7.聖女鑑定の裏側で <ヴォルフ>
「わたしなんかと一緒で恥ずかしくない?」
マリアーナが馬鹿なことを言うもんだから、俺はマリアーナを思いっきり抱きしめて、額と頬と唇に軽く口づけた。
「い、痛いわ、ヴォルフ。それに町中よ。みんな、見てる」
「かまうもんか」
屋台の肉串を食べたあと腹ごなしに散歩していたら、マリアーナがちょっと暗い顔をして言いはじめたのだ。
あの肉はうまかったが、小僧が余計なちょっかい出しやがって。
「だって……嫁、だなんて」
お?
マリアーナの頬が薄紅色に染まっている。
照れているのか?
「マリアーナはもっと自信を持っていいんだ」
「自信?」
「あの家族のもとで、つらい思いをしていたのはわかってる。だが、それはもう終わったことだ」
「ええ……」
「今、ともに生きているのは俺だ。家族に言われたことなんて忘れろ」
「…………」
「俺を信じろ」
赤い顔をして、ぼんやり俺を見あげるマリアーナ。本当に可愛い。
半開きの口に舌を突っこみたくなる。心のままに貪って鳴かせたくなるが……。
マリアーナの気持ちが自然と熟するまでは待つつもりだ。マリアーナを怖がらせるようなことは絶対にしない。
絶対に……、できるだけ……たぶん。
「おまえは咲きはじめたばかりの花みたいだ。初々しくていい匂いがして、みんな蜜を求めてやってくる」
「ヴォルフ……」
「だけど、誰にも渡さない。マリアーナは美しくて優しい、俺の自慢の……連れだ」
恋人とか嫁ってのは、さすがに気が早いよな。
とりあえず今は連れと言っておくが、いつか必ず唯一の番にするからな。
* * * * *
その夜は町の宿に泊まった。
マリアーナもたまには人の町を満喫したいだろうという思いもあったし、マリアーナへ欲に満ちた視線を向ける男どもを牽制する狙いもある。
ふん。
こいつは俺のもんだぜ!
指をくわえて見ている男どもを前にマリアーナを部屋に連れこむのは、なかなかいい気分だ。
「……はあ……」
だが、しかし。
隣の寝台でぐっすり寝ているマリアーナを、指をくわえて見ているのは、俺も同じだった……。
マリアーナの寝顔は聖女そのものだ。純真無垢で清らかで、まだなんの色にも染まっていない。
「聖女、か」
俺は初めてマリアーナと逢った時のことを思い出していた。
マリアーナと、双子の妹モーリーン。
その妹のほうが聖女に選ばれた顛末を。
最初にマリアーナに出逢った時、うしろからやってきたのが妹のモーリーンだった。
『白狼? おお怖っ!』
そう言って、マリアーナとそっくりな女が木の陰から現れたのだ。
そいつは俺のことを街の人間に知らせようとしたマリアーナを嘲笑った。
『早く神殿に行かないと聖女選定の儀が受けられなくなるじゃない。あたしが、みんなの待ち望んでいる聖女かもしれないのよ?』
おまえみたいな不快な女が聖女のわけがない。
そう吐き捨てたかったが、狼の姿では人の言葉を話せないし、すぐにどうでもいいかという気持ちが勝った。
『連絡係なんて、あなたがやりなさいよ。『蕾のマリアーナ』にふさわしい仕事だわ』
あの妹が役に立ったのは、マリアーナの名を教えてくれたことくらいだろう。
奴はその後、神殿に行き、聖女として認定された。
「俺のせい、か……」
おそらくあいつはわずかな時間だが、俺のそばにいたために、かすかに眷属神の神力をまとってしまった。
その神力に水晶が反応したのだ。
「聖女の力が失われたって話も本当だろうな」
時が経ったことで、一時的に身に帯びていた俺の神力が消えたのだろう。
聖女でもなんでもない女に聖なる水晶が反応するわけがない。
そして、我が愛しのマリアーナ。
マリアーナが受けたのは、国王たちの前で行われる聖女継承の儀。
身代わりで聖女になったマリアーナが水晶をぶっ壊したのも、同じく俺が原因なんだろうなあ……。
マリアーナと二度目に逢った夜、白い満月が輝き、女神レクトマリアの力が最高潮に達していた。
その月光の中でマリアーナは俺を呼んだ。
『……ヴォルフ、逢いたかった』
神殿の森でつけた俺の匂いはもうだいぶ薄れていて、満月の下でマリアーナが俺を呼ぶまで俺には彼女の居場所がわからなかった。
久しぶりに逢ったマリアーナからはほかの男の匂いがして、すごく腹が立った。
だから、今度はもっといっぱい舐めてやった。
「…………」
水晶が壊れたのは、確実に俺が匂いをつけすぎたからだ。
俺の気配が強すぎて、脆弱な水晶には耐えられなかったのだ。
ってことは、そのあとマリアーナが追放されたのも俺の責任か。
けどなー。
「おまえが無邪気に俺を煽るのも悪い」
文句の一つも言いたくなる。
『ヴォルフ……。いくら狼でも、こんなの変よ? なんだか……おかしな気分になってきちゃうから、もうやめて。ね?』
可愛い頬を赤らめ、はぁはぁと息を荒らげながらこんなこと言われて、止まれる男がいるか!?
狼の姿を取っていたことは幸いだった。
種族の違いは意外と大きい。本能的に歯止めがかかる。
それすら乗り越えそうな危険も感じたが、とりあえず匂いつけだけですんだのだからよしとしよう。
「俺は、おまえに知らせるべきなのか……?」
――今や。
マリアーナこそが真実の聖女なのだと……。
マリアーナが生まれた時から聖女と定められていたのかどうかはわからない。
もしかしたらこれは女神レクトマリアの悪戯なのかもしれない。俺の想いを知った女神が、おもしろがって手を回した可能性もある。
どちらにしてもマリアーナが俺の神力を濃くまとっているかぎり、マリアーナ以上に聖女にふさわしい女性は現れないだろう。
……俺の執着が、次代の聖女を決めてしまった。
「進んで教えたくは、ないな」
俺は森の中で、マリアーナと二人楽しく暮らせればそれでいい。
だが、人間の欲望は本物の聖女を放っておかないはずだ。
また、マリアーナ自身が『聖女の力』をどうとらえるのかも予想ができない。
深いため息が出た。
俺はマリアーナの美しい黒い髪をひと房手に取って、そっと口づけた。
モーリーンが聖女として選ばれた理由、そして、マリアーナが聖なる水晶を壊したわけ。
全部ヴォルフのせいだったみたいです!?
次回「少女ともふもふの逃避行」。
ふたたび旅立つ二人のあとをつけてくる気配が……。




