1.聖女を継ぐ者
大神殿に戻り、モーリーンと思わぬ形で再会をしてから数日後。
わたしにとっては二度目の、聖女継承の儀が執り行われた。
王宮の大広間は豪華なシャンデリアで明るく照らされ、夜の暗さに慣れた目には、まるでここだけ昼間のように思えた。
中央には立派な演壇が設えられ、そのまわりを高位の神官達が取り囲んでいる。さらに外側には、煌びやかに着飾った貴族の男女が集まっていた。
前回よりも人数が増えたような……気のせいかしら。
「レクトマリア神聖王国の新たな聖女、マリアーナ様のご来臨です」
わたしに付き添ってくれていた神殿長が声を張って告げると、大広間は一瞬静まり返り、その後ざわめきがあふれた。
「本当にそっくり……」
「モーリーン様ご本人ではないのかしら?」
「……双子のご姉妹なんですって」
「まあ……」
一度目の時もいろいろ言われていたのかもしれない。緊張しすぎていて、全然耳に入らなかった。
慣れたわけではないけれど、今回は少し冷静に大広間の様子を見ることができた。
「聖女マリアーナ」
後ろからわたしの名を呼ぶのは、国王陛下の声だ。
わたしは振り返って、丁寧にお辞儀をした。
「国王陛下、ご機嫌麗しゅう存じます」
「ついにこの日が来たな」
「はい……」
陛下はわたしの手を取り、指先にそっと口づける。
「あの……人が多くないでしょうか」
「ああ。前は主要な者だけが出席していたのだが、此度は希望者にはこの場に立ち会うことを許可した。王家の威信にかけて、聖女継承の儀を成功させなければならない」
王家の威信……。
これまで聖女継承の儀を二回失敗しているから、王家にか国王陛下にかわからないけれど、不信の念を持つ人もいるのかもしれない。その人達に、儀式の成功をきちんと証明しないといけない、ということだろうか。
「今日は、妃達も連れてきた」
「……え?」
「皆、聖女殿に会いたいと言うのでな」
陛下の後ろには、数人の男女が控えていた。貴族達の中でも、ひときわ豪奢に装っている。
「王妃のフェデリーカ。こちらは、王太子のエウスタシオだ」
陛下よりもやや若く見える美しい金髪の女性と、陛下によく似た黒褐色の髪の青年。わたしよりも少し年上だろうか。
王妃様は無表情にわたしを見ると、優雅に唇の端を上げ、軽く頭を下げた。
王太子様はにっこり笑って、陛下からわたしの手を受け取り、手の甲に唇をあてる。
「聖女殿、お目にかかれて光栄です。あまりの清らかな美しさに、あなたが私の聖女であればよいのにと思ってしまいました。お許しください」
「エウスタシオ、控えよ」
「はい、父上」
陛下が王太子様を鋭い目で睨みつける。王太子様は、父王の言葉をどこ吹く風と聞き流し、にこにこしている。
何か変な雰囲気だ。二人の間にはわだかまりでもあるのだろうか……。
陛下はさらに後ろにいた、若い二人の女性を呼んだ。二人とも二十代半ばくらいで、とても綺麗だ。
「妾妃のトリエスタ、そして、クロティルダだ」
妾妃……。
つまり、第二、第三のお妃様。
陛下は面白そうにわたしを見ると、わたしの耳もとに低い美声でささやいた。
「国で最も尊ばれるのは、もちろん聖女だ。私に女神の加護を与えてくれたら、あなたをここにいる誰よりも大切にすると誓おう」
「陛下、わたしは……」
「今宵、楽しみにしている」
その時、神殿長から声をかけられたので、話はそこまでになった。
いよいよ儀式が始まるのだ。
広々とした大広間がしんと静まった。
わたしは一歩前に出て、神殿長の言葉を待つ。
神殿長はひとつわたしにうなずくと、聖女継承の儀の始まりを宣言し、わたしに向き直って言った。
「聖女マリアーナ、女神レクトマリアに祈りを」
中央の演壇の上には、美しい花々の彫られた白い石台があり、そこに聖なる水晶が鎮座していた。
わたしは水晶に向かって語りかける。
「愛と豊穣の女神レクトマリアよ」
ヴォルフと一緒に、滝の裏の洞窟で出逢った女神様を思い出す。
聖なる水晶によく似た、白い光の玉。
ヴォルフがその光からわたしをかばって、抱きしめてくれたこと。
熱い口づけ。
そして、わたしの中に満ちた、ヴォルフへの恋心。
「わたくしは聖女マリアーナ。女神の加護を賜り、その御心を申し伝える者……」
女神様。
わたしは、ヴォルフを愛しています。
わたしの心はヴォルフのものです。
どこにいても。誰といても。永遠に。
ヴォルフがまた怪我をしませんように。
ヴォルフがさみしがっていませんように。
ヴォルフに、この気持ちが届きますように……。
「あなたを愛し敬う民に、偉大なる女神の恩恵を与えたまえ」
祈りを捧げて、その場で聖なる水晶に手をかざす。
前回は近づきすぎて水晶を壊してしまったので、今回は離れたところからでいいと言われていた。
「あぁ、光が……!」
聖なる水晶に注目していた人々が、大きくどよめいた。
目のくらむような輝きがあふれる。
まぶしい。
思わず目をつぶる。
まぶたの裏に感じる光が少し柔らかくなり、そっと目を開けると、祈りの最中からぼんやりと光っていた水晶を、真っ白な光輝が覆っていた。
その様は恐ろしいほど清浄で、冴えた月の光を集めて凝縮したような神々しさだった。
さすがに誰よりも早く落ち着きを取り戻した神殿長が、儀式の成功を祝した。
「聖なる水晶により、女神レクトマリアの御心が示された。聖女マリアーナとレクトマリア神聖王国に幸いあれ」
パラパラとまばらに始まった拍手が、やがて大広間の中に大きく響きわたる。
これで、聖女継承の儀が無事に終わったのだ。
わたしは人々に気づかれないように、細くため息を吐いた。
そう。
聖女継承の儀が終わり――
これから、初夜の儀が始まる。
次回「初夜の儀」。