【第06話】山賊狩り
「んー……。良い朝だ……」
襖を開けて、雲一つない大海のような快晴空を見上げる。
腕を伸ばしながら縁側の外に目を向ければ、地面から下半身が逆さまに生えていた……。
まだ夢を見てるのかと思って寝ぼけ眼を何度擦っても、屋敷前の地面から人らしき二本の足が生えている。
なぜだろうか……。
昨日も見たような、既視感を覚える光景だ。
踏み石の上に置かれたサンダルを履き、赤フンドシの目立つ足に近付く。
朝から何をしてるのだろうと、逆立ち足に尋ねてみる。
「おはよう……。アカネ?」
「……おう!」
念のため確認してみたが、やっぱりアカネだった。
上半身が土の中に埋まってるせいか、返答が少し遅れたようだが……。
「またシズクを怒らしたのか?」
「……おう!」
昨日も怒ったシズクが、土の幼精霊が掘った穴にアカネを埋めていたが……。
種まきを頼んだはずが、豆を食うみたいにボリボリと種袋の中身を口に運んで、またハムスターみたいに頬を膨らましてたのかな?
思い出して苦笑する俺の傍に、半透明の振袖を揺らすオカッパ少女が現れる。
土の幼精霊のワラベが膝を曲げ、地に両手をつけた。
中で土が盛り上がったらしく、埋まっていたアカネの上半身と顔が出てくる。
「しごと、くれ!」
大の字になって地面へ仰向けに倒れるなり、俺の顔を見たアカネが開口一番で、元気よく仕事の催促をしてきた。
うちの仕事をすると、美味しい物が食えると刷り込まれてるみたいだな。
土を耕して種まく仕事なら、いくらでもあるんだけど。
アカネには絶対やらせるなって、シズク様がお怒りでしたからね。
「旦那様、おはようございます」
「おはよう」
「アカネ。シズクから、暇をしてると聞きましたよ」
「おう! しごと、くれ!」
「はいはい……。旦那様、今日はちょっと。お出掛けをしたいのですが」
「ん? 良いけど……」
* * *
「小っちゃいオッサンが、増えてる……」
領都まで行くつもりはないが、ユズの話だと近場の森まで出掛けるつもりらしく。
朝食の間に、マコト達が武器を納めた祠を屋敷の物陰から観察していると、褐色肌の光り輝く三つのスキンヘッドが目に入る。
こちらに背を向けた半透明の小っちゃいオッサンが、踏み台に足をのせてシラヌイ達の武器を眺めていた。
二人目の土の鍛冶精霊は両膝を曲げて腰を落とし、蟻が早くも集りだした三本の駄菓子を、興味津々の顔でじーっと見ている。
三人目は妙にやる気なさげで、キラリと光る頭をボリボリとかきながら、鼻を人差し指でほじってアクビをしていた。
……寝起きかな?
「おら、仕事を始めるぞ」と言いたげな顔で、踏み台から降りたおっさんドワーフが、屈んでるドワーフのスキンヘッドをペチンと叩く。
同時に、アクビを噛みしめていた寝起きドワーフにも、小突くように肘打ちをしたが……。
当たり所が悪かったのか、ブスリと太い指が鼻の根元まで入り、「おほーっ」と悲鳴混じりの声が聞こえそうな表情で、白目を剥いた小っちゃいオッサンが後ろに仰け反って、背中から地面に倒れた。
……すごく痛そう。
肘打ちをしたドワーフが、土に身体を半分まで沈めたタイミングで、ようやく異変に気付いた。
顔を両手で押さえて、地面の上を左右にジタバタと転がり悶絶するオッサンを、「なにやってんだ、お前?」と言いたげな呆れた表情で見ている。
まさか自分が原因だと気づいてないのか、悶絶するオッサンの顎髭を掴んで地面に引きずり込んだ。
……いろんな意味で、大丈夫かな?
三本のうち一本がハズレでしたとか、ないよね?
