表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化&コミカライズ】身代わり聖女の初夜権 ~国外追放されたわたし、なぜかもふもふの聖獣様に溺愛されています~  作者: 月夜野繭
第四章 聖女の初夜権は誰のもの?

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/42

3.女神の加護は渡さない



「聖女殿の説得には時間が足りなかったようだな。それとも、聖女殿の気持ちは若い男に傾いたのか?」


 国王陛下は中途半端に伸びた王太子様の手を払いのけ、わたしの腕を強く掴んだ。


「痛……っ!」

「どうなのだ、聖女マリアーナ」

「そういうわけではありません、けれど」

「なら、よい。エウスタシオ、出ていけ。近衛騎士を呼ぶぞ」


 王太子様は、陛下とそっくりな皮肉っぽい笑みを浮かべた。


「どうぞ。呼びたければ呼ぶといい。騒ぎになることは、父上にとっても望ましくないのでは? 王太子が国王の譲位を求め、聖女に加護を賜るように直訴したなど……、格好の醜聞だ」

「エウスタシオ」

「また父上への不信感が高まるのではないでしょうか。それをわかっているからこそ、あなたは大声で騒ぐことができない」


 ふたりはしばし睨みあっていたが、陛下が余裕のある表情で断言する。


「聖女殿の気持ちが決まっているのだから、何を言っても無駄だな。女神の加護は私のものだ」


 王太子様がくっと悔しそうに唇をかむ。


「あの……お待ちください」


 わたしがおずおずと口を挟むと、ふたりがそろってわたしのほうを向いた。「ひっ」と小さな叫び声が漏れる。

 国王陛下と王太子様、町娘のわたしには天の上の世界の人だ。畏れ多いし、恐ろしい。


 でも。今こそ、言わなければ。

 わたしの想いを。


「まず……申し訳ないのですが、陛下、わたしの腕を離してください」


 陛下がわたしをじっと見つめて、手を下ろす。とりあえず言うことを聞いてくれて、ほっとした。


「どうかわたしの話を、聞いてください。……わたしは、本当は聖女になんかなりたくなかった。でも、陛下とこの話をするために、聖女として国に戻ることを決意しました」

「あなたは、聖女になりたかったのではないのか?」


 驚いたように言う陛下に、王太子様も同意するようにうなずき、鋭い目でわたしを見た。


「聖女にも、神殿にも王宮にも、興味はありません。わたしは平凡な町娘のままでよかった。ただ、なりゆきで聖女になってしまいました。そして……聖女の存在がどういうものかということを学びました」

「聖女とは、女神レクトマリアの加護を為政者に与える者だ」

「はい……。だけど、それでいいのでしょうか」

「どういうことだ」


 わたしは拙い言葉を一生懸命つなげて、陛下と王太子様に話した。


 ――一人の女性が、自分の気持ちとはなんの関係もなく、国王に操を捧げる。女神の加護を為政者に移すためだけに。

 そして、初夜の儀を経て女神の加護を失い、普通の女性に戻っても、元の暮らしには戻れない。聖女は聖女で在りつづけなければならない。

 この国は、そういう聖女達の連綿とした犠牲の上に成り立ってきた。


「この国は、本当にそれでいいのでしょうか……」

「国で最も尊い女性となり、王族と並ぶほど豊かな暮らしを送り、国を治める王に寵愛される。すべてが思いのままになるというのに、何が不満なのだ」

「……本当にそうですか? 先代の聖女様もそうでしたか?」

「…………」

「そういう方もいるかもしれません。でも、それは聖女本人には選べないこと。人によっては、とてもつらいことかも」


 誰かを想うことも、子を持ち慈しむことも自分に禁じ、ただひたすら国民の幸福を祈る。それだって、一つの尊い生き方なのかもしれない。

 自分では選べない、という厳然とした事実をのぞけば。


「確かに、先々代の聖女は早世したな」


 早世……。


「すぐに次の聖女を探し、先代の聖女と相見えることができた。先代は従順な大人しい女だった」


 そうか……。もしかしたら、女神の加護は聖女から完全に失われるのではなくて、国王と聖女のつながりの中に残るのかもしれない。だから、聖女の死でも、国王の死でも、その代の加護はそれで終わる。

 聖女が亡くなった時は新たな聖女を探して国王のものとし、国王が亡くなった時には聖女はようやく引退できる。


「だが、だからなんだと言うのだ。国より重いものはない。聖女ひとりのために国民を犠牲にせよと言うのか」

「いいえ、そうではなくて……。わたし達は女神の加護に頼りすぎているのではないでしょうか。突然選ばれて、人生を決められてしまった代々の聖女の犠牲にあぐらをかいて、平然と生きていくのは……本当に女神様の望むことなのでしょうか」


 恋愛話が大好きだという女神レクトマリア。

 愛する人のために強くなれと教えてくれた女神様。


「愛を司る女神様が、愛も恋もないような聖女の献身を望むでしょうか」


 むしろ自分の幸せは、自分で動いて掴み取れと言うのではないだろうか……。


「平民の小娘がわかったようなことを」

「申し訳ありません。でも、わたしは、このことを陛下にお話したかったのです。女神様の真の願いをもう一度考えてみていただきたくて」


 陛下は苦虫をかみつぶしたような顔で、わたしを見下ろしている。

 王太子様は、何かを考えこんでいるような表情だった。


「さあ、遊びは終いだ。エウスタシオ、今度こそ出ていけ。私はレクトマリア神聖王国の国王だ。聖女マリアーナの初夜権は私にある」

「父上……!」


 王太子様の腕を後ろにねじあげ、陛下は王太子様を力ずくで双月の間から出した。

 ガチャと内扉に鍵がかけられる。

 続いて、陛下は廊下への扉も施錠した。


「聖女殿、もう逃げられぬぞ」


 昏い炎が陛下の瞳に灯った。

 大人の余裕を見せて微笑む、いつもの陛下ではない。獲物を見定めた肉食獣のような、猛々しい気配がにじみ出る。

 本能的な恐怖がこみあげた。


 逃げなければ……!


「窓、は……」


 だめだ。

 ここは高さのある三階建ての建物の最上階。とても窓からは下りられない。

 それでも窓に駆け寄り、外を見ると、煌々と明るい月光が広い庭園を照らしていた。


 聖女継承の儀は、女神レクトマリアの力が最も強くなる、月の満ちる夜に行われる。

 今夜は、その満月の夜。


「私では不満か?」


 陛下の大きな体が、ゆっくりとわたしに近づいてくる。


「良くしてやろう。若造にはできぬほどにな」


 声も出なかった。

 絶体絶命の窮地なのに、手も足も動かない。


「マリアーナ、寝台に行くぞ」


 わたしは簡単に囚われ抱きあげられ、広い寝台の真っ白なシーツの上に落とされた。





次回「神狼の咆哮」。


国王に純潔を奪われそうになるマリアーナ。

そこに現れたのは!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お読みいただき、ありがとうございました!
匿名でのご感想もこちらで受け付けています。

作者の励みになりますので、
お気軽にお送りいただけるとうれしいです!


▶︎▷▶︎ Xプロフィール既刊リスト ◀◁◀

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