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【書籍化&コミカライズ】身代わり聖女の初夜権 ~国外追放されたわたし、なぜかもふもふの聖獣様に溺愛されています~  作者: 月夜野繭
第三章 本物の聖女を探せ!

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2.牙の下に飛びこむ



「だから、神力を強めるな」

『失礼、つい興奮してしまって。あなたがマリアーナちゃんね、はじめまして。わたくし、ずっと逢いたかったのよ。銀の狩人の想いびとに。ぷぷっ』


 ぷぷ?

 今、ぷぷって笑った?

 女神レクトマリアが……?


『だって、おかしくて。氷の如く冷徹で炎の如くかれ――』

「繰り返すな」


 ヴォルフが苦いものを吐き出すように、女神様の言葉を断ちきる。


「用件を言え」

『はいはい。ねぇ、あなた、マリアーナちゃんをどうするつもり?』


 マリアーナちゃんって……わたしのこと?

 女神様が気軽な口調のまま続ける。


「どうするとは」

『このままマリアーナちゃんをさらって世界の果てにでも行くの? 人としての命が尽きるまで、自分の腕の中で、自分だけを見させておけば、それで満足なのかしら』

「…………」


 ヴォルフは無言で女神様を睨みつけた。

 わたしの背中に腕を回して、わたしを隠そうとするかのようだ。


「マリアーナは聖女じゃない」

『わかっているくせに』

「まだ、人間はわかっていない」

『悪あがきねえ。もう人の子は、気づいたわ。聖女が聖女ではないことに』


 聖女が聖女ではない……?

 わたしが聖女じゃないのはその通りなんだけど、聖女が聖女ではないってどういうこと?


『逃げるだけでは守れない。マリアーナちゃん自身が強くならないと、ね』

「…………」

『あら、もう時間。この影はそろそろ限界ねぇ。消滅する前に、ひとつ忠告しておくわ。聖なる水晶の本体が、近くまで来ているわよ。いずれにしても、心を決めるなら早くなさい』


