。俺が絶対守ってやるからな」
真剣なヴォルフの姿に、思わず笑ってしまった。
「ヴォルフ、まだ生まれたら困るわ。産み月になってからじゃないと」
赤子が生まれてくるまで、人間だと十月十日、野生の狼だと二、三か月くらいだったかしら。
この子達は眷属神の子だから、どうなるのかはわからない。でも、さすがに、そんなにすぐには生まれないと思う。
「女神様にいろいろ聞いてみなきゃね」
「……いやな予感がする。出産の女神は、また別にいるんだ」
「え? まさか……」
「この話はやめておこう。今、来られると困る」
「え、ええ、そうね。また今度ね」
苦笑しながら、再びそうっとおなかを撫ではじめるヴォルフ。
まだふくらみはないけれど、この中にわたしとヴォルフの子がいるのね……。
寝台の上で、ヴォルフの厚い胸にもたれていると、また眠くなる。
静かな幸せが、白い月の光に照らされた家の中に、ふわふわと漂っていた。
やがて可愛らしい仔狼達が、草原や花畑を転げまわるようになるだろう。
ちっちゃなもふもふ達が遊び疲れて眠くなったら、一緒に丸くなって空を見上げよう。
うららかな午後の空。
そして、水面を黄金色に輝かせる夕暮れの空。
月と星に彩られた夜の空も。
暗い紫が朱色へと染めかえられていく、曙の空も。
傍らには、いつもヴォルフがいる。
大きな白銀の狼だったり、背の高い美形の男性だったり……あっという間に姿を変える、不思議で素敵な旦那様。
「大好きよ」
ふとこぼれたわたしの言葉に、いつでも、何度でも返ってくる、甘いささやき。
「俺も愛している。永遠に……」
身代わりの偽聖女だったわたし。
国を追放されたり、処女を奪われそうになったりもしたけれど――。
なぜかこんなに、もふもふに溺愛されています!
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
身代わり聖女マリアーナの恋と成長をお楽しみいただけたでしょうか。
次回「もふもふ達の男子会」。
引き続き番外編もお楽しみいただけたら幸いです。
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