5.王都への帰還
近くの街に待機していた馬車に十日以上揺られ、ようやく到着した王都は、以前と変わらず人々でにぎわっていた。聖女不在の影響が、それほど出ていないようでほっと息を吐く。
初めて王都に来た時と同じように、大神殿で国王陛下とはお別れだ。
「今度こそ儀式が滞りなくすみ、無事あなたという聖女をこの国に戴けることを祈っている」
やはりあの時のように、陛下はわたしの手の甲に口づけた。
しかし、以前とは違って続きがあった。
陛下はわたしの二の腕を軽く掴み、耳もとに唇を寄せ、甘い蜜を滴らせるような低い声でささやく。
「我が未来の妻、聖女マリアーナ……、早くあなたを抱きたい」
背筋にゾクッと痺れが走った。
一瞬不快に感じたが、そのおしりがむずむずする気持ち悪さは、なぜかヴォルフに教えられたときめきにも似ていて、戸惑いが胸を占めた。
* * * * *
わたしは神殿長とともに、数か月前には何度も通った通路を、聖女の住まいである聖宮へと向かった。
聖女継承の儀の準備が整うまで、しきたり通り聖宮で待つことになっている。
「あの、神殿長様、モーリーンは聖宮にいるのではないのですか……?」
「マリアーナ様、彼女は現在、王宮に呼ばれております。視察から戻った国王陛下と面会するご予定で」
視察……。
聖女を探す旅は公にはされていないと聞いた。
そうか、視察ということになっていたのか。
「わたしはモーリーンのふりをしていればよいのでしょうか」
「いえ、神官達には真実を告げてもよいと、陛下からお許しを得ております。マリアーナ様は何も心配される必要はございませんよ」
高齢の神殿長は疲れているだろうに、穏やかに微笑んだ。
「マリアーナ様こそが、女神レクトマリアに選ばれた、まことの聖女なのです。聖宮を我が家だと思ってお寛ぎください」
大神殿の最奥にある聖女の館に着くと、女性神官達が出迎えのためにずらりと並んでいた。
「聖女様、お帰りなさいませ」
「お早いお帰りでしたが、何かございましたでしょうか」
やや強ばった面持ちの女性神官が、緊張した口調で問いかける。
「いえ、その……」
もしかして、モーリーンと間違われているのだろうか。
ちらりと横を見ると、神殿長がうなずいてくれた。
「皆、重要な話がある。聖宮を担当する者を全員広間に集めなさい」
「他の神官にもいずれわかることだが、聖女様のお世話をする皆には先に話しておきましょう」
神殿長から直々に、女性神官達に説明があった。
わたしとモーリーンが双子の姉妹であること。
先日の聖女継承の儀で、モーリーンが聖なる水晶を光らせることができず、聖女として認められなかったこと。
そして、聖なる水晶の導きで、真の聖女がモーリーンの姉、わたしマリアーナであると判明したこと。
「双子の聖女様……」
二十人以上いるだろうか。
聖宮の広間に集まった女性神官達がざわめいた。
「……まさか聖女様が」
「やっぱり……」
途切れ途切れに小さなささやきが聞こえてくる。
ある程度、怪しまれるのはしょうがない。わたし自身でさえ、自分が本物の聖女だなんて未だに実感できないのだから。
前にわたしの聖女教育を担ってくれていた女性神官――ジャネリーさんが、ためらいながら声を上げた。
「もしや、最初に聖女様として大神殿にいらしたのは、マリアーナ様なのでしょうか」
「え?」
「聖なる水晶が燃えあがり、ひびわれたという、一度目の聖女継承の儀のしばらくあとから、聖女様がお変わりになられたように思っていたのです」
「それは……あの」
答えてよいものなのかどうかわからず、迷ってしまう。
まごまごしていると、ジャネリーさんはひとり納得したようだった。
「差し障りのあることでしたら、お答えは不要でございます。マリアーナ様、わたくし達はマリアーナ様を心から歓迎いたします。改めてよろしくお願い申し上げます」
彼女は両手を胸の前で組み、わたしの足もとにひざまずいた。騎士のように片膝を付くのではなく、両膝を付く。
その場にいる全員が、同じ姿勢を取って、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。あの、皆さん、もう普通にしてください」
「マリアーナ様、またお会いできてうれしゅうございます」
「お帰りなさいませ」
顔を上げた女性神官達が口々に言う。みんなが、予想していたよりもずっと明るい表情なのがうれしかった。
* * * * *
モーリーンが聖宮に戻ってきたのは、日が落ち暗くなってからだった。
「モーリーン様!」
「どうかお待ちくださいませ!」
女性神官達は、入ってきたモーリーンを止めようとしているようだ。
叫び声が廊下から扉越しに響き、徐々に近づいてくる。
「何よ、なぜあたしが聖宮に入っちゃいけないのよ!?」
バタンと大きな音を立てて、聖女の部屋の扉が開いた。
「…………」
わたしを見たモーリーンは、目を見開いて立ち尽くした。
「……マリアーナ!?」
次回「双子姉妹の数奇な運命」。
苦しい状況が続きますが、必ずハッピーエンドになりますので!
頑張るマリアーナ(と作者……)を応援していただけるとありがたいです~!!




