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【書籍化&コミカライズ】身代わり聖女の初夜権 ~国外追放されたわたし、なぜかもふもふの聖獣様に溺愛されています~  作者: 月夜野繭
第二章 身代わり聖女、追放される

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3.聖獣さんとわたし



 ヴォルフとの旅は驚くほど快適だった。

 何よりも気持ちが楽で、いつも笑顔でいられる。


 もちろん不便なことはたくさんある。

 毎日移動だし、夜は野宿だし……。


 あれ、うーん?

 改めて考えてみたら、移動も野宿もちっとも大変じゃなかった。

 ヴォルフのおかげだ。


「ありがとう、ヴォルフ」

「クゥン?」

「もふもふであったかい」


 国王陛下と泊まった離宮のようなふかふかな寝台はないけれど、代わりにヴォルフのあたたかい体温につつまれて眠れる。

 寒さなんて感じないし、夜の暗闇もヴォルフがいれば何も怖くない。


「あと、果物もうれしかった」


 いつもヴォルフは食料として、野生の獣を狩ってきてくれる。

 しかも今朝は新鮮な果物を採ってきて、まるで贈り物の宝石のように恭しく差し出してくれた。

 聖女の衣装を身に着けた時、本物の宝石を飾られたけれど、その時よりもずっとずっとうれしかった。


「大好き」

「キューンッ!!」

「あ、ヴォルフ、待って」

「ウッ」


 わたしの顔を舐めるのを、ぐっとこらえて待つヴォルフ。

 そう、最近ヴォルフは『待て』ができるようになったのだ!


「よし!」

「クゥ――――ン!」


 勢いよくペロペロとわたしを舐めはじめる。

 女神様の御使いに『待て』とか教えてもいいのかしら……。でも、ヴォルフがうれしそうだから、かまわないかな。


「うふふ、髪の毛がぐしゃぐしゃになっちゃった」


 ヴォルフと戯れながら、荷物の中から櫛を取って髪をとかす。


 食事の用意から髪の手入れまで神官がやってくれた大神殿と違って、自分の面倒はすべて自分で見なければならない。だけど、身代わりの聖女になる前は自分でやっていたことだ。苦ではない。


「明日はどっちに向かおうかしら」


 深淵の森を出てから、足の向くままにヴォルフと旅をしていた。基本的に人間が作った街道は使わずに、森の中のけもの道を通っている。


 ヴォルフは森のことはなんでも知っていた。

 綺麗な湧き水のある岩陰や、ほかの動物が使っていない静かな洞穴。快適な場所で休みながら、危険な崖や窪地は避けて進む。


 時折綺麗な花の咲く草原や雪をかぶった雄大な山々を見ることができて、とても感動した。


「そろそろあったかいお湯に浸かりたいなあ」


 王都を追放されてから、水浴びはしたけれど、湯浴みはしていない。


「ねぇ、ヴォルフ、さすがにお湯が出ているところはないわよね?」

「クゥーン?」

「あたたかいお水が湧いているような川や湖ってある?」


 ヴォルフはしばらく考えていたが、何か閃いたようにわたしを見た。


「キュン!」

「あるの? わぁ、うれしい。湯浴みがしたかったの」

「キューン、キューン」


 俺も楽しみとか、俺も入ってみたいとか言っているような気がするけれど……、狼もお湯に浸かったりするのかしら。






 * * * * *






 ヴォルフと一緒だと、移動するのも楽ちんだ。

 障害物の多い森の中や荒れ地は、ヴォルフが大きな背中にのせてくれる。わたしを落とさないようにそろそろと歩いているのがわかって、気持ちがあたたかくなる。


「ヴォルフ、大丈夫よ。わたし、仔狼じゃないのよ」


 今みたいに平らな歩きやすいところは、自分で歩く。

 ヴォルフは心配そうにわたしのまわりをぐるぐる回っている。母狼みたいでおかしい。


「でも、ここからは無理かしら。ヴォルフ、重くて申し訳ないけど、のせてもらえる?」

「クゥン!」


 喜んで、と勇んで背中を見せる。

 わたしはそうっとヴォルフの背にまたがった。


 ヴォルフは優しい。

 わたしみたいな人間を、どうしてこんなに甘やかしてくれるの……?

 

 わたしをのせたヴォルフは森の中に入っていった。

 深淵の森ほどではないけれど、鬱蒼と樹木が生い茂っている。木の枝が顔にあたるので、ヴォルフの背中に上半身を伏せた。

 頼り甲斐のある、大きなあたたかい背中だった。






「うわぁ、すごい!」


 深い森を抜けると、ぱあっと視界が広がった。


「綺麗な湖……」


 低い丘や木々に囲まれた広い湖が、空を映して碧く輝いている。


 湖の中にはぽつりぽつりと島が浮かんでいた。木が一本だけ生えている小島から、家が建てられそうな大きな島まで、いろんな形の島がある。

 湖畔の一部は砂浜や野原になっていて、可愛らしい花が咲き乱れる花畑もあった。

 目をあげると、遠くには雪をいただいた山脈が連なっている。この世のものとは思えない絶景だった。


「クゥーン?」


 気に入った?


 ヴォルフが聞いてきたので、うんうんとうなずいた。


「素晴らしいところね」

「クフン」


 ちょっと自慢げだ。可愛い。


「お気に入りの場所を紹介してくれたの? ありがとう、ヴォルフ」

「クゥン!」


 湖面を渡る風を感じながら歩いていくと、湖に流れこむ小川があった。

 小川と、川の水が流れこんでいる湖の一部が、白く濁っている。もやもやと少し変わった匂いのする湯気が立っていた。


「これは……温泉?」


 ヴォルフの背中から下ろしてもらって、川の水に手をつける。


「熱っ」


 何気なくさわったら、結構熱かった。

 広い湯船に移したら、ちょうどいい温度になるんじゃないかしら。


「でも、残念。湯船はないものね。お風呂に入りたかったなあ」

「キューン?」


 ヴォルフが首を傾げている。


「大丈夫よ。手ぬぐいをひたして体を拭けば気持ちいいわ」

「クン!」


 また、ヴォルフが何か閃いた顔をした。

 ヴォルフはやや上流の浅瀬に移動すると、突然前脚で川底の砂を掻き出しはじめた。


「え、ヴォルフ!?」


 熱いお湯を撒き散らし、凄い勢いで掘っている。

 ヴォルフの脚が浸かるくらいの深さまで掘ると、川岸に上がってきてブルルと体を震わせた。


「きゃあ!」


 思いっきり飛沫が飛んでくる。


「クフン」

「もう、ヴォルフったら」


 笑いながらヴォルフに近寄ると、ヴォルフが掘っていた川が見えた。

 ああ、なるほど。


「湯船を作ってくれたのね? ヴォルフ、ありがとう!」

「クフン、クフン」

「でも……これじゃ、今日は入れないわね」


 川の水は掘り出された泥で茶色く濁り、落ち葉や細い木の枝が散乱して、ちょっとひどい状態だ。


「……キューン……」


 ヴォルフがしょぼんと耳を伏せた。

 大きな体を小さく縮めている姿もまた愛嬌があって、愛しさが胸にあふれた。


「ヴォルフ、明日になれば川の水も落ち着くわ。そしたら一緒に入りましょう?」


 ヴォルフの頭を抱きしめて、なでなでする。


「クゥ――ン!」


 また興奮したヴォルフがのしかかってきて、わたしを舐めはじめた。

 今度は『待て』はしなかった。





ヴォルフは『待て』ができるようになった(笑)。


次回「純情美形 vs. 天然小悪魔」。

ついに、ヴォルフの正体が……!?

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