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【書籍化&コミカライズ】身代わり聖女の初夜権 ~国外追放されたわたし、なぜかもふもふの聖獣様に溺愛されています~  作者: 月夜野繭
第五章 聖女に愛を乞う獣

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1.愛と性の女神



 小鳥達が、にぎやかにさえずっている。

 木々の葉がさわさわと風に揺れる音がする……。


「ん……」

「おはよう、マリアーナ」


 寝台の傍らが沈み、低い声が耳もとでささやいた。


「ヴォルフ……?」


 かすかに花の香りがする。

 ゆっくりと目を開けると、目の前にヴォルフの整った顔があった。


「…………!」

「ん? どうした?」


 あまりにかっこよくて、びっくりした……。

 昨日までも素敵だったけど、今までよりもっと輝いて見える。


「お、おはよ……」


 寝台の端に座ったヴォルフは、もう着替えていた。

 ふと見ると、枕もとの小卓に木のコップが置かれていて、そこに小さな花束が飾られている。


「お花……?」

「ああ。朝、摘んできたんだ」


 うれしい……。

 喜びで、顔がぽっと赤くなる。


「……体は大丈夫か?」


 昨夜のことを思い出して、さらに真っ赤になってしまった。


「う、うん、もう平気」


 あの体がぐずぐずにとけてしまうような熱は、さっぱりと消えている。

 体調が元通りになってほっとした――けれど、立てない。寝台から下りて立とうとするけれど、膝が崩れてしまう。


「無理するな」


 ヴォルフが笑って、抱きあげてくれた。






 身支度をしてテラスに出ると、昨夜は見えなかった湖を木々の向こうに望むことができた。

 水面が朝の光にキラキラと輝いている。


「綺麗……」


 机と椅子が出されていて、ヴォルフが下から朝食を持ってきてくれた。


「ありがとう。下に食料庫があるの?」

「まだ簡単なものだけどな」


 果物と固焼きパンと、冷たい湧き水。

 かまどができたら、パンを焼こう。鶏を飼って、卵を採るのもいいかもしれない。


「楽しそうだな」

「うん、いろいろ楽しみ。ねぇ、ヴォルフ、どうしてわたしがこうしたいってわかったの?」

「こうしたい?」

「昨日、テラスを見た時に、ここでお茶がしたいなって思ったの」


 ヴォルフはとろけそうな笑みを浮かべた。


「俺もそうしたかったからだと思う」


 並んだ椅子に腰かけたヴォルフが、わたしの体を引き寄せ口づける。


「ん……っ」


 昨夜の快感を思い出して、小さな声が出てしまった。

 ヴォルフの目が一瞬熱く光って、わたしの体を持ちあげ、自分の膝の上にのせた。


「んっ、ヴォルフ、重くない?」

「全然。羽のように軽い」


 朝ごはん代わりに食べられてしまいそうな、深い口づけ……。


「ヴォルフ、もうおしまい……。まだ、朝よ」

「うん、朝だな……」


 気もそぞろに口づけを続けようとするヴォルフ。


「これ以上は……だめ」

「だめか?」


 キューンと悲しそうにうなだれる狼さんが、人の姿のヴォルフに重なって見える。

 ヴォルフの願いはなんでも叶えてあげたいけど、ちょっと今は無理な気がする……。

 わたしが困っていると、


「わかってる。残念だけど、無理はしない」


 ヴォルフが小さく笑って、軽くおでこに口づけた。


「また夜に、な」

「ヴォルフ……っ」


 どんどん頬に血が集まっているのが、わかる。なんだか凄く恥ずかしくて、顔を覆ってしまったけど、これだけは言っておかなければ。


「ありがとう。大好き」

「…………!」


 壊れそうなくらい、強く抱きしめられた。

 わたしの首筋に顔をうずめたヴォルフが、くんくんと匂いを嗅ぎ、襟足を舐める。


「あ……わたし、臭わない?」

「いい匂いがする」

「そうじゃなくて! あの……いろいろあって……そのあと、湯浴みしてないし……」


 体の汚れは、夜の間にヴォルフが綺麗にしてくれていたみたい。

 でも、この島にも温泉があるって言ってたし、できれば湯浴みしたいなあ。


