1.少女はもふもふを見捨てられない
月夜野繭です。新連載を始めます♪
追放聖女と狼獣人のもふもふパラダイス、お楽しみいただけたら幸いです。
神殿へと続く、森の小道。
最初に見えたのは、薄暗い茂みの中からわずかにのぞく白銀色の尻尾だった。
長い。
そして、ふさふさだ!
木の陰からそっと近づくと、白っぽい巨大な塊が横たわっている。
尖った三角形の耳に、長めの鼻面。目は閉じているが、息はあるようだ。
犬にしては大きすぎる。
もしかしたら、狼……?
このあたりで見かけたという話は聞かないけれど、どこかから迷いこんできたのだろうか。
ピクリとも動かないせいか、それともここが神殿の森だからか、その巨体にそれほど怖さは感じなかった。特に白狼は警戒心が強く、滅多に人間を襲わないらしい。
でも、やはり早めに街区長さんに報告して、なんとかしてもらわなければ。
「モーリーン、あの、お願いしたいのだけど、街まで戻って街区長さんに……」
「いやよ」
うしろから軽い足取りで歩いてきた妹に声をかけると、そっけなく断られた。
「でも……」
「白狼? おお怖っ!」
「わたしがここで見張っているから……」
「早く神殿に行かないと『聖女選定の儀』が受けられなくなるじゃない。あたしが、みんなの待ち望んでいる聖女かもしれないのよ?」
「…………」
「連絡係なんて、あなたがやりなさいよ。『蕾のマリアーナ』にふさわしい仕事だわ」
つやつやとした黒髪に、大きな青い瞳……。
モーリーンはわたしとそっくりな顔を歪めてクスッと笑った。
わたしたちは双子の姉妹だ。黙っていれば区別がつかないと言われるほど、よく似ている。
背丈も体格も一緒。けれど、着古しの服しか持っていないわたしとは違って、モーリーンはこの日のために新しく仕立てた服を着ていた。
足首までの長さの黄色いスカートはおろしたての鮮やかさで、モーリーンを明るく美しく彩っていた。
『花のモーリーン、蕾のマリアーナ』。
それが、わたしたちにつけられたあだ名。
モーリーンは華やかで可愛らしい街の人気者。
対して、わたしは地味で役立たずの『蕾ちゃん』。もう十八歳になったのに、まだ花が咲かない。
双子なのに性格は全然違う。
「じゃあ、あとはお願いね」
モーリーンは軽く手を振ると長いスカートをひるがえし、さっさと歩いていった。
神殿の森はそう深くはないし、女神の加護があるため危険な魔獣は近寄らないと言われている。モーリーンも一人で平気そうだ。
わたしはため息をついて、木々の間に光る青空を見あげた。
「とにかくもう一度様子を……ひゃっ」
白狼のいた茂みを改めてのぞきこむと、金色の瞳が真っ直ぐこちらを見つめていた。
体が凍りつく。目を逸らすことができない。
その瞳は静かで落ち着いており、襲ってきそうな気配はない。
むしろ聖なるものを前にしたような威圧感があって足がすくんだ。
「……あら?」
その時、ふと狼の耳が赤くにじんでいることに気がついた。
「あなた、その耳、怪我をしているの……?」
「…………」
狼はまるでわたしの言葉を理解しているかのように耳をぴくぴくと動かし、首を傾げた。
動いたことで傷口が開いたのか、赤い血が小さな玉になってこぼれる。
「あ、動かないで! 今、手当てを……」
斜めがけにした鞄の中に、近所のやんちゃ坊主たちに使った傷薬が入っていたはずだ。
「あった!」
幸いなことに、傷薬はまだ十分残っていた。わたしは恐れも忘れて白狼に近づいた。
「狼さん、大丈夫よ。すぐお薬を塗ってあげるから、じっとしていてね」
小さな男の子に声をかけるような口調になってしまったけれど、怒らないわよね?
「…………」
狼は「子供じゃないぞ」とでも言いたげに少し額にしわを寄せたが、大人しく待っていてくれた。
手巾を水筒の水で濡らして、傷口を綺麗にする。じわっと赤みが広がるが、それほど出血しているわけでもないようだ。
血が止まったら、そうっと薬を塗る。
「いい子ね、もう終わりよ」
つい、子供にするように頭をなでてしまった。
そのまま首筋に手をやると、ものすごくもふもふしている。野生の獣のはずなのに、よく手入れされた飼い犬のように清潔で手ざわりがいい。
「素敵な毛並みねえ……」
思わずうっとりとつぶやくと、狼はわたしの手のひらに顔をこすりつけてきた。
「きゃっ」
あまりに狼が大きいものだから、押されて倒れこんでしまう。
「あ……!」
痛い――と思う間もなく、わたしの下には狼の分厚い毛皮があった。
少し硬いけれど、量がすごい!
「あ、ありがとう。助けてくれたのね」
なんということだろう。
わたしは今、大きな狼の体毛にうずもれて、そのお腹に抱えこまれている。ふかふかしていて暖かい。
ああ、ここは天上の楽園なのかもしれない……。
「うふふ」
もふもふに酔いしれるわたしの顔を、白狼が大きな舌でペロペロと舐める。唾液でびしょびしょになってしまった。
「狼さん、ふふ、いっぱい濡れちゃったから、もうやめて。ね?」
「……クゥン」
もちろん狼はわたしの言うことなどわからないのだろう。
その顎の下をガシガシと掻いてあげると、喜んだ狼はわたしの胸もとにまで首を突っこみ、さらに激しく舐めはじめた。
「……やんっ、そこはだめよ。こそばゆいから」
子供のころ、まだ優しかった両親がふざけてくすぐってきた時みたいにおかしくて、声を上げてしまう。
「やぁん、うふふ、そんなに舐めちゃいやぁ」
ひとしきり笑っていると、いつの間にか地面に押し倒され、狼にのしかかられていた。
あれ?
わたし、このまま食べられちゃうの?
……でも、まぁいいかな。
ふっと抵抗する気持ちが消えた。
いつからだったろう。
『妹と違って陰気な子』だと噂が立ち、家族からは冷たくあしらわれ、ご近所さんや友達にも遠巻きにされるようになってしまった。
相手にしてくれるのは、わたしをからかってくるやんちゃ坊主たちだけだ。
こんなわたしみたいな取り柄のない人間が、綺麗な狼さんのお腹の足しになるのなら。
「狼さん。お願い、食べるならひと思いにかじってね……」
「クゥン?」
そっと目を閉じて、待つ。
その時、一瞬、大きな獣の重みが消えたような気がした。
そして、まるで大人の男のひとみたいな、押し殺した低い声が耳に吹きこまれる。
「……ヴォルフだ」
柔らかい感触が頬をたどって、唇にふれる。
狼とは違う小さな舌に、ちろりと舐められた気がした。
「……え?」
驚いて目を見開くと、そこにはやっぱり白い狼の優しげな金色の瞳があった。
「ヴォルフ……って言った? 誰かいるの?」
不自由な体勢で見回しても誰もいない。
不思議な狼が、わたしの頬をまた厚い舌で舐めまわした。
次回「聖女に選ばれたのは……」。
神殿で国による聖女選抜試験が行われます。
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