子猫を拾う、そして彼女を捨てる。
全国の聡美さん、ごめんなさい。なんとなく選んだ名前であって他意はありません。
ある日、小さな公園で一休みしつつ空を見上げていた。
夕暮れが迫る空に赤く染まった雲が浮かぶ。
ベンチに腰かけてぼ──っとしていると、足になにかがぐいぐいと押しつけられた。
なんだなんだと足もとを見ると、小さな茶色い物体が……
「にゃぁ~~」
と鳴き声を発し、その茶色の毛玉が小さな体を足に押しつけている。
それは子猫だった。
「なんだ──おまえ、のら猫か?」
「ぅにゃぁ~~」
声をかけるとその子猫はこちらを見上げて「そうだ」と、返事をするみたいに鳴き声をあげる。
子猫を抱き上げてズボンの上に乗せると、足の間に収まって「にゃぁにゃぁ」としきりに声をあげる。腹が減っているのだろうか?
俺はふと考えた。
家につれて帰ってもいいが、問題があるのだ。
いや、べつにペット禁止の物件ではない。
……俺は子猫を見下ろしながらしばし考え込む。
「にゃぁぁ~~」
弱々しい鳴き声を聞いて、俺はこの子猫を自宅につれ帰ることにした。
小さなアパートに一人暮らし。
大学を卒業後、小さなIT企業で仕事をしながら生活している。とくにやりたいこともなく、平凡な生活を送っていた俺。
そんな生活に飽きていたから、という理由で子猫を拾ったわけではないと思う。でも、正確な理由は自分でもよくわからない。
「はいはい、牛乳──どれくらい温めればいいんだ?」
皿にそそいだ牛乳にラップをかけ、電子レンジに入れたところでスマホを片手に検索する。
「にゃぁ~~」
子猫はやっぱり俺の足にすり寄りながら甘い声を出す。
「ピピ──、ピピ──」
電子レンジで温めた牛乳を子猫に与えていると、「ピンポ──ン」とチャイムが鳴る。誰か来たようだ。
夢中で牛乳を飲んでいる子猫を放って玄関にいくと、ドアの向こうには問題が待っていた。
「ちょっと、開けてよ」
チェーンロックのかかったドアの隙間から声がかかる。
俺はしぶしぶドアを開け、聡美を部屋の中に入れた。
いちおう俺の彼女だ。
大学時代からの腐れ縁みたいなものだが、最近はうまくいっていない──そんな関係。たがいの趣味が違うとか、感性が合わないとか、まあだいたいそんな感じの理由で。
とくに意識しなければ、そんなのは些細な問題のはずだが、受け入れられない場合は強い火種になる。それをさいきん学んだばかりだ。
「喧嘩するほど仲がいい」なんて言うが、それは人によるだろ。
この日もそうだった。
「ちょっと! なにこの猫!」
聡美は部屋にあがり込むと、小さなリビングのフローリングで牛乳を飲んでいる子猫を見つけて言った。
「わたし、猫は苦手なんだって言ったでしょ!」
そう怒り出したのだ。
俺は首をすぼめる、ほかにどうしろと言うのか。
「捨ててきてよ!」
と聡美は言った。
俺はなんとなく予感していたことがある。
その言葉を吐く彼女を、ではなく──
その言葉を吐いた彼女に、俺がどんな感情を抱くか、である──
「捨てる? この子猫をか?」
俺はすっとんきょうな声を出していただろう。
「そうよ、あたりまえでしょ!」
俺は怒っている彼女を見て、つぎに床でおとなしくしている子猫を見た。
「にゃぁぁ~~」
子猫は俺の足もとに駆け寄ってくると、また足に体を押しつけて甘えてくる。
その小さな体を抱きあげ、俺は聡美のほうを見ずに言った。
「そうか、なら別れよう」
一瞬、静寂が部屋の中におとずれた。
「はっ?」
「別れよう」
相手の返事などどうでもよかった、俺は決めていた言葉をくり返し、子猫をあやしはじめる。
「いやいやいや、なに、言ってんの? あんた」
俺は大きなため息を吐いてしまった。
「こんな小さな子猫を捨てろだなんて言うやつとはつき合えない、そう言ってるんだ」
俺の腕の中で子猫が小さな鳴き声をあげる。
「はっ? ──いや……はぁ? わたしより、その猫のほうがいいっての⁉」
「まあ、そう受け取ってもかまわない」
そう返答すると、聡美はなにかわけのわからないことを言いはじめたが、もはやその雑音を聞かなくてすむと思うと、胸がすっとした。
「うん、おまえが怒っているのはわかった。だが俺も怒っている。こんな小さなのら猫を簡単に『捨ててこい』なんて言えるおまえに」
聡美は猫アレルギーがあるわけじゃない、ただ単に猫が嫌いなのだ。
「嫌いなものを受け入れられないから子猫を捨ててこい? そんな薄情なことを言うやつとつき合いつづけるなんて、俺もいつ捨てられるかわかったもんじゃないな」
おまえはせいぜい理想のパートナーとやらを見つけてこいよ、そんな言葉をかけて聡美を部屋から追い出した。
「にゃぁ~~」
パタンと閉まったドアの向こうで、なにかわめき声が聞こえたが、もう俺には関係ない。
「ぁあ~~、気が楽になった」
子猫をなでると、小さな手足で俺の指をつかんで遊びはじめる。
「おまえの名前を決めないとな」
……以前の俺だったら、子猫を拾って名前を付けようだなんて考えもしなかった。
きっとあの女に束縛されて、心が萎縮していたんだな。
「──そうだ! おまえの名前は『ダンシャリ』にしよう!」
俺はそう言いながら子猫を高く抱きあげる。
「にゃぁぁ~~」
子猫は口元を牛乳でぬらしながら元気よく返事をした。
読んでくれてありがとう~
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のら猫を大切にしてほしい。
断捨離ってヨーガの概念が大元にあるみたいですね、仏教用語かと思ってました。(仏教の大元はインドの宗教観を多く含んでいますから間違いではないのかな?)
物を捨てるように彼女を「捨てる」という違和感──その辺を考えると、主人公の態度はどうなのかな、という見方もありえるのではないでしょうか。