どこからともなくカーン、カーンとハンマーで金属を打ち付けるような音が聞こえ始め、両開きになった祠の格子戸を閉じた。
屋敷の周りを歩き、丘の上から麓の村が一望できる場所に立つ。
本人曰く御馳走レベルの朝食を頂いたからか、畑の中で早くも全身が土まみれ状態のライラを発見した。
土の精霊の少女が耕して柔らかくなった土に腕を入れ、掘り具合を確認してるようだ。
体力は無いが種まきぐらいはと、ヤマド村長も率先して畑仕事を朝早くから手伝ってる。
「さて……。夏頃には、トウモロコシが食べれるのかな?」
期待に胸を膨らましながら、ユズ達の出掛ける準備が終わるまで、丘から見える鬼の農村を眺めた。
* * *
なるほど……。
コイツらが、噂に聞く山賊か……。
いったいどれほど身体を洗ってないのか、下水道のドブから出て来たような悪臭を振りまく男達が、下種な笑みを浮かべながら俺を見下ろしている。
俺の腕と胴体をまとめて縛った縄が、痛いくらいに身体に食い込んで締め付けていた。
『こっちはどう見ても人間の男だけど、どうすんだ? ……角が無いなら、売れるか?』
人身売買はこちらの世界でもあるらしく、ニヤニヤと黄ばんだ歯を見せて不愉快な笑みを浮かべながら、俺の身体を上から下へと値踏みする。
なんで吐き気がするくらい悪臭が気になるんだろうと思ってたけど、山賊をやってる連中がシャンプーが石鹸なんかを使うわけが無いよな……。
『こっちの女なんて、よく見て見ろよ。枯れ鬼っつうわりには、肉付きが良いし。かなり可愛いぞ……』
俺の隣で大人しく女の子座りをしてるシズクを、目の前にいる男が舐めるように視姦している。
男の俺を胴体ごと縛ってるのとは違い、シズクは後ろに回した腕のみが縄で縛られていた。
帯を一つ巻いただけで、布服一枚を剥げば済むのを理解してる男達の下種な目的は、とても分かり易い。
まだ十五歳なのに、そんなことなどお構いなしだとばかりに、男達が未だに順番で揉めていた。
『鬼と交わったら、鬼になるらしいけど。こんな可愛い女なら、かまいやしねえよ。俺が勝負に勝ったんだ。最初は俺から頂くぜ』
『勝手にしろ。ただし、殺すなよ……。鬼の恨みは恐ろしいからな。死ぬまで追って来るらしいぞ。さっきから鬼語でボソボソ言いながら、ずっとお前のことを睨んでるぞ……』
『けひひひっ。こんな美味そうな女を抱けるなら。死んでも良いぜ』
こんな屑みたいな会話、よくシズクは淡々と通訳できるよな。
一番手らしい男が服を脱ごうとしたら、ジズクが立ち上がった。
『おいおい、枯れ鬼ちゃん。俺達は武器を持ってんだぞ。痛い目を見たくなかったら、大人しくしてろ。たっぷり可愛がってやるからな……』
シズクを脅すように、片手に持った錆び付いた剣を男が振り上げる。
「えいっ」
可愛らしいシズクの声と同時に、眼前に立つ男が声にならない悲鳴を上げた。
シズクが高々と上げた足の脛が、股ごと男を持ち上げている。
グシャッみたいな、聞いちゃいけない音が聞こえた気がするけど、コレは間違いなく今日から使い物になりませんね……。
剣を振り下ろす間もなく、男が床にドサリと崩れ落ちた。
白目を剥いて口から泡を吐きがながら、ピクピクと痙攣している。
「ふんっ」
ブチブチと音を立て、力技で両腕を縛った縄をシズクが引きちぎる。
「もぐ? ちぎる? どっち?」
両方の掌をワキワキと開閉し、真顔で見渡すシズクに山賊の男達が後ろへ数歩さがった。
ヤバイと感じたら、すぐに手を出して良いよと言ったけど、ここまで我慢したのは逆にえらいな……。
『枯れ鬼じゃねぇのか? どういうことだよ……』
「うしろ」
「ひぃっ!?」
俺達を連れ込んだボロ小屋の窓、ガラスではなく鎧戸の破れた隙間から覗く、殺気立った瞳に気づいた者達が一斉に悲鳴を上げる。
更なる不運に巻き込まれたのは、鎧戸の傍にいた大男だった。
木製の鎧戸を女の腕が突き破り、まるで落雷かと幻聴するほどの粉砕音で、腕を掴まれた大男が窓の外に吸い込まれた。
ここにいる山賊達の親分と思われる、もっともガタイが良く皆へ偉そうに命令していた大男が消え、外から何かが折れた音とうめき声が聞こえる。
「よいしょっと」
