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【第03話】来客

 

「来客?」

「ええ、そうみたいですね。どうぞ」

「ん、ありがとう」

 

 白米が盛られた茶碗を、しゃもじを握り締めたユズから受け取る。

 スマホは使えないので、代わりに買った腕時計を確認した。

 まだ七時前じゃん……。

 

「早めに食べた方が良い?」

「いいえ。お昼前に来るよう伝えてたのを、あちらが勝手に来ただけですから。ゆっくり食べて下さい」

「うまそ」

 

 俺のよりも多く山盛りになった米茶碗を左手に持ち上げ、シズクが右手に握り締めた箸をパチパチと鳴らす。

 

「まってろ、いった。あむ、んぐ」

「え?」

「そうですね……。さきほどシズクが対応しまして。私達はこれから朝食ですから、待つように伝えてます。相手も身内の同族ですから、旦那様は気にしないで下さいまし……。お味噌は昨日より濃いめにしてます。どうでしょうか?」

 

 来客よりも味付けの方が気になるのか、隣りから覗き込む割烹着のユズに催促されて、汁茶碗に口をつけた。

 

「うん、美味しい……」

「はい」

 

 忖度そんたくない俺の返答に、ユズが満足気な笑みを浮かべる。

 領都の食材で、このレベルか……。

 おそらく俺の国から、ひっそりと輸入された物もあるだろうけど。

 できれば、このレベルまで持っていきたいな……。

 

 食事を終えると、ユズ達の片づけを待って客人のもとへ向かう。

 客人は外にいるらしく、注意点をいくつか聞いた後、居間の障子をユズが開く。

 

 外に繋がる縁側の前にいたのは若い男が一人と、女が二人。

 年を聞かなくても、見た目からして十代後半だろうと分かる容姿だ。

 ボサボサの黒髪に、黒い瞳……。

 ツギハギだらけの貫頭衣を紐で腰当たりに結び、外に露出した手足はやせ細っている。

 額からは白い角が二本生えており、一目見てユズ達と同じ鬼であると分かった。


 若い女のうち一名は、両膝を曲げて枝木を地に突き刺し、暇つぶしなのか蟻の巣をほじっている。

 やはり待たされて機嫌を損ねたのか、俺の顔を睨みつけてきた。

 不良少女なのか、三人の中で目つきが一番に悪い……。

 

 しかし、俺の背後から二枚の座布団を持って現れたユズを見て、ギョッとした顔で三人が目を丸くした。

 うん、ビックリするよね……。

 俺も朝起きてから、二度見したもん。

 

 昨日まで片手に収まる程度だった角が、朝起きたら俺が握り締めても先端が顔を出すくらいに伸びてたら、誰だってビックリしますさ。

 天を衝くように雄々しく縦に伸び、白一色ではなく角先からグラデーションのように青色が混じった二本角を、若い男女三人が凝視している。

 ユズに勧められるがまま座布団に座り、俺から一歩斜め後ろに座布団を置くと、ユズも腰を下ろして座った。

 目の前にいる若い男の子よりも、立派な角を生やしたユズが口を開く。

 

「さて。まず初めにあなた達に伝えることは、私はこちらにいるユウト様と結婚しましたということですね。この角は、その証です」

 

 結婚したかどうかを、角を見て判断できるのは中々に斬新なシステムですね……。

 目を点にすることで、驚きの感情を分かり易くしてくれた男女三名と自己紹介を交わす。

 

「随分と若い子を、使いに出したようですが……。村長むらおさから、どのように言われてきましたか?」

「力を頂けると、聞きました」

 

 若い男のマコトがそう告げると、もう一人の女性も頷く。

 目つきの悪い女の子に至っては、ジロジロと遠慮なく物珍しそうな顔で、俺やユズを眺めていた。

 

「アカネも、そうなのですか?」

「おう」

 

 おうって……。

 中々に男らしい返事ですね。

 

「得物を出しなさい」

 

 男女二人は、手に持っていた刀を前に出す。

 口調が乱暴なアカネは、穴が目立つ布袋に手を突っ込んで、包丁にしては大きめの肉切り包丁を取り出した。

 本当に、何もかもが男前ですな……。

 いったい何のシミなのか分りたくもないが、サビみたいにも見える赤黒いモノが刃にこびりついてる。

 

