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【書籍化&コミカライズ】身代わり聖女の初夜権 ~国外追放されたわたし、なぜかもふもふの聖獣様に溺愛されています~  作者: 月夜野繭
第二章 身代わり聖女、追放される

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4.純情美形 vs. 天然小悪魔



「おはよう、ヴォルフ。んー、いい朝ね」

「ク――――ン」


 大きく伸びをして、朝の空気を吸いこんだ。

 ヴォルフも前脚を伸ばして、ぐぐっと背中を反らす。


「クゥン?」

「あら、ばれてたの? 大丈夫、寝不足じゃないわ。それまではちゃんと寝てたんだから」


 実は夜明けとともに目が覚めてしまったのだ。ヴォルフは気がついていないと思っていたのに……。

 夜空が次第に紺から紫へと色を変え、やがて丘の向こうに朝日がのぼり、湖がキラキラと光り出す。その光景を、眠るヴォルフのぬくぬくした毛にうずもれて、ずっと眺めていた。

 とても満ち足りて幸せだった。


「よく寝ていたから、起こしたくなかったの。ごめんね」

「クゥン」


 いいよ、と軽く言われて、頬を舐められた。

 わたしもヴォルフのほっぺたにチュッと挨拶の口づけをした。






 朝ごはんを食べてから確認しに行ったら、茶色かった川の水は無事元の白濁した温泉に戻っていた。


「素敵! ほんとに湯船みたいになってるわ」


 ヴォルフの掘ったところだけ少し深くなっているから、浅瀬の一部が丸く切り取られているように見える。


「どうしよう。まだ朝だけど、早速湯浴みしちゃう?」

「クン!」


 ヴォルフも賛成だ。

 川縁に手頃な大きさの岩があったので、服と下着を脱いでポイポイと掛けていく。


 その時、「キュイ――――――ン!」と焦ったような鳴き声がして、バシャーンと大きな水音がした。


「ヴォルフ、どうしたのっ……、えっ!?」


 えぇぇぇぇ!?


 ――川の中には。


 男のひとがいた。


 ……全裸の。


「だ……だれ!?」


 呆然としてしまって、ほかに言葉が出てこない。


 色白だけど、たくましい体つき。

 白銀に輝く長い髪が広い背中に流れている。

 彫りの深い顔立ちは女神の恩寵を受けたかのように整っていて、神々しいほどだ。


 その端正な顔の中で、ひときわ印象的な鋭い金色の瞳がこちらを睨みつけた。

 甘く響く低い声がわたしに命じる。


「マリアーナ、前を隠せ。丸見えだっ」

「は? ……はあ!?」


 そっちこそ!

 と怒鳴りたいのだが、口が回らない。


 ああっ。

 そうだ、わたし裸だったんだ!


 慌てて手ぬぐいで体を覆い、お湯の中に飛びこむ。


「なっ、なんでこっちに来るんだ!?」

「だ、だってっ」


 白いお湯の中のほうが、肌が見えなくていいかと思ったのだ。

 涙目になって、男を見あげる。


「ぐっ……」


 その瞬間、恐ろしいほどの美形は鼻血を噴いて倒れたのだった。






「は、鼻血、大丈夫?」


 わたしに背中を向けて、お湯に浸かる美形。

 びくっとうしろ姿が震える。

 その怯えた動きが母親に叱られた街の男の子たちのように見えて、つい子供をあやすような声を出してしまった。


「こ、怖くないわよ、何もしないから」

「それは、こっちの台詞だ!」


 美形さんがガバッとこちらを振り返って、また慌てて向こうを向く。


「…………」

「…………」

「あの」

「俺は」


 声が重なってしまった……。


「…………」

「…………」

「どうぞ……」

「……ああ」


 美形さんは一つ息を吐く、ゆっくりと振り返って、わたしのほうを見た。

 微妙に目線がずれているような気もするけど。


「……こっちの格好じゃないと、狭くて一緒に入れないから。驚かせて悪かった」

「え?」

「……?」

「……?」


 見つめあって、二人で首を傾げる。


「こっちって? あの、あなたは……?」

「俺はヴォルフだが……」

「…………」

「…………」

「……え?」


 ひゅっと息が止まった。


「ヴォ……ル……フ? ……え? えぇぇぇぇぇぇ!?」

「うわ、びっくりした」

「ご、ごめんなさい。でも、本当にヴォルフ? 狼の? な、なんで? 人間になれたの?」


 そして、なんでそんなに、び、美形なの!?

 そりゃあ、ヴォルフはかっこいい狼だけど。

 逞しくて頼り甲斐があって、綺麗で優しくて、世界一の狼だけど!


「女神様のお力なの? なぜ今まで隠してたの? どうして」


 ああ、聞きたいことだらけでまとまらない。


「落ち着け。俺は逃げないから。ずっと一緒にいるって約束しただろ?」


 ひゃーっ。

 人間の男のひとの姿で言われると、ものすごく恥ずかしい。顔が熱くなる。


「それはっ、だって聖獣の、狼だったから」

「なんだよ、やっぱり狼のほうがいいのか……」


 途端に、しゅんとする美形さん――ヴォルフ。


 ああ、か、可愛い……。

 もふもふした狼じゃないのに、すねて肩を落とした姿が可愛すぎる。


「隠してたわけじゃないんだ。マリアーナが、もふもふが好きだって言ってたから」


 ぶっきらぼうな低い声。

「キューン」と落ちこんだ鳴き声がどこからか聞こえてくるくらい、うなだれている。


「だから、できるだけ獣の姿でいようと思ってたんだけど……、俺、お湯に浸かるの初めてで。一緒に湯浴みがしたくて」


 大人の男のひとで、すごくかっこいいのに、性格は狼のヴォルフのまま。

 だけど、胸がどきどきする。


「ごめんね、ヴォルフ。わたし、驚いてしまって」


 なんだろう、この胸の高鳴り。

 ヴォルフが可愛いから……?


「狼の姿はもちろん好きだけど、もふもふだから好きなんじゃないの。……ヴォルフだから、好きなの」

「マリアーナ……本当?」

「うん。大好きだから、ずっと一緒にいたいの」

「マリアーナ!」


 突然ヴォルフが飛びかかってきた。


「わっ!」


 でも、狼の時みたいに押し倒されたりはせず、二本の腕でギューッと強く抱きしめられる。


「マリアーナ、俺も好きだ」


 そして、ふうっとため息をつく。


「たぶん、マリアーナはわかってないんだろうけど。俺はマリアーナが大好きだよ」


 広い胸……。

 ここがわたしの一番安心できる場所。

 強くて、あたたかくて、優しいヴォルフ。

 白銀の毛並みに擦り寄る時みたいに、頬をすりっとこすりつける。


「うぅ……」


 ヴォルフが低く唸った。


「そういうところだぞ、マリアーナ。なんでいつもそんなに小悪魔なんだ……」


 ヴォルフがブツブツと何か言っているけれど、気にせずに胸もとにちゅっと口づける。


「く……っ」


 あれ、そう言えば。

 わたし、狼のヴォルフによく口づけてた。

 狼のヴォルフもわたしを押し倒して、舐めまわして……、え!?


 それって全部、この美形さんと同一人物ってこと?


「……ヴォルフ」


 嘘でしょ……。

 わたしもう、どうしたらいいのか。

 くらくらしてきた。


「ん?」

「暑い……」


 わたしは久しぶりのお湯にのぼせてしまっていた……。





ヴォルフ、全裸で登場!!

というわけで、温泉回でした(笑)。


次回「女神様の事情」。

つらい展開が続きましたが、これからラブ強めになっていきます♪

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