7.ふたりの聖女 <女性神官>
「東方神殿で、次代の聖女様が見つかったそうよ!」
「まあ、早かったわね」
「よかった! これで王国も安泰ね」
その一報が届けられた時、大神殿は大いに沸きました。
聖宮では、新たな聖女様をお迎えするための準備が、慌ただしく進められます。
わたくしも例に漏れず、同僚の女性神官達とやや浮かれた気分で日々を過ごしておりました。
「聖女様はどのような意匠をお好みでしょうか」
「可愛らしい雰囲気がよいかしら」
「まだ十代でいらっしゃるものね」
白い石造りの大神殿は大きくて荘厳ですが、聖宮は女性らしい繊細な彫刻のほどこされた美しい館。きっと聖女様も気に入ってくださるでしょう。
けれど、先代の聖女様のご趣味に合わせた内装は、落ち着いた大人っぽいもの。布類にほどこす刺繍や日々お使いになる小物くらいは、次代の聖女様にふさわしい若々しいものにしなければ。
それから、しばらく経ってからのこと。
「聖女様がお着きになったわ」
「お出迎えを……!」
聖宮の新たな主となった聖女様は、とても清楚で美しい少女でした。
しかも、守ってさしあげたくなるような慎ましやかな気性で、女性神官の間ではお世話係への立候補が相次いで……。
わたくし達女性神官は、このまま穏やかに、聖女様との毎日が続いていくものだと思っていたのです。
* * * * *
状況が変わってきたのは、聖女継承の儀からでしたでしょうか……。
王宮で執り行われた儀式で、騒ぎが起きたらしいのです。聖女様が手をかざした途端、聖なる水晶が燃えあがり、黒く変色したとか。
儀式のあと、すぐに聖女様は大神殿にお戻りになられました。本来なら、ひと晩王宮に泊まり、初夜の儀を行う予定になっていたのですけれど。
「聖女様……、きっと何かの間違いですわ」
「すぐに外出のお許しも出ますから、元気を出してくださいませね」
念のため、聖女様には外出を控えていただくように、神殿長から指示がありました。
聖女様はようやく最近大神殿に馴染んでこられたのに、またお気持ちが沈んでしまいそうで心配です……。
わたくし達、身のまわりのお世話をしている神官も口々にお慰めしますが、
「それにしても、あんなことになるなんて、このあと一体どうなるのでしょうね……」
やっぱり最後には不安を口に出してしまいます。
「皆さんにもご迷惑をおかけして申し訳ありません」
ご自身が一番不安だと思うのに、聖女様はわたくし達にも一生懸命笑顔を見せてくれました。
「わたしは大丈夫ですから、皆さんもそろそろ休んでくださいね」
本当に健気で優しい方なのです。
この方を聖女として戴けるわたくし達は本当に幸運です。
そのままどこからも音沙汰がなく、聖女様はずっと聖宮に大人しくおこもりになっていました。
突然王宮に呼び出されたのは、十日ほどあとの夜明け前のこと。
「それでは、行ってきますね」
聖女様が儚い微笑みを浮かべ、わたくし達ひとりひとりを順番に見つめます。
「聖女様、お気を付けて行ってらっしゃいませ」
「朝早くから支度をお願いして、すみませんでした。皆さんもお体に気を付けて。ありがとうございました」
いつもの慎ましいお姿なのだけれど、何故か別れの言葉のように聞こえて……。
わたくしの胸に、聖女様を引き留めたいような、いやな予感がこみあげたのでした。
* * * * *
聖女様の様子が変わったのは、早朝の王宮への呼び出しより戻られ、しばらく経ってからでした。
艶のある真っ直ぐな黒い髪、静かに微笑む青い瞳。
やや内気でうつむきがちだけれど、隠しきれない清らかな美しさが表情に滲み出ています。
聖女様に何もお変わりはない。
……そのはずなのに、どこか違和感がありました。
以前と変わらぬ日々を過ごすうちに、違和感はどんどん強くなっていき……。わたくしだけでなく、身近に仕えていた女性神官達はみな、大なり小なり引っかかりを感じているようでした。
「ああ、ジャネリー、その話はもういいわ。お茶が冷めてしまったの。新しく入れてちょうだい」
これまでの聖女様が果たしてきたお役目などについて講義をしていたら、聖女様が話をさえぎって、わたくしに命じました。
確かに、もう何度かこの話はしています。聖女様も飽きてしまわれたのかも……。
「仰せのままに」
「今度から、言われる前に気が付いてくれるとありがたいわ」
にっこりと笑うと、聖女様は主に衣装を担当している他の神官に話しかけました。
「ねえ、聖女のドレスなんだけど、白以外の色は駄目なのかしら。せっかくのドレスなんだし、もっと華やかにしたいの」
「申し訳ございません。聖女様のお衣装は、白と決まっております。白は女神レクトマリアの色ですから」
「そう? じゃあ、女神様が許してくれればいいのね。今度、国王陛下に聞いてみよっと」
「ですが……」
聖女様は少し苛々されているようで、目を細め、衣装担当の神官をじいっと見つめます。
「聖女のあたしの言葉は、女神様の言葉と一緒だと思わない? 国王陛下ならわかってくれるはずよ」
聖女様……?
