6.双子姉妹の数奇な運命
誰もが言葉を失い、寝支度をしていたわたしとそれを手伝う数人の女性神官がいた部屋は、しんと静まり返った。
モーリーンは室内に一歩踏みこんだところで、あ然として立ち止まっていた。
「……マリアーナ!?」
わたしは立ちあがり、モーリーンの前に進み出た。
黒髪、青い目、白い肌。
細部にいたるまでそっくりな、わたしの双子の妹。
「久しぶりね、モーリーン」
「なんで……なんで、あんたがここにいるの!? 追放になったんじゃなかったの!?」
モーリーンは目をつりあげ、わたしを怒鳴りつけた。
「モーリーン、ごめんね。本当の聖女は、モーリーンじゃなかった。気が付くのが遅くて……傷つけて、ごめんなさい」
「何を言って……。それじゃ、まるであんたが聖女みたいじゃない」
「…………」
「嘘よ。……嘘! 『蕾のマリアーナ』が――地味でのろまで嫌われ者のマリアーナが、聖女なんてありえない!」
わたしは深く息を吸いこんで、思いきって顔を上げた。
「わたしが聖女だったの」
「何を……。聖なる水晶が光らなかったから!? それで、あたしと同じ顔のマリアーナがしゃしゃり出てきたの? そうか、あたしが北方神殿に行くことになったのは、あんたの差し金なのね!? いつもあたしに嫌がらせばかりして」
「北方神殿?」
そして、モーリーンはまわりにいた女性神官に大声で命じた。
「あなた達、聖女の名をかたる偽物を捕らえなさい!!」
神官達は動かない。
「聖女モーリーンの命令よ。早く! あたしの声は女神様の声と等しいと思いなさい!」
それでも、誰ひとり動こうとしない。
モーリーンは、身にまとった美しいドレスのスカートをきつく握りしめて、子供のようにわめいた。
「あたしが聖女なのよ。東方神殿で聖なる水晶に選ばれた聖女なのよ。言うことを聞かないと、女神様のバチが当たるわよ!」
その時、開けっ放しだった扉から、神殿長と神殿騎士達がなだれこんできた。
「マリアーナ様! ご無事ですか」
神殿騎士が素早くモーリーンを拘束する。
「やめて! あたしにさわらないで!!」
「予定通り、大神殿最上階の貴賓室にお連れしなさい。出奔の恐れがある。決して目を離さぬように」
神殿長の指示を受け、神殿騎士達がモーリーンを連れていった。
モーリーンの高い声が次第に遠ざかっていく。
「申し訳ごさいませんでした、マリアーナ様。女性神官だけではモーリーン様をお止めできなかったようです」
呆然とするわたしを見て、神殿長が深々と頭を下げる。
女性神官のひとりが、寝衣のままだったわたしに丈の長いガウンを羽織らせてくれた。
「どういうことなのですか? モーリーンは国王陛下と何を話したのでしょう。北方神殿って……?」
神殿長はため息を吐きながら、「まずは、どうぞお掛けください」とわたしをソファーに座らせた。
「モーリーン様は、聖女の大役に怖気づき、姉であるあなたを身代わりに立てた、という罪はございますが……」
「…………」
「たとえまことの聖女ではなかったとしても、東方神殿の聖女選定の儀で選ばれたのは事実。モーリーン様が自ら詐称したわけではありません」
「それは、そうですね」
「陛下としても極刑を言い渡すわけにはいかず、その曖昧さにモーリーン様はご不満を抱かれたようです」
モーリーンが国王陛下に下された処分は――いや、罰ではないから、命令と言うべきなのかもしれない。
けれど、国王陛下直々の辞令に逆らったら、この国では生きていけない。だから結局、処分と一緒なのだけれど。
「それで、北方神殿ですか……」
モーリーンは女性神官として、北方神殿で生涯にわたって奉仕活動を行うことになった。
北方神殿のある王国北部は、女神の加護の少ない極寒の地だ。
しかし、埋蔵量の豊富な銅の鉱山があるため、周囲を山に囲まれ孤立した場所に鉱山街がある。
人々の暮らす土地には、神殿が必要なのだ。
「はい。北方神殿は神官の数も少なく、私もなんとかしなければと思っておりました」
正式な神官として任官するのだから、もちろん処罰とは言えないが、厳しい生活が待っているだろう。
もし……わたしが身代わり聖女になることを、きちんと断れていたら?
モーリーンは北方に行かずにすんでいただろうか。
「聖女様の双子の妹であられるモーリーン様が赴任されれば、たいそう喜ばれることでしょう」
いや、人生にはいろんな側面がある。
わたしは偽物の聖女として追放されたけれど、ヴォルフと出逢えて、誰よりも幸せだった。
ヴォルフ……、ヴォルフなら、こんな時、なんと言うだろう。
『マリアーナが責任を感じる必要はない。女神の導きは、はたから見てもわからない。それを生かせるかどうかは、そいつ次第だ』
そうだ。
すべてわたしのせい、自分がこうしていたら……と責任を感じるのは、女神様を蔑ろにしているのと一緒だ。たぶん、無責任と一緒なのだ。
わたしは学んだはず。深淵の森に追放され、ヴォルフに助けられ、新しい一歩を踏み出して。
人には、考える力や決断する力がある。
それをわたしが代わりに背負ってしまうことは、逆にその人を軽視していることになる。
人は、その場その場で最善を尽くし、間違ったら反省し自戒して、また歩きはじめるしかないのだ。
「ヴォルフ、ありがとう」
小さなつぶやきを小耳に挟んだ神殿長が、心配そうにこちらを見た。
「何か、おっしゃいましたか?」
「いいえ、なんでもないです。大丈夫です」
……もし、あの時、神殿の森でヴォルフの尻尾を見つけなかったら。
もし、ヴォルフの怪我の手当てをしなかったら。
もし、モーリーンが茂みをのぞきこまず、ヴォルフの神力を浴びなかったら。
時を遡って考えても、ヴォルフとの出逢いを否定することなんかできない。
『もし』の世界は、この世のどこにも存在しない。
「私も聖女継承の儀が終わったら、大神殿の神殿長を辞し、北方神殿への赴任を願い出るつもりです」
「神殿長様……?」
神殿長は、数日前よりもずっと歳を取ったような顔で微笑んだ。
「マリアーナ様を偽物と断じ、普通の少女であったモーリーン様を聖女と見誤った私は、まだまだ女神レクトマリアへの信心が足りないのでしょう。モーリーン様を支え、北方神殿で贖罪を果たそうと思います」
「そうですか……。女神様のご加護がありますように」
「ありがとうございます」
この人も、行く道を決めたのだとわかった。
その笑顔には老いというよりも、深い叡智を得た賢者のような静謐があった。
ヴォルフ……。
わたしは、道を間違えていない?
でも。
間違っていたとしても、もう賽は投げられた。
この道を進むしかない。
ヴォルフ。
大切なひと。
どうかわたしを見守っていて。
次回「ふたりの聖女」。
女性神官視点の番外編です。
双子の聖女の入れ替わりを、神官達はどう感じていたのか……。
マリアーナは神官にも愛されています♪