 すると、ヴォルフが眉をひそめて、もの凄く怖い顔をした。狼の姿だったら、唸り声を上げていそうだ。


「あいつの……国王の匂いは、全部上書きした。俺のマリアーナに……許せない」

「待って! 大丈夫だから。もう覚えてない。わたしが肌を合わせたのは、ヴォルフだけよ」


 今にも飛び出していきそうな雰囲気に、慌てて止めると、ヴォルフはまたすがりつくようにわたしを抱きしめた。

 その背中を、子供をあやすようにポンポンと叩く。


「ねぇ、ヴォルフ、温泉があるのよね? わたし、温泉に入りたいな」


 ヴォルフの狼の耳がピンと立った……気がした。


「温泉、あるぞ。マリアーナが好きだと思ったから、探したんだ。食器を片づけたら、行こうか」

「うれしい!」


 その時、ヴォルフのまとう空気が、急にサッと固いものに変わった。


「どうしたの……?」


 緊張……、そして、警戒。


「…………」


 わたしを膝にのせて抱いたまま、テラスの隅の一点を凝視する。

 明るい朝の陽だまりの中。それは突然ふっと現れた。


 ふよふよと漂う、小さな球体……。

 ぼんやりと白く光り、かすかに明滅している。


「聖なる、水晶!?」


 思わず叫んでしまう。

 ヴォルフがわたしをなだめるように、背中をさする。


 国王陛下がまた聖なる水晶を復活させて、わたしを追ってきたの?

 ヴォルフと離れるなんて、もう絶対にいや……!


「大丈夫だ。俺がついてる。あれは人間達の作った水晶じゃないから、心配しなくていい。……まあ、面倒だが」


 聖なる水晶じゃない……?


 そう疑問に思って見てみると、確かにちょっと違う。弱々しい光り方とか、大きさとか。

 聖なる水晶が人の頭ほどあるとしたら、それは子供の拳ほどの大きさしかなかった。


 小さな白い球体が、くるんと空中に輪を描いた。


『ハァイ、おはよう! わたくしよ、わたくし』

「…………」

『レ、ク、ト、マ、リ、ア!』


 沈黙が辺りをつつむ。


『あら……? なぜ反応がないのかしら?』


 ヴォルフが深くため息を吐いた。


「何か用か」

『ご挨拶ねぇ。せっかく女神様が来てあげたのに』

「頼んでない」

『まぁまぁ、落ち着いて』

「落ち着いてる!」


 女神様にからかわれて、青筋を立てるヴォルフ。

 女神様はたぶん、ヴォルフが可愛いのね。思春期の弟をかまいすぎて嫌われてしまった、近所の宿屋のお姉さんに似てる。


『えー、わたくし、ヴォルフに嫌われてるの……?』


 しゅんとする女神様。

 そう言えば、女神様は心の中の声も聞こえるんだった!


『あら、今はそんなに聞こえないのよ。日中だし。ほら、現身もこんなに小さくて弱いし』

「いえあのっ、申し訳ありません! 近所に住んでた女の人と女神様を一緒にするだなんて!」


 慌てて謝ると、白い玉はふよふよとわたしの頭の上を旋回した。


『いいのよ、ふふっ。マリアーナちゃんがわたくしを怖がらなければ、それで』

「……ありがとうございます」

『それにしても、仲睦まじいわね~! 朝からイチャイチャしちゃって!』

「えっ……!?」


 あ、わたし、ヴォルフの膝に抱っこされたままだった!!


 急いで下りようとしたら、ヴォルフにぎゅっと腰を抱かれて止められた。


「このままでいい」

「でも、女神様の前で……」

「いないものと思えば」

『酷い! 酷いわー』

「…………」

『ねぇ、あなた達、性交したの!? してないわよね? なんで!?』


 ヴォルフが眉をひそめた。


「あんたのほうが、よっぽど酷い」


 せ、性交?

 女神様の口からまさか性交なんて、言葉が出るわけが……。そう言えば。

 愛と豊穣の女神レクトマリアは、実は愛と性の女神なんだった……。


『そうよぉ、なんで愛と豊穣の女神ってことになったのか知らないけど、わたくしは愛と性の女神よ! うふふっ』





恋するふたりがようやく一つになった――かと思ったら、まだだったみたいです(笑)。


次回「男は狼、女は聖女」。

女神の加護って、そういうことだったの!?

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