「至急、国王陛下に伝言を。聖女モーリーンが会いたいと言っていると伝えて」
聖女様。
優しくて穏やかな聖女様。
聖女様は、こんなに感情を表に出す方だったでしょうか。
聖女の衣装に注文を付け、苛立って国王陛下を呼びつけるような方だったでしょうか……。
そっくりだけれど、全然違う。
まるで聖女様がふたりいるようでした。
神官達の祈りがようやく届いたのか、聖なる水晶に神力が満ちたとの知らせが来ました。前回の聖女継承の儀から、ふた月が経っていました。
改めて儀式が行われることとなり、清楚な白い衣装を身に着け、王宮に向かう聖女様を大神殿からお見送りします。
「聖女様、行ってらっしゃいませ」
一列に並んだわたくし達神官に、聖女様は白い衣装の裾を持ちあげて見せます。頬をふくらませて、不満そうなお顔でした。
「結局、ドレスは地味なままだったわね。せっかくの晴れ舞台なのに、残念」
「お綺麗でいらっしゃいます。……国王陛下からたまわった宝飾品がお似合いでございます」
「そうね。この宝石は聖女にふさわしいわね」
首飾りにふれて、たちまち機嫌を直す聖女様。
衣装の色の変更は、国王陛下にもどうにもできず、代わりに陛下は聖女様に色とりどりの宝飾品を贈られました。
赤、青、緑とさまざまな色合いの大粒の宝石が、黒髪や白い布地の上でギラギラと輝きを放って……。
わたくしは、それが女神レクトマリアの色である白を汚しているような気がして、大丈夫だろうかと冷や汗が出たのでした。
「何が起きたのでしょう」
「また水晶から神力が失われたと聞いたわ!」
またもや、儀式は無事には終わりませんでした……。
王宮と大神殿は騒然としています。
聖宮でも、あちこちで女性神官達がささやきあっていました。
「いえ、そうではないみたい。試しに手をかざした神官達には、光を返したようよ……」
ところが、聖なる水晶は、聖女モーリーンにだけはまったく反応しなかったらしいのです。
「そう言えば、最近聖女様のご様子がおかしかったし」
「そうね、少し驕られているように見えたわ」
少しも光を放たない水晶を前にして、聖女様は「まだ水晶が壊れているのよ」と叫んでいたそうだけれど……。
「女神様のご加護がなくなってしまったのでは……?」
最初の儀式の時には、聖女様をかばい立てしていた神官達も、今回は疑念を隠せませんでした。
* * * * *
「他の神官にもいずれわかることだが、聖女様のお世話をする皆には先に話しておきましょう」
神殿長からの詳しい説明に、女性神官達はざわめきました。
わたくしも胸の動悸が収まりません。
まさか、本当に聖女様がふたりいたなんて。しかも、双子の姉妹……!
「……まさか聖女様が双子だったとは……」
「やっぱり、最初の聖女様と、儀式のあとの聖女様は別人だったのね」
マリアーナ様と、モーリーン様。
目の前にいる少女の造作は、確かに聖女モーリーンにそっくり。
でも、表情が違う気がする。モーリーン様は勝ち気で、マリアーナ様は少し内気な雰囲気。
わたくしは確信を得たくて、気が付くと聖女様に質問していました。
「もしや、最初に聖女様として大神殿にいらしたのは、マリアーナ様なのでしょうか」
「え?」
「聖なる水晶が燃えあがり、ひびわれたという、一度目の聖女継承の儀のしばらくあとから、聖女様がお変わりになられたように思っていたのです」
「それは……あの」
マリアーナ様はお困りのようでした。
今、モーリーン様は国王陛下に会いに行っているし、何か政治的な裏があるのかもしれない。聖女様を悩ませるのは本意ではありません。
「差し障りのあることでしたら、お答えは不要でございます。マリアーナ様、わたくし達はマリアーナ様を心から歓迎いたします。改めてよろしくお願い申し上げます」
わたくしは膝を折り、マリアーナ様に忠誠を捧げました。広間に集まった女性神官達全員が、同じ姿勢で喜びを表現します。
マリアーナ様。
わたくし達の聖女様。
また聖女様にお会いできて、本当にうれしく思います。
「マリアーナ様、お帰りなさいませ」
次回、第四章「聖女の初夜権は誰のもの?」スタートです。
一話目は「聖女を継ぐ者」。
マリアーナにとっては二度目の聖女継承の儀が始まります。
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