【第05話】畑の鬼?
『アタイだって、好きで巡視なんてやってるわけじゃないよ。目つきが悪いのと顔のソバカスのせいで、器量が悪いからって誰も貰い手がいなくて。結婚した女達には何年もイジメられて、好きでもない男に嫁がされたとおもったら、大雨の日に田んぼを見て来るって、アタイと子を作る前におっちんじまうしよ』
道端に生えた雑草をブチブチと引き抜きながら、無理やり巡視にさせられた女性がブツブツと文句を言ってる。
『畑も土地も水に浸かって、女一人じゃ手が回らず税も納められなくて。村の口減らしで領主様に連れて行かれて。イボ豚蛙に前歯の欠けた女じゃ、下の世話をさせる気も起きないって鼻で笑われ。枯れ鬼の村の巡視なら、馬さえあれば女でもできるって言われてさ。アタイだって、いちおう年頃の女なんだよ? あのイボイボ野郎っ』
苦労話で怒りが再燃したのか、丁寧に山積みされた場所へ、握り締めた雑草を投げつけた。
なかなか、大変な過去をお持ちのようで……。
「旦那様。この女性、農家ですよ。しかも、物心ついた時から、いろんな畑を回ってるらしいです……」
「うん……。ちょっとお願いしてみる?」
「はい。少し試してみましょうか」
いるところには、いるもんだな……。
おもわぬ人材の発見に、小声で囁いたユズへ耳打ちを返す。
『なによ?』
目の前で種パックを開封しようとするユズを、女性巡視が酷く警戒しながら見上げる。
ユズに異国語で何か言われ、女性巡視が首を傾げながら両手を差し出す。
パラパラと掌に、種が落ちた。
女性巡視が鼻を近付けてスンスンと動かし、指で摘まんで穴が開くくらいにじっくりと眺める。
『トウモロコシの種じゃない。こんな粒揃いの良い物、どこで盗んで来たのよ』
荒れ放題の田畑で囲われた、この土地で取れた物じゃないと彼女は決めつけてるのだろう。
むしろ、盗んで来た物だと端から疑われてしまった。
この国では鬼語にあたる日本語で書かれた、小袋の裏面を女性巡視が睨みつける。
俺側に向けられた表面である、トウモロコシの写真を一度も見ずに、初見の種を彼女は眺めただけで言い当ててしまった。
おそらく俺と同じ考えに至ったであろう、俺と見つめ合ったユズが無言で頷く。
「この種は、何の種か分かりますか?」
念のために他の袋も開いて複数の種を見せたが、一度も間違えることなく言い当てた。
『今度は、なによ?』
また異国後で、笑みを浮かべたユズが語り掛ける。
目を丸くした女性巡視が急に立ち上がり、両手にトウモロコシの種を乗せたまま、荒れ放題の畑に目を向けた。
自分がいる場所を中心にゆっくりと一周し、視界に入る広大な土地を無言で見渡す。
「どうでしょうか、ライラさん。うちの畑で、その種を育ててみる気はありませんか?」
大量の種袋が入った段ボール箱をシズクが持って来て、ライラの前にドサリと置く。
ホームセンターで種類がいっぱいあるからと、手当たり次第にカゴへ放り込んだら、「家庭菜園をされるなら、数を絞った方が良いですよ。捨てるだけですから」とレジの店員さんに真顔で諭された記憶がよみがえる。
それを視界に入れたライラが、目玉が零れ落ちんばかりに両目を見開いた。
『クワッ、クワッ』
……アヒルかな?