「よろしいです。では、ドワーフ様のほこらへ参りましょう」

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

 神社とかにありそうなほこらがポツンと、屋敷の裏手にあった。

 ユズ達が掃除をしてくれたのか、最初に見た頃よりは綺麗になっている。


 「なんだ若いの。男は髪よりヒゲだって事を知らんのか?」と言いたげな顔で、顎から豊満なヒゲを生やした褐色肌の小っちゃいオッサンが、仏頂面で俺達の方へ振り返る。

 おもわず幽霊が出たと勘違いするような、スキンヘッドの光る半透明のオッサンは、鍛治をするのに扱いやすそうなハンマーを、丸太みたいな太い腕で握り締めていた。

 

 背が低くて見にくいのか、踏み台に足をのせて祠の中に収められた三つの得物を眺めると、鼻で笑うような表情を浮かべる。

 むしろ足下に置いた駄菓子の方に興味津々で、開封して並べた三本をじっと見つめていた。

 コーンポタージュ味をお気に召してくれたのかは分からないけど、地面へ吸い込まれるように消えていく。

 どこからともなく、カーン、カーンと何かを打ち付ける音が聞こえたと思ったら、祠の中に置かれていたはずの得物もどこかへ消えていた。

 

「ドワーフ様の仕事が終わるまで、少し時間が掛かるでしょう」

 

 ユズが両開きになった格子戸を閉じると、後ろに立つ若い男女三人に目を向ける。

 

「あなた達、レトルトカレーを食べたことはありますか?」

 

 唐突にユズの口から出た言葉に、男女二人が首を傾げる。


「ねぇよ」

 

 ぶっきらぼうに、アカネが答えた。

 

「朝は食べましたか?」

「たべてねぇ!」

 

 虫の居所が悪い原因は空腹によるものか、不機嫌そうにアカネが答える。

 

「そうですか。では、少し遅めの朝御飯にしましょうか」

 

 ユズが満面の笑みを浮かべると、別の場所で火を起こして準備をするシズクの元へ向かう。

 

「わっ」

 

 鍋の下から顔を出した生き物に気づいて、驚いたマコトが後ずさる。

 

火の幼精霊(サラマンダー)も、見るのは初めてですか?」

「は、はい……」

 

 赤い鱗に覆われたトカゲが、鍋を沸かす火の中から顔を出して、赤い舌をチロチロと伸ばす。

 シズクが追加の薪を放り込むと、赤い半透明の身体を通過し、接触した場所から真っ赤に燃え広がった。

 

「これの作り方は簡単です。鍋で湯を沸かして、放り込んでしばらく待つだけです」

 

 箱を開けて中に入ったパックを、煮えたぎる湯の中へ放り込む。

 ユズが一つ一つ手順を説明し、男女三人が興味津々で覗き込んでいる。

 カレーもライスも、湯で沸かして食べれるタイプなので、見たことのない人でも簡単に覚えれるはずだ。

 

「シラヌイ。井戸から水を汲んできてください」

「はいっ!」


 今日一番の元気な声を出して、女の子が井戸の方へ駆けて行った。

 

「キャー!」

 

 井戸の方から悲鳴が聞こえた。

 ……今度は何だ?

 様子を見に言ったら、滑車のロープを引っ張って汲み上げたシラヌイが、地面に置いた水桶の前で尻餅を突いていた。

 

「こらこら……。女の子を驚かしちゃ駄目だろ?」

 

 タイミングを見計らっていたのか、水桶の中から青い半透明の幼女が上半身を出して、ニヤニヤと悪い笑みを浮かべていた。

 下半身から魚の尾を生やした水の幼精霊(ウンディーネ)が、俺の顔を見るや悪戯成功とばかりに、水桶の中から飛び跳ねて井戸の中へ消えて行く。

 

「大丈夫?」

「は、はい……」

 

 皆が飲むための水を、シラヌイと一緒に用意する。

 ソワソワする三人の前に、湯から取り出したパックが置かれた。

 

