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【書籍化&コミカライズ】身代わり聖女の初夜権 ~国外追放されたわたし、なぜかもふもふの聖獣様に溺愛されています~  作者: 月夜野繭
第四章 聖女の初夜権は誰のもの?

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5.大樹の棲み家



 突然、目の前にあった月が消え、意識が途切れ……。


 ふっと気が付くと、そこは人けのない森。木々の葉がさわさわとかすかな風に揺れている。

 深い森ではない。軽く重なる枝の隙間から、白い月が見えた。

 それほど時間は経っていないようだ。空はまだ暗く、月は変わらず煌々と輝いていた。


 わたしは、大樹の根もとに寄りかかって座っていた。体に巻きつけたシーツが落ちていないことにほっとする。胸もとをもう一度きつく巻き直して、大樹を見上げた。

 とても大きな樹だ。森の中の開けた平地にぽつんと立っている。幹の横幅は馬車一台分くらいはあるかもしれない。

 森はどっしりと根を張った大樹を中心にして、なだらかな丘になっているみたいだった。


 ここはどこだろう。

 ヴォルフは……?


 傍らにぬくもりがないことが、急にさみしくなった。


「ヴォルフ……」

「起きたか? 待たせてすまなかった」

「きゃっ」


 びっくりした。

 ヴォルフの声だ。

 大樹の陰から、人の姿のままのヴォルフが現れる。


「ヴォルフ……。幻じゃ、ないのよね。本当に、ヴォルフ?」

「ああ、俺だ。幻じゃない」

「わたしは、助かったの? 国王陛下や騎士の人達は?」

「大丈夫だ。おまえに手出しする者は、もういない」


 涙がひと粒こぼれた。

 穏やかな安堵感が胸の内にあふれてくる。


「怖かった……。さみしかった。ヴォルフ、抱きしめて」

「マリアーナ……」


 ヴォルフがかかんで、その腕につつみこんでくれる。大きな手が、ゆっくりと頭を撫でる。


「ひとりにして悪かったな。寝台の準備をしてた。まだ全部はできあがってないけど、とりあえず寝られるから」

「寝台?」

「作ったんだ」


 両腕をわたしの背中と膝裏に入れて、そっと抱きあげ、ゆっくりと歩きはじめる。


「大丈夫か?」

「え?」

「何か、飲まされたんだろ。匂いがする。……発情、しているような」

「は、発情……」

「うん。いい匂いだが……、薬みたいな匂いも混ざっている」

「……王家の秘薬。避妊のために飲まされて……媚薬の効果もあるって」

「チッ……クソが!」

「えっ?」

「いや、すまない。王家なんて阿呆ばっかりだな」


 阿呆!

