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【書籍化&コミカライズ】身代わり聖女の初夜権 ~国外追放されたわたし、なぜかもふもふの聖獣様に溺愛されています~  作者: 月夜野繭
第五章 聖女に愛を乞う獣

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6.森の木陰の結婚式



 大樹の陰の平らな草地に大きな敷物を出し、簡単な食べ物を並べて昼食にした。なぜテラスの机ではないかと言うと、女神様も加わりたがったからだ。

 女神様とわたしが敷物の上に座って、ヴォルフがあちこち動きまわり、飲み物にパン、チーズ、野菜や果物を持ってきてくれる。


「ヴォルフー、わたくし葡萄酒がいいわ」

「酒はない!」

「ええー、気が利かないわね。葡萄酒くらい置いておきなさいよ」


 わたしが手伝えないのは、単純に立てないから。足がガクガクして、産まれたての仔鹿のようになってしまうのだ。

 ヴォルフは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。あからさまに甘い瞳がくすぐったくて、女神様の前だというのについ顔がにやけてしまう。


「いいわねえ、新婚さん。わたくしも誰か呼び出そうかしらね」

「誰か……?」

「そうだわ、忘れてた。誰かじゃなくて、眷属神達を呼ぼうと思っていたんだわ」


 その女神様の言葉を聞いたヴォルフが、凄い勢いで戻ってくる。わたしを素早く抱きあげて、隠すように覆いかぶさった。


「ヴォルフ?」

「じゃあ、呼ぶわよ。みんな、いらっしゃーい!」


 木立の前で、まぶしい光がパパパッと連続して弾けた。


「なに……?」


 雷みたいな強い閃光が収まると、そこには――。


「……も……もふもふ……!?」


 わらわらと、巨大なもふもふ達が集合していた!


 雄々しいたてがみを風になびかせた漆黒の獅子が、大きく咆哮する。

 その横には、高貴さと獰猛さを漂わせる、純白の地に黒縞の虎。

 そして、なめらかな毛並みとふさふさした尻尾が美しい金色の狐。


「凄い……凄いわ……」


 三頭の中では一番小柄な狐……それでも、わたしと同じくらいの体長があるけれど、その子が、可愛い白い花をくわえて、わたしの前に進んできた。


「まぁ! お花をくれるの?」


 ヴォルフはいらいらしたように唸っているけれど、狐さんの気持ちは受け取りたい。


「ヴォルフ、少しだけ下ろして?」

「…………」

「わたし、立てないから、後ろから支えててくれる?」

「…………」


 しぶしぶと腕の中から下ろし、わたしを背後から抱きしめたヴォルフの頬に、ちゅっと口づける。


「ありがとう、ヴォルフ。……狐さんも、お花をありがとう」


 金色の狐が差し出す一輪の花を受け取ると、狐はぶんぶんと見事な尻尾を振った。

 その後ろで、獅子と虎も軽く尻尾を揺らす。


「この子達がわたくしの眷属神。仲良くしてやってね」

「もちろんです! なんて素敵なの……」


 ふらふらと近づこうとすると、背後のヴォルフに止められる。


「だから、いやだったんだ。マリアーナはもふもふが好きすぎる」

「だって、とても綺麗だし、抱きついたら気持ちよさそう……」


 思わずうっとりしてしまう。

 大きなもふもふ達に囲まれているところを想像して、頬を上気させていると、眷属神達がどよめいた気がした。


「……?」

「マリアーナ、男をその気にさせるな」


 ヴォルフが腕の中のわたしをくるっと回して、広い胸に押しつける。視界からもふもふが消えて、ヴォルフだけになった。


「そんな可愛い顔を、他の男に見せるんじゃない」

「男……?」


 ヴォルフが一瞬光ると、わたしの前に白銀色の狼がいた。そして、再び光り輝いた次の瞬間には、また人の姿に戻る。


「ヴォルフ……?」

「あいつらも、俺と同じだということだ」


 同じだということ?

 つまり……獅子も虎も狐も、みんな人化する?


「え、じゃあ……みんな、男のひと?」


 眷属神達のほうを振り返ると、彼らは三者三様の視線でわたしを矯めつ眇めつして見ていた。


「うっふっふ、恋は波瀾万丈ね」


 女神様が適当なことをつぶやくと、「さあ、これからが本番よ!」と叫んだ。


「ほ、本番って」


 ヴォルフを見上げて確認しても、首を横に振るばかり。

 女神様が片目をつぶって笑い、朗らかに宣言した。


「結婚式をするわよ、結婚式! 今! ここで!」






 * * * * *






 木々の間からこぼれる夕方の木漏れ日が、わたしとヴォルフを照らしていた。


 昼食のあと温泉に入って禊をしてから、女神様が贈ってくれた雪白のドレスを身に着けた。

 首から肩にかけての襟ぐりが大きく開いたドレスは、コルセットの部分が綺麗なレースで彩られている。少し裾が長くて、引きずってしまうのが気になるけれど、「そういうものだからいいのよ」と女神様は微笑んでいた。


