6.不穏な噂
白銀色の狼に癒されたり、背の高い美形にドキドキさせられたりしながら、ふた月ほど経ったある日。
季節が進み少し寒くなってきたので、あたたかい衣服を買い足そうかと、小さな町を訪れた。深淵の森を出てから初めて来た、人の住む場所だ。
巨大な狼の姿では町中に入れないので、ヴォルフは人の格好になっている。
「ヴォルフ、どうしたの?」
人間の町は久しぶりだけれど、それにしてもヴォルフの様子がちょっとおかしい。ピリピリしているというか……。
「マリアーナが心配だ」
一時もわたしのそばから離れないヴォルフ。
手をつないだり、上着の裾を握っていたり、髪をさわったり。必ずどこかにふれている。
「わたしだって子供じゃないんだから、大丈夫よ?」
「子供じゃないから心配なんだ……」
ヴォルフは鋭い目で周囲を見回しながら、小さな声でつぶやいた。
故郷の街ほど大きくはないけれど、人々の行き交う町並みは結構にぎやかだ。
それでも治安は悪くなさそうだし、何よりヴォルフがついているのに、何がそんなに心配なのかしら。
「あのひと、素敵」
「すごくかっこよくない?」
きゃあきゃあとはしゃぎながら、ささやきをかわす若い女性たち。
わたしのことより、ヴォルフが魅力的で人目をひきすぎている気がする……。
なんだかちょっとおもしろくなかった。
「そこの綺麗なおねえさん、寄ってかない? おいしいよ!」
町の中心の広場から放射状に何本か道があり、そのうちの一本が食べ物の屋台が集まる通りになっている。
その通りをぶらぶら歩いていると、十歳くらいの男の子が声をかけてきた。
肉を串に刺して焼いている香ばしい匂いがする。ちょうどお昼時で、お腹がグゥとなった。
「おいしそう」
「おいしそうじゃなくて、うまいんだよ」
男の子は自慢げだ。
「こら、生意気言ってるんじゃないよ」
隣で仕込みをしていた大人の女性が、男の子の頭をポンと叩いた。男の子の母親なのだろう。
「でも、うまいのは本当だよ。よかったら食べていっておくれ」
その女性、屋台の女将さんはわたしとヴォルフに向かって愛想よく笑った。
「ヴォルフ、いい?」
「ああ」
正体は狼なのになぜかいつも携帯している小銭で、ヴォルフが串焼きを五本買う。一本がわたし、残りはヴォルフ用だ。
「はいよ、ありがとうね。裏に座るところがあるから、どうぞ」
いくつかの屋台で共同で使っているのか、家並みと屋台の間の道端に椅子が数脚並んでいた。
並んで腰かけて「なかなかいける」「おいしいね」なんて言いあいながら、お昼を食べる幸せ。
「二人は恋人同士なの?」
屋台から顔をのぞかせて、男の子が話しかけてくる。
「恋人? 違うわよ」
「違うんだ! じゃあ、おねえさん、俺のお嫁さんになってよ」
「ええ?」
「おねえさんすごく綺麗だし、笑った顔が可愛い」
「まあ、ありがとう」
「駄目だ!」
頬張っていた肉を飲みこんだヴォルフが、大声で威嚇する。
子供相手に、結構真面目に怒ってない?
「ヴォルフ、子供の冗談なんだから、真剣にならないで」
「子供だって本気になるさ。マリアーナは自分がどれだけ人目をひくか、わかってない」
「そんな、人目をひいてるのはヴォルフでしょう?」
「俺?」
「道行く女性たちがみんなヴォルフのことを噂していたわ」
「男どもはみんなマリアーナを見てたぞ。マリアーナが美人で可憐で愛らしすぎるから……」
「ヴォルフったら」
あまりにヴォルフが力説するから、おかしくて笑ってしまう。
男の子がすねたように口を尖らせた。
「ちぇっ、やっぱり恋人じゃないか。イチャイチャしてんじゃねーよ」
「こら!」
またお母さんに怒られてる。
「べーっ」と舌を出して、屋台に戻る様子がやんちゃで微笑ましい。
「うちの子がごめんよ。あんたたち、古着屋で服買ってたろ。美男美女の二人連れがいるって、話題になってたんだよ」
「美男美女?」
「美女だろ。あ、美少女かもしれない……」
わたしの顔を凝視してうんうん悩みはじめるヴォルフに、女将さんが突っこみを入れた。
「潔いほどベタ惚れだねえ! まあ、嫁を大事にするのはいいことさ。ところでさ、あんたたち、どこから来たの?」
「仕事をしながら旅してるんだ」
よ、嫁……!?
ドキッとして真っ赤になってしまったわたしを置いて、女将さんとヴォルフが話しはじめていた。
「そのかんじは商人じゃないね? じゃあ、冒険者や傭兵みたいなものかね」
「まあ、そんなもんだ」
冒険者とは旅人の護衛をしたり、要請を受けて害獣や魔獣を討伐したりするなんでも屋のこと。
傭兵は各地の領主様や大きな街の警護に雇われる流れの軍人さんだ。
「じゃあ、王都の噂は聞いたかい? 新しい聖女様が見つかっただろ。それでこの町のみんなもずいぶん喜んでいたんだけど」
そこで、女将さんは急に声をひそめた。
「あのさ、聖女様のお力が失われたって、本当かね?」
「聖女の力が……?」
「ええ!? そんな話、聞いたことないわ」
「そうかい、あちこち回ってる冒険者が知らないなら、やっぱり与太話なのかねえ」
王宮から追放されて以来、もちろん聖女になったモーリーンには会っていないし、そもそも基本的に人里離れた場所にいるので、聖女の噂も入ってこない。
モーリーンに何かあったのかしら。
単なる流言ならいいのだけど。
「聖女の力が、ね……」
ヴォルフは難しい顔で、女将さんの話を聞いていた。
楽しい食べ歩きの最中に聞いた噂話。
聖女モーリーンの力が失われた……?
次回「聖女鑑定の裏側で」。
マリアーナにデレデレのヴォルフ視点の番外編です!