 ヴォルフの砕けた口調に、くすくすと笑ってしまう。


「王族に阿呆なんて言えるのは、きっとヴォルフくらいよ。今は……ちょっと胸がどきどきするけど、熱は治まっているみたい」


 もう薬が消えたのならいいけど……、体の奥にはまだ何かがある気がした。薬の効果には波があるのかもしれない。


「こっちが入口だ」


 大樹の裏側には、根もとから枝分かれしたもう一本の木が立っていた。大樹よりは細いけれど、十分に立派な木だ。

 その木の幹を取り巻いて、螺旋階段があった。


「階段……? ええ!? もしかして、これ、おうちなの!?」


 木の上には、小さな家が建っていた。太い枝をまたぐように床が作られ、丸太を組んで壁にしてある。

 のどかな田園風景が似合いそうな、可愛らしい小屋だった。


「ヴォルフが……作ったの?」

「ああ。いつかマリアーナと暮らせたらと思ってな」


 照れくさそうに、ヴォルフが笑った。

 ちょっと顔が赤くなってる。目を逸らして笑うヴォルフが可愛い。可愛すぎる。

 たまらなくなって、わたしは彼の首に抱きついた。


「ヴォルフ……、ヴォルフ、大好き!」

「わかってる。俺も好きだ」

「わたし、あなたと離れて、国王陛下のもとに行ったのに……あなたはあきらめてなかったの?」

「あきらめられるわけがないだろう。俺の唯一の番なんだから」


 わたしの唇に、軽い口づけが降ってくる。

 わたしもちゅっと、口づけのお返しをする。


「つがい……ふふ」

「さあ、家に入るぞ」


 さらに顔を赤くしたヴォルフが、ぶっきらぼうに言った。

 わたしを抱っこしたまま、螺旋階段を上がる。そんなに広い階段ではないけれど、ヴォルフの腕の安定感は抜群だ。


「わあ……」


 玄関の前には、広めのテラスが付いていた。ここに小机と椅子を出して、お茶を飲むのも楽しそう。

 明るい色の板戸を押して、家に入る。


「まだ工事中?」

「うん」


 家の中には仕切りがなくて、全部が見渡せた。ふたりで暮らすには、ちょうどいい広さかも。

 木の板や工具があちこちに置いてある。

 部屋の片隅には寝台があった。柔らかそうな布団に新しいシーツが敷かれている。

 ヴォルフはそのシーツの上に、わたしをそうっと下ろした。


「こっち、見てみろ」


 寝台の横には、大きめの窓があった。

 その窓から見えたのは……、


「湖!?」


 森の木々の向こう、月の光がキラキラと反射しているのは、見覚えのある湖だった。あちこちに小さな島が浮いている。

 ヴォルフが小川の浅瀬に温泉を掘ってくれた、あの美しい湖だ。


「気に入ったか?」

「ええ……ええ! 凄く素敵」

「温泉、気に入ってたから。ここは、湖の中で、一番大きな島なんだ。調べたら、この島にも温泉が湧いてた。明日、入りに行こう」


 ヴォルフも寝台に上がってきて、湖が見える位置に座った。

 わたしを軽々と持ちあげて、背後から足の間に抱きこむ。ヴォルフの好きな体勢だ。

 背中に、ヴォルフの鼓動を感じた。


「ありがとう……。ほんとにうれしい」


 ヴォルフは、わたしの頭のてっぺんに顎をのせ、ふっと息を吐いた。


「やっぱり、ここにマリアーナがいると落ち着く」


 また、涙があふれ出した。

 いつもの姿勢で、ヴォルフのぬくもりと匂いにつつまれる。それがどんなに貴重で、幸せなことか。

 もう二度と、この腕の中には戻れないと思っていた。


「泣くな……。マリアーナ、魂の番、おまえを愛してる」

「うれしくて、涙が止まらないの。わたしも、あなただけ。あなただけを愛してる」


 わたしの肩に、ヴォルフがぐりぐりと鼻先をこすりつけた。そのまま首筋を舐めると、うなじを何度も甘噛みする。


「……んっ……」


 くぐもった声が出てしまう。

 体の奥でチロチロとくすぶっていた炎が、急に大きく燃えあがった気がした。


「おまえが俺を選んでくれたなら、俺はすべてのものからおまえを守る。だから、俺を選んでくれ」


 まるで懇願するかのようにささやく低い声。

 わたしは振り返って、深い想いを浮かべる金色の瞳を見つめた。


「忘れちゃった? 深淵の森で、ヴォルフに助けられて……。あの時、わたしは生まれて初めて、自分で自分の道を決めたの。……あなたと一緒に生きていくんだって」

「マリアーナ……」

「あなたとずっと一緒にいたい。あなたのそばに、いさせてください」


 返事はなかった。

 言葉よりも遥かに熱い口づけが、二人の誓約の印となった。





次回、第五章「聖女に愛を乞う獣」スタート!


一話目は「愛と性の女神」です。

女神様、暴走中!?



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続きも頑張りますので、どうぞよろしくお願いします♪

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