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2.聖女に選ばれたのは……



 どのくらいの時間が経っただろう。

 しばらくわたしを癒してくれた白狼はふと耳を立て、わたしには聞こえない音を聞くと、慌てたように立ちあがって去っていった。


「……行っちゃった」


 さあ、わたしもそろそろ神殿に向かわなきゃ。

 選ばれるはずもない聖女選定の儀だけれど、この国の若い未婚の女性は必ず鑑定を受けなければならない。

 数か月前に、先代の聖女様が亡くなったからだ。


 聖女とは、愛の女神レクトマリアの加護を持つ乙女。

 聖女は国に一人で、貴賤は関係なく、また同時に複数人は存在しない。

 だから、聖女が亡くなると未婚の少女は神殿に集められ、『聖なる水晶』で次代の聖女の資格を持つかどうかの鑑定を受けなければならないのだ。






 わたしは白く輝く石造りの神殿を見あげた。近くの町や村の小神殿を統括する、東方神殿だ。

 わたしの住んでいる街は国でも有数の大きな都市で、国の東西南北に配された四方神殿の一つ、東方神殿がある。

 わたしはここで儀式を受ける予定だが、小さな町の娘たちは地元の小神殿に呼ばれる。

 聖なる水晶が国中の神殿を巡り終えるまで、数年かかるそうだ。


「まぶしいなあ……」


 この東方神殿でもとても立派に見えるのに、王都の大神殿はさらに壮麗なのだと言う。わたしは街から出たことがないので、話に聞いただけだけれど。


「わぁ」


 神殿の前には、儀式や祭りの際に人々が集まる広い庭があり、中央に設けられた祭壇に大きな水晶玉が鎮座していた。


「あれが、聖なる水晶……」


 人の顔ほどの大きさの水晶を取り巻いて、たくさんの少女たちが列を作っている。

 少女が一人ずつ水晶の前に立ち、神官が何かを唱えると、水晶はぼんやりとさまざまな色に光った。


「……でもね、最近女神様が……」

「お力が……」


 順番を待つ比較的年嵩の女性たちがヒソヒソと話しているのを、わたしは最後尾に並んでなんとなく聞いていた。


「ほら、お天気が荒れ模様だし……」

「そうそう……」

「……結婚しても、なかなか子宝に恵まれないって」


 大陸には十二の国があり、それぞれ守護する神が違うのだと、街の学び舎で教わった。

 わたしのいるこのレクトマリア神聖王国は、愛と豊穣の女神の加護のおかげで、豊かで穏やかな国だった。


「暗い気持ちになっちゃうわよねぇ」

「ほんと、何かあるんじゃないかしら……」


 ところが、最近天候が不安定で作物の出来が悪く、生まれる子供の数も減っているという。

 女神の力が薄れてきているのではないか……という巷の噂は、わたしも知っていた。

 みんな、なんとなく不安になっている。

 今回の聖女選定の儀は、また安定した生活を取り戻したい人々の希望となっていた。


 その時、祭壇の水晶がひときわまぶしく輝いた。白い光が目の裏で明滅する。


「おお、これは……」

「女神よ!」


 水晶のまわりに並んでいた神官たちの叫ぶ声が聞こえた。


「なに? 何があったの?」

「あの光は?」


 周囲を囲む少女たちやその付き添いの親がどよめいている。

 背伸びをしてざわめきの中心をのぞきこむと、そこには長く真っ直ぐな黒髪が見えた。


 モーリーンだ!

 まさか、モーリーンが本当に聖女だったの……?


