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【書籍化&コミカライズ】身代わり聖女の初夜権 ~国外追放されたわたし、なぜかもふもふの聖獣様に溺愛されています~  作者: 月夜野繭
第五章 聖女に愛を乞う獣

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2.男は狼、女は聖女



『で、気持ちが通いあったのに、こんなにお互い大好きなのに、なぜマリアーナちゃんはまだ処女なの?』


 気持ちが通いあって、お互い大好き……。

 傍からもそう見えるのかしらと、少し照れてしまったけれど、白い玉はぷんぷんと怒っている……ように思える。


『だって、わたくし、愛と性であまねく世界を満たしたいのよ。心は幸福であふれ、体は快感で満足する。みんな、幸せになれるでしょう?』


 女神様の言葉を聞きながら、やっぱり女神様は、聖女の犠牲なんて望んでいない気がした。


 ――聖女とは、女神レクトマリアの加護を為政者に与える者だ。


 昨夜の国王陛下の言葉がよみがえる。


 愛とか恋とか関係なく、女神の加護を移すためだけに、国王に処女を捧げる存在。己を殺し、誰かを愛することも許されず、国民の幸福を祈りつづける聖女。

 聖女という存在は、なぜこの世に生み出されたのだろう。


「じゃあ、なんで聖女なんて創ったんだよ」


 ヴォルフがわたしが考えていたのと同じことを言った。


『浪漫じゃないの。女はみんな愛を知って、聖女になるのよ!』


 白い玉が楽しそうに、ふよんふよんと飛びまわる。


『乙女がただ一人愛したひとへ送る、幸運の加護。まぁ、ちょっとした幸運だけどね。マリアーナちゃんもヴォルフにあげたいでしょう?』

「で、でも、わたしは聖女になってしまったので……本当は、国王陛下に操を捧げなければいけないのでは……」

『……はい? 国王に操? 愛するひとがいるのに?』

「……え?」

『……あら?』


 何か、話が噛みあっていない?

 ヴォルフを見ると、ヴォルフも思案顔をしていた。


「確認するぞ」

『……はい』


 女神様も神妙な雰囲気で、大人しく返事をする。


「まず、聖女とは破瓜によって、女神の加護を男に与える者か」

『……はい』

「その男とは、この国の王か」

『……なぜ、王に?』

「では、この国を統治する者?」

『どうして統治者と加護がかかわってくるのか、意味がわからないわ』


 ヴォルフはまたひとしきり考えると、質問を続けた。


「聖女は国にひとりだけか?」

『いいえ! 女はみんな聖女だって言ったでしょう』


 聖女は、国にひとりではない……。まさか、本当に?

 それは衝撃的な真実だった。


「この国では、聖女は常にひとりしかいないと言われているらしい。そうだな、マリアーナ?」

「え、ええ。先代の聖女が亡くなると、新たな聖女が選ばれて……。国を豊かにし、国民が安定した暮らしを送るために、聖女の初夜権は国王陛下が有する、と教わりました」

「女神の加護のために?」

「聖女だけが持っている女神の加護を、国王陛下に差しあげるために」


 白い玉は空中で停止し、ぴくりとも動かなくなった。


『…………』

「……聖女、いやすべての乙女か。乙女が男に加護を与えるという仕組みを作ったのはいつだ?」

『……ずっと前。もう覚えていないけど……かなり前ね。数百年? もっとかしら』

「その間、実際にどんな状態になっているか、下界を確かめてみたことはあるのか?」

『……ない』

「神々にとっては一瞬でも、人間には長い歳月だ」


 神あるある、だな……と、ヴォルフがちょっと疲れたようにつぶやいた。


「時代とともに、女神の加護が薄れていった可能性もある。初めは誰もが持っていた奇跡だったのかもしれない。だが、今では、それはただひとり、聖女と呼ばれる女だけのものになった」

『…………』

「貴重な幸運の加護だ。愛ではなく、欲のために利用されるようになってもおかしくはない」


 空中で止まっていた白い玉が、ふらふらと果物のお皿に落ちる。赤い実の果汁が、白い玉の表面に付いた。


「あ、女神様、汚れてしまいます!」

「マリアーナ、大丈夫だ。女神がそんな気分になっているだけで、実際は汚れていない。実体ではないからな」

『ヴォルフ、酷い。マリアーナちゃんが優しくしてくれたのに』

「優しくされる価値があるのか?」


 皮肉っぽく眉をつりあげるヴォルフ。

 白い玉は、心なしかシワシワとしぼんでしまったようだ。


『マリアーナちゃん』

「は、はいっ」

『ごめんなさいね。つらい想いをさせてしまったのね』

「はい……いえ、でも、おかげでヴォルフと出逢えましたから」


 ヴォルフに、にこりと微笑みかける。

 確かにつらいこともたくさんあったけれど、今はヴォルフがいる。すべてはヴォルフを愛する勇気を持つための、そしてヴォルフに愛してもらうための試練だったと思える。


 ヴォルフが大好き。

 ずっと、ずっと、一緒にいたい。

 みんなが愛する人と出逢えたら……、こんな幸せを知れたらいいな……。


「あの、女神様」

『なぁに』

「お願いがあるんです」

『まぁ、何かしら。わたくし、お詫びになんでもお願い聞いちゃうわよ!』


 しょぼんとしていた女神様が、張りきってぶんぶん飛びまわる。ヴォルフの言っていた通り、赤い染みは消え、真っ白な玉がピカピカ光っていた。


『ヴォルフとずっと一緒にいたいって言ってたわね。了解、了解、承ったわ!』

「え?」

『眷属神ヴォルフと、聖女マリアーナの結婚を認めます! ついでに、寿命もそろえちゃう! 末永くお幸せに!!』

「えっ、えぇぇぇぇ!?」


 ヴォルフがやれやれと肩をすくめた。呆れているけれど、少し笑っている。

 わたしは慌てて声を上げた。


「女神様、ち、違うんです!」


 白い玉が、ふよんと一回弾んで止まった。


『違うの? でも、もう祝福しちゃったし、取り消せないわよ?』

「いえ、それは違わないというか、ヴォルフと、け、結婚できるのはうれしいんですけど!」


 ヴォルフもわたしをじっと見ている。わたしはヴォルフの服の裾をギュッと握って、女神様に向き直った。


「お願いしたかったのは、聖女のことなんです。聖女の……お役目を解いてもらえないかと思って。わたしだけじゃなくて、これからずっと……」

『今後、聖女に加護を与えない、ということ?』

「はい……。ただひとり、聖女だけが女神の加護を持つ今の状態が続けば、聖なる水晶がなくても、いつかはまた聖女が見出されるでしょう。そして、見つかれば、加護を欲しがる誰かに捕まってしまう」


 ふよふよと漂う白い玉。


「閉じこめられて、愛してもいない人に抱かれて……」

『……わかったわ。聖女制度はやめましょう』

「あ、ありがとうございます」

『乙女の贈る幸運の加護、良い思いつきだと思ったんだけど……、うん、また何か新しいことを考えてみるわ! ぐえっ』


 ええ!?

 ヴォルフが女神様を握りつぶしている!?


「やめとけ。また手に負えなくなるぞ」

『だってー』


 ヴォルフのこぶしの中から、ブツブツと女神様の不満そうな声が響いていた。





聖女システムは、女神様の浪漫(思いつき)から始まったのでした!

そして、放置(神あるある)。


次回「聖獣さんの巣作り」。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 結果的に失敗に終わったけど、操を捧げたら加護がつくっていう制度は、素敵だなと思いました。とりあえず国王はクソオブクソってことなんですね!
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