『鍬、草刈り鎌、ナタ、スコップ……。何でもいいわよ、道具はどこよっ』
置く場所が無いのかトウモロコシの種を両手にのせたまま、パニック状態になったライラが道端を右往左往してる。
『あなた達、なんで呑気に寝てるのよっ。昼寝してる暇なんて無いわよ。あと何日で、春が来ると思ってんのよっ』
腹いっぱい飯を食って昼寝をしていた鬼達が、何事かと目を覚ましてギョッとする。
枯れ鬼と馬鹿にされた村の中心で、鬼の形相をした農家の女ライラの怒号が響き渡った。
* * *
『本当に良いのかい? アタイみたいなのが、こんな立派な屋敷に住ましてもらって』
昼間に見た、全身を土泥まみれにして鬼のような働きぶりをした女性は何処へやら。
借りてきた猫のように風呂上りの背中を丸めて、恐縮したライラが座布団に腰を下ろす。
「この屋敷以外は、鬼しかいませんからね」
食卓に料理を並べながら、ユズが問題無いと答える。
働きっぷりは男勝りだけど、人間の女性だしね。
まあうちの屋敷なら、一人ぐらいは増えても問題無いし。
ちょっと夜はうるさいかもしれませんが、新婚なので許してね。
「うまそ。ライラ、くえ」
シズクに茶碗一杯の白米を盛られ、ライラが戸惑いながらも受け取る。
「報告もいろいろ聞きたいしね。昼間はライラも、これからずっと忙しくなりそうだし。晩飯を食いながらの方が、良いと思うんだよな」
「そうですね。旦那様、お酒もどうぞ」
「うん」
ユズが徳利を傾け、俺の小さなお猪口に、濃厚な匂いがする酒が注がれる。
妻の美味しい料理を口に運びながら、飲みやすい甘さの酒を口に含み、喉を酒で潤す。
じゃがいもを黒イモにしてしまう、素人も同然な鬼達がまともな田畑を耕すために、先生役となるライラは間違いなく鬼の村の中心人物となるだろう。
できるだけ、情報交換は密にやっておきたい。
ライラの仕事ぶりを見て早速だけど、いくつか気になったところを話し合った。
「昼間にも言ったけど、壊れてない程度の農具があるのは、屋敷の倉庫にあった分だけだ……。領都に行けば、欲しい物が揃うんだよな?」
『うん、揃うよ』
「食料と天秤にかけるのは大変だけど、ライラを領都に連れて行って……。必要な物を、少しずつ増やしていきたいな」
「そうですね。アカネ達に、妖魔狩りで頑張ってもらうしかないですね……」
「クワを入れて土を耕すくらいなら、ノームの手を借りられるから。しばらくは、そっちで何とかして欲しい」
ユズに通訳をしてもらいながら、種まき前のクワ入れは精霊に協力してもらうようライラにお願いをする。
実際の現場を目の当たりにしてライラもビックリしていたが、土の幼精霊の少女達なら足踏みをしたところの固い土に、クワを挿して掘り返すのと同じことができる。
雑草は手で抜いてもらって、土の中にある石や岩は人手を割いてなんとか運んでもらって……。
「肥料も領都に行けば、手に入るんだっけ?」
『うん。帝国内でも、西の領都は昔から質の良い肥料作りが盛んだから。村の肥溜めを無理に使うよりも、ここから一番近い領都で買った方が絶対に安くつくよ』
「へー。そうなんだ……」
「マコト達を、狩りに行かせる時に。肥料も買うようにさせましょう」
「うん。そうだな」
あとは、気になった点と言えば……。
「種は全部、植えなくても良いから。みんなの体力を様子見しながら、できる範囲までやって欲しい」
ライラは俺がこちらへ持ち込んだ種を全て植えそうな勢いだったので、そこは注意しておく。
あくまで今のいる面子で、手の届く範囲を心掛けてもらう。
やせ細った鬼の体力的にも、彼らの田畑に関する知識的にも、子供を育てるくらいの気持ちで接して欲しいことも伝える。
種はパックを開封しなければ、数年は持つとホームセンターの店員さんからも聞いたしな。
「一年目は様子見だから、多少は失敗しても良いから……。ん、ありがとう」
可愛い嫁さんに酒を注いでもらって、気持ち良く酔っ払いながら俺が喋ったことを、ユズが通訳してくれる。
ライラは途中から俯いたまま、ユズの話を無言で聞いてた。
『鬼の御館様は、お優しいんですね』
「……ん?」
ユズのお猪口にも酒を注いでやろうと徳利を持ち上げようとしたタイミングで、明らかに表情が変わったユズの見てる方向へ俺も視線を移動させる。
青い瞳を潤ませたライラが、俺の顔を真剣な表情で見ていた。
『私の前歯が一本、何で折れてるか知ってますか? お屋敷を持ってる偉い人の畑を面倒見せられた時に……前の年より不作だったのを、お前の物覚えが悪いせいだって。下働きしてた男達と一緒に、殴られた時に折れたんです……。器量が悪いから嫁の貰い手が無いだろって。腹をおもいっきり蹴られて、頭をいっぱい殴られました……』
「酷い話ですね」
「……うん」
同性として許せなかったのか、ユズが鋭く目を細める。
正座した膝の上に置かれた拳がギュッと強く握りしめられ、手の甲にポタポタと涙が落ちる。
『まだ植えた種が、芽すら出してもないのに……こんな良い物を食べさしてもらって。こんな大きな畑を任されて……失敗しても良いから、お前の好きなようにやれって……。今日まで生きてきて、アタイ初めてです……。イジメられて悔しい想いも、いっぱいしたけど。畑の仕事をいっぱい覚えて、良かったと思えたのは……』
頬に零れ落ちた涙を、ライラが手の甲で拭う。
『アタイ、死ぬ気で頑張ります……。鬼の御館様から任せてもらった畑、精いっぱい面倒みます……』
「うん……。俺達も畑のことは、素人だからさ。ホントよろしく頼むね、ライラ……」
「はい!」
前歯が一本だけ抜けた白い歯を見せたライラが、ユズ達に習ったばかりの鬼語で元気良く返事をした。