「……聖女様……」

「聖女様だ!」


 興奮したようなささやき声が、やがて歓声に変わった。


「わあ、すごい! あの子?」

「可愛い子じゃない? さすが聖女様!」


 最初は驚いた顔をしていたモーリーンは、神官に何か言われると、人々に向かって手を振りはじめた。

 堂々とした笑顔だ。

 さすが、『花のモーリーン』。確かに明るくて人目をひくモーリーンなら、聖女に選ばれても納得できる……。


 一緒に生まれた双子だけれど、立っている場所はどんどんと離れていく。

 人の輪の中心で手を振る美しい妹と、群衆の陰に隠れて妹を見つめる陰気くさい姉。

 少し切ない気持ちになりながら、わたしもモーリーンに拍手を送った。






 * * * * *






 聖女誕生の知らせに、街はお祭り騒ぎだった。

 次代の聖女が見つかったことだけでも吉報なのに、この街から聖女が現れたのだ。


 我が家にもひっきりなしにお客さんが訪れ、神殿から支給された支度金で祝い酒が振る舞われた。


「めでたいねぇ。モーリーンちゃんが聖女様だったとは!」

「これで王国も安泰だ」

「ありがとうよ」


 街のひとたちのお祝いの言葉に父さんもとてもうれしそうで、ずっと笑顔で受け答えしていた。顔が赤らんでいて、もう酔っ払いはじめているようだ。


「いや、しかし、まさかうちの娘が聖女様だなんて考えもしなかった」

「俺はあの子には何かあると思っていたよ」

「そうだよ、何しろ『花のモーリーン』だ」


 代々仕立て屋を営む我が家のお得意さんたちが、そう広くもない食堂に陣取って酒杯を空ける。

 わたしは次の酒を用意して、お酌して回っていた。


「それにしても、ねぇ」


 父さんの幼馴染みでもある中年の男性の視線が、わたしのほうを向いた。


「顔立ちは同じなのに、差がついちまったね」

「モーリーンちゃんが聖女になるのなら、店はマリアーナが継ぐのかい?」


 わたしに注目が集まってしまった。

 父さんは深くため息をついた。


「そうなんだよ。モーリーンに継いでほしかったんだが……」

「いつから、こんな陰気で底意地の悪い娘になってしまったのかしら」


 ちょうど料理の皿を持ってきた母さんも、わたしを汚いものを見るかのような目で見つめる。


「こないだもお針子のところで、モーリーンの陰口を叩いていたそうじゃないの。モーリーンは散々あんたのことを守ってやっているのに」

「わたし、そんなこと……」


 近ごろ、こういうことが多い。

 身に覚えのないことがわたしのせいになっていたり、その悪さをモーリーンがかばったことになっていたり……。


「言いわけなんかしないでちょうだい。ほんと、昔はこんな子じゃなかったのに」

「マリアーナ、もう酌はいい。奥に引っこんでいろ」


 父さんが野良犬を追い払うように手を振った。

 お客さんたちの視線もわたしを離れ、やがて再び聖女の話題に戻っていった。






 わたしは父さんの命令どおりその場から引っこんで、台所の奥にある食品庫に隠れた。


 泣いてもどうにもならないとわかってはいるけれど、涙がにじむのを止められない。でも、目を腫らして出ていったら、また怒られる。


 モーリーンは、今夜は神殿に泊まっている。

 明日モーリーンが帰ってきたら、今度は家族や街のひとから何を言われるのだろう。

 泣いてはいけないと思うほど、涙があふれた。


 何か、別のことを考えなければ。


「……狼さん」


 ふと森で出逢った白狼のことを思い出した。


 綺麗な白銀の毛並み。

 ふかふかしたお腹の毛にうずもれたこと。

 厚い舌で舐められたこと。


「ヴォルフ……」


 それは見も知らぬ男の名前だったけれど、なぜかあの白狼にぴったりな気がした。

 あの子は野生の獣なのに、わたしがふれるのを許してくれた。大きな体で寄り添ってくれた。

 間違いなく、この数年で一番素敵な想い出だった。


「逢いたい……ヴォルフ……」


 暗い食品庫に、虚しく声が響いた。





双子の妹が聖女に選ばれ、『出来の悪いほうの娘』として家族からも冷たくされるマリアーナ。

想うのは、大きな白銀の狼のこと……。


次回「女神は少女達を翻弄する」。

聖女についての衝撃の事実が明らかになります。

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