 宙に浮いていた光の玉が、一瞬強く輝いたかと思うと、パッと四方に散って消えた。






 * * * * *






 しばらく呆然としていたわたしが我を取り戻したのは、ヴォルフがわたしをぎゅうっと強く抱きしめたからだった。


「…………」

「ねぇ、ヴォルフ、教えて」

「…………」

「女神様のおっしゃっていたことは、いったいなんなの?」


 ヴォルフのあたたかい腕の中で、その整った顔を見上げる。彼は苦しそうに眉をひそめて、目を閉じていた。


「……マリアーナが知らなくてもいいことだ」

「本当に?」


 女神様は、逃げるだけでは守れないとおっしゃった。わたし自身が強くならなければいけないと。

 今の状況はどうだろう。

 わたしは国を、故郷を捨てて旅に出た。なんの憂いもない、幸せな日々。それはすべてヴォルフが守ってくれているからだ。

 ……でも。


「わたしも、ヴォルフを守りたい」

「マリアーナ」

「あなたにそんな顔してほしくない」

「マリアーナがいれば、俺はそれだけでいいんだ」

「……わたしね、妹のモーリーンと比べて出来が悪くて、『花のモーリーン、蕾のマリアーナ』なんて言われていて」


 ヴォルフと出逢う前の自分を思い出す。

 わたしは鈍臭くて、家族や友達、周囲の人々と上手く行かなかった。何をやっても裏目に出てしまって、いつも自分を責めていた。

 いつしか、そんな自分自身をあきらめていた。


「ずっと、わたしは何もできない駄目な子なんだと思って生きてきた」

「マリアーナ、それは」

「だけどね、ヴォルフと出逢って、わたしも変われるかもしれないと思えたの。わたしは何もかも捨てて、ヴォルフとともに生きるんだって決めた」

「マリアーナ……」

「わたしにもできた。自分の道を決められた。自分がどう在りたいのか、何をしたいのか……。決めるのはまわりの誰かじゃなくて自分なんだって、初めて知ったの」


 わたしも、ヴォルフとずっと一緒にいたい。

 わたしに幸せをくれたヴォルフを、わたしも幸せにしたい。

 そのために。


「わたしはもっと強くなりたい。だから、ね、聖女の話、聞かせて?」


 ヴォルフはしばらく低い声で唸ってから、渋々と話してくれた。


 聖女選定の儀で、妹のモーリーンが選ばれた理由。

 王宮で行われた聖女継承の儀で、聖なる水晶が壊れたわけ。


「すべてヴォルフの神力のせい……?」


 モーリーンが神殿の森でヴォルフを垣間見た時に、ヴォルフの神力の残り香のようなものが、一時的にモーリーンを覆った。聖なる水晶が反応したのは、そのため。

 そして、水晶が黒く変色しひびわれたのは、ヴォルフの濃厚な『匂い』がわたしに付きすぎていたから。


「つまり、本物の聖女はマリアーナ、おまえだ」


 わたしが本物……?

 わたしは、偽聖女じゃなかったの?


「でも……でも! 聖なる水晶がヴォルフの神力に反応していたということは、わたしもモーリーンみたいに、仮に神力をまとっていただけなのではないの?」

「そうだとしても、もうマリアーナ以上に神力をまとう女性は現れない。たとえ本来の聖女がいたとしても、俺の神力はそれとは比べようがないほど強い」

「…………」

「俺はもう、マリアーナ以外の女をそばに寄せるつもりはないんだ」


 ヴォルフがわたしの二の腕を掴み、燃えるような瞳でわたしを見た。


「俺から離れれば、やがて聖女ではなくなるかもしれない。いつか普通の女性として、人間の男の妻になり、母になれるかもしれない」


 その瞳の奥に揺らめく影はなんだろう。激情のような、躊躇いのような、そして歓喜のような、悲哀のような、相反する感情が表れては消える。

 金色の虹彩がひときわ強く輝くと、ヴォルフはわたしを息が詰まるほどの力で抱き寄せた。


「だが、マリアーナ……、絶対に離さない。人間でも、神々でも、俺からおまえを奪うものは許さない」


 首筋にあたるヴォルフの息が熱い。

 そっと抱き返すと、広い背中がかすかに震えていた。

 どんな生き物よりも強く美しい聖獣が、女神レクトマリアの高貴なる眷属神が、わたしを求めて震えている……。


「ヴォルフ、大好き」


 愛しさが急にこみあげて、あふれた。

 それは今、突然生まれたのではなく、もともとわたしの中にあったものなのだとわかった。


 わたしは……、わたしは。


 陰気で地味な『蕾のマリアーナ』とか、人々に幸福をもたらす『聖女モーリーン』とか。

 神とか人間とかすらも関係なく。


「あなたを愛してる」


 ささやきは甘く蕩けた。

 生まれて初めて知った想いがうれしくて、この喜びをヴォルフに伝えたかった。


「愛してるの」


 繰り返すわたしを、驚いた顔で凝視するヴォルフ。


「マリアーナ……、それは男としてと思っていいのか?」

「男として?」

「そうだ。俺にこんなことをされてもいいのか?」


 端整な顔が近づいてきて、唇と唇がそうっとふれる。

 わたしは思わずクスッと笑ってしまった。


「口づけは前にもしたわ。狼の時にもよく舐められてた」

「あれは別だろ」


 ヴォルフはちょっとすねたように言った 。

 けれど、すぐに真剣な表情になって、大きな手のひらでわたしの頬をつつんだ。その手は耳を撫で、襟足をくすぐってから、わたしの後頭部を支える。

 もう一方の手は、わたしの腰に回った。ほんの少し力を入れられただけで、動けなくなる。

 もう、逃げられない。わたしはついに、ヴォルフに捕まってしまった。


「では、こんな口づけは?」


 怖いくらい熱い視線だった。獲物を前にした野生の獣のような鋭い目。

 でも、どこか拒絶されるのを恐れているようにも思えた。


「マリアーナ……」


 わたしはその吐息と、激しい口づけを受け入れた。


 ――いいえ、わたしは捕まったのではないわ。

 わたしは自ら喜んで、聖なる獣の牙の下に飛びこんだのだ。





ヴォルフの告白、そしてついにマリアーナが恋を自覚しました。


次回「選ぶ道がなければ」。

マリアーナの前に示された三つの選択肢とは?

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