 ヴォルフはいつもとそんなに変わらない服装だ。白いチュニックに生成のズボン。

 でも、普段からかっこいいので、今日も信じられないくらいかっこいい。


「ヴォルフ、ちょっと頭を下げて」


 眷属神達が花畑から摘んできてくれた花々で作った花冠を、ヴォルフの頭にのせた。

 照れくさそうな様子が可愛い。


「マリアーナも」


 わたしの頭には、ヴォルフが花冠をのせてくれる。


 大樹の二本の枝に長い紗の布がかけられていた。

 二枚の紗の布の間に小さな机が置かれ、それが祭壇の代わりになっている。

 供えられているのは、泉で汲んだ新鮮な水と、湖畔の花畑で摘んだ色とりどりの花、森の木々の恵みの果実。


「では、結婚式を始めます」


 女神様が祭壇の後ろに立ち、わたし達を呼んだ。


「女神レクトマリアの眷属神、銀の狩人ヴォルフ。そして、眷属神ヴォルフの眷属、最後の聖女マリアーナ」


 三頭の眷属神がお客様だ。黒獅子と白虎と金狐が、わたし達を見守ってくれている。

 小鳥達のさえずりや小川のせせらぎが、森からの祝福のよう。風が紗の布を揺らし、夕暮れの島に夜の空気を運んでくる。


「女神レクトマリアに、命の灯を捧げます」


 ヴォルフと声をそろえて言いながら、ふたりで持った蝋燭を祭壇に供えた。蝋燭の炎がゆらりと大きくなる。

 女神様が厳かな声で、わたし達に問いかけた。


「ヴォルフ、マリアーナ、お互いを唯一の番として、いかなる時もその心と体を愛し慈しむことを誓いますか」


 ヴォルフが胸に手をあてて宣誓する。


「マリアーナを唯一の番として、どんな困難からも守り、生涯をかけて愛することを誓う」

「わたしも……ヴォルフを唯一の番として、何があっても信じ、いつまでも大切にし、一生愛することを誓います」


 気が付いたら、涙がひと粒こぼれていた。

 子供の頃、神殿で見た親戚の結婚式を思い出す。綺麗な花嫁さんと、誇らしげな花婿さん。

 当時からもう、わたしは愚図な子として、街の人達からはからかわれたり、遠ざけられたりしていた。そんな『蕾のマリアーナ』が、まさかこんな美しい結婚式ができるとは思いもしなかった。


「女神様、ヴォルフ、眷属神のみんなも、素敵な結婚式をありがとうございます」


 女神様は優しい顔で、「幸せになるのよ」と笑った。


「それでは、誓いの口づけを!」


 ヴォルフのたくましい腕が、わたしの腰を引き寄せる。隙間がないほど密着した熱い体から、ヴォルフの鼓動が聞こえてくる。

 わたしはヴォルフを見上げ、静かに目を閉じた。


「マリアーナ……」


 ヴォルフの唇がそっと降ってくる。

 すぐに離れていくかと思ったそれは、わたしの上唇を舐め、下唇を食んだ。そんな時ではないのに、かすかな痺れが背筋に走る。


「……ん、ぁっ」


 ヴォルフの大きな手が、わたしの後頭部を掴んだ。

 逃げられない体勢でガクッと腰がくだける。


「あらあら、お熱いわね~」


 わざとらしく顔を隠した両手の指の間から、こちらを見ている女神様。そしてその後ろ……。眷属神達も興味津々な顔でのぞきこんでいる。


「ヴォルフ、だめ」

「ん……」

「……もう……、ヴォルフ、もうだめ……。待て、よ……、ヴォルフ。『待て』!」


 ヴォルフがピタッと止まった。目をぱちくりとさせている。

 反射的に言うことを聞いてしまったみたいで、自分でもなぜ止まったのかわからないらしい。


「ヴォルフ、またあとでね」


 背後で女神様も眷属神も大笑いをしていた。眷属神達は獣の姿なので、おかしそうにおなかを抱えて吠えているのだけれども。


「はあ~、あの銀の狩人が、しっかりしつけられてるとはね。いい夫婦だわ。笑った笑った」


 ひとしきり笑った女神様が涙を拭きながら、改めて祝福してくれた。


「ヴォルフとマリアーナに、女神レクトマリアの祝福をめいっぱい贈ります。可愛い仔眷属神をいっぱい作ってね」


 女神様が片目をつぶり、意味ありげに目配せしてきた。


「はいっ!?」


 えぇぇ、こ、仔眷属神……!?





もふもふ大集合!

そして、女神様の号令で、マリアーナとヴォルフの結婚式が行われました。


次回「それから……」。

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