余裕で通れるようになった大穴から、ユズが可愛らしい声を口に出しながら屋内へ入って来た。
青の混じった立派な二本角を生やした女性の登場に、さっきまで威勢の良かった山賊達が身の危険を感じたように後ずさる。
武器を持った山賊を無視して、俺の方へやって来たユズが縄を解いてくれた。
「大丈夫ですか? 旦那様」
「うん、ちょっとキツく締め付けられたから、痣ができたかもしれないけど」
「コイツが、しばった」
シズクが指を差した瞬間、近くにいた男がもう一つの鎧戸を突き破って、強制的に外へ放り出された。
男を掴んで投げ飛ばす鬼を目撃した山賊の一人が、「こんな部屋にいられるか!」と叫んでるのか、扉の内鍵をガチャガチャと必死に開けている。
「ヒッ」
扉を開けた先には、まるで返り血を浴びたかのような、顔を真っ赤にしたアカネが立っていた。
おそらく、外で見張りをしていた連中を倒したのだろう。
「おう!」
鮮血の滴る肉切り包丁をアカネが笑顔で振り上げると、室内に山賊達の悲鳴が響き渡った。
* * *
「悲しいことに、これが我ら枯れ鬼の現状でございます。山賊にすら馬鹿にされる始末で、一人で安全に出歩くことすらままなりません。帝国人の女であるライラが、この辺りを一人で通るのが怖いと言ってたのを、馬鹿にできませんね……。よいしょっと」
鬼の悲しい現状を吐露しながら、ユズが山賊の親分を荷牛車の中へ放り投げる。
人を運ぶためのズダ袋に、まさか自分が入れられる日が来るとは思わなかっただろう。
ユズに足を折られて動けなくなった大男が、ズダ袋の中から苦悶の声を漏らす。
「二人共、山賊の捕まえ方は分かりましたね? 偉そうに命令してる親分を捕まえて、生け捕りにできなかったら首を刎ねなさい。もし賞金首なら、頭だけでもお金になるはずです。良いですね?」
「よゆう」
「おう!」
初めてのお使いに出掛ける子供へ諭すような言い方に、シズクとアカネが元気よく返事する。
山賊を倒せば治安も良くなり、賞金首ならお小遣いも貰えて、一石二鳥になるのかな?
「うちの大切な畑を耕してくれる、ライラが一人でも通れる道にしてあげましょう。枯れ鬼など怖くないと馬鹿にして、森に潜む山賊共へ鬼の恐ろしさを教えてあげなさい」
「ライラのため」
「おう!」
怒らしたらとっても怖い鬼達だが、身内には優しい鬼達でもある。
鬼の畑を一生懸命にみてくれるからだろうか。
特別ライラは鬼姉妹に、気に入られてる気がする。
「山賊の住処をメモしておいたので、これを参考に寝床を襲撃しなさい。尋問のやり方は、さきほど私がやったように、生かさず殺さずで情報を絞り出しなさい」
「なぐる」
「おう!」
シュッシュッと、シャドーボクシングのようにシズクが拳を素早く突き出す。
それは得意分野だと言わんばかりに、アカネも楽しそうに拳を突き出した。
ユズが大男に馬乗りになって、拳で物理的な尋問をしてたからね……。
鬼の女性は、可愛い顔をしてホント容赦がないよ。
「沢山おにぎりを包んでますから、お昼ごはんに食べなさい。日が暮れるまでには、一度帰って来るのですよ」
「あむ、んぐ。おう!」
「昼ごはんって、言ったでしょ!」
包みを開いて、さっそく握り飯を齧るアカネを、横から飛び出したシラヌイがゲンコツする。
シラヌイのゲンコツから逃げるようにして、アカネがシズクと一緒に森へ走って行く。
「マコトも、シラヌイと荷物番をお願いね。明日からまた領都に出掛けるのですから、今日はのんびりしてなさい」
「はい、ユズハ様」
戦利品を運ぶための荷牛車は流石に森へは入れないので、マコトとシラヌイは留守番組を任されたようだ。
「二人で、大丈夫?」
「大丈夫ですよ。アカネは牛鬼も一人で倒せますし。この辺りの妖魔を苦労せず倒せる二人なら、山賊など相手になりません」
まだまだ子供に見える二人を心配する俺と、目を遭わせたユズが笑顔で答える。
「それに、あの子達は……精霊様にも、気に入られてますからね」
仲良くお喋りしながら歩く二人の後を、半透明の少女がピョンピョンと飛び跳ねながらついて行った。
※5/10 本作は不人気のため、打ち切りました。
ご愛読ありがとうございました。