「あちっ、あちっ」

「もう、だから熱いと言ったでしょ?」

 

 待ちきれなかったアカネがいきなりパックを手づかみし、予想通りのアクションを取ってくれる。

 ユズが手本を見せるようにパックを開き、大きめの皿に白米とカレーが盛り盛りとのせられた。

 多めで良いと言われたので、俺には食べきれない二人前を用意したが……。

 

「うめぇ……うめぇ!」

 

 一番分かり易いリアクションをしてくれたのは、やっぱりアカネだった。

 顔をクシャクシャにして大粒の涙をボロボロと白米に落としながら、カレーライスを口の中にスプーンでかきこんでいる。

 同じく涙を流しながらも、手を止めることなく食べ続ける他の二人もまた、今日まで平坦な道を歩んでないことは理解できた。

 若い男女がやせ細った身体になるまで、いったいどんな暮らしをしてきたのかと、素直に聞くのが怖いな……。

 

土の鍛冶精霊(ドワーフ)様は、以前のような力を失ってます。幼精霊の場合、斬れ味が保証できるのは数日、長くても十日ほどだと聞いてます……。今日見たことを、あなた達がどのように村へ伝え。これからどうするかは、村の者達と相談しなさい」

 

 淡く青い光りを灯す刃を鞘に収め、祠から回収した刀を握り締めたマコトとシラヌイが頷く。

 アカネも刃が淡く光る肉切り包丁を握り締め、丘の上まで見送りに来た俺を見上げた。

 

「……あんがと」


 頬に涙の跡が残る顔で、アカネが礼を言ってくれる。


「うん。みんなで食べてくれ……」

「おう!」

 

 レトルトカレーとライスの十人前セットの箱が入った布袋を、破れた穴から落とさないようにと大事そうにアカネが胸元に抱える。

 態度にいろいろと思うところはあるが、根が良い子なのはよく分かった。

 本当は食べれない料理が出てきたように買った非常食セットだけど、米は普通に出てくるしユズの料理は美味いから、わざわざ大量に残す必要も無いしな……。

 最初の頃とは態度が随分と変わり、マコトとシラヌイは深々と頭を下げて立ち去り、アカネは土埃を撒き散らせながら猛ダッシュで丘を降りて行った。

 

「これで、良いんだよな?」

「はい……。これから三士族が私達とどう生きるかは、彼らが決めることです……。ですが、悪いことには絶対になりませんよ」

 

 俺と目を合わしたユズが、どこか自信ありげな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

「しごと、くれ!」

「アカネ、うっさい!」

「……ん? アカネ?」

 

 何時だ……。

 布団の傍に置いた腕時計を手繰り寄せ、時刻を確認する。

 ……五時じゃねぇか。

 

「はいはい、騒々しいですね。聞こえてますよ」

 

 パタパタと縁側を歩いて近付く音と、ユズの声が障子の向こう側から聞こえた。

 ついさっきまで横で寝ていたのか布団に手を置いた際に、わずかな人肌の温もりを感じた手を離して立ち上がる。

 眠りにつく前は散らばっていたはずの寝間着は片付けられ、丁寧に畳まれた新しい衣服が布団の横に置かれていた。

 

 まずは下着を履き、障子の隙間を少しだけ開けて外を覗く。

 アリの巣をほじってた昨日とは違い、地べたに座ってるアカネがいた。

 慣れない正座をしようとしたのか、あぐらをかいて痺れた足をさすっているが……。

 

「渡したレトルトカレーは、どうしましたか?」

「みんなで、くった!」

「そうですか」

 

 そりゃ良かった……。

 白い歯を見せて笑うアカネが目に映り、俺も嬉しくなりながら服を着る。

 

「しごと、くれ!」

「……仕事なら、領都に行けば良いのでは? そのために、わざわざ魔力を込めた得物を渡したのですよ? 他の二人は、領都に出掛けたはずでしょ?」

「アカネ、しらない」

「え? あなた、領都に行ったことがないのですか?」

 

 まさかの図星だったのか、ぐぬぬと言いたげに歯を食いしばり、自分を指差すシズクを睨みつけている。

 ていうか、いつの間に二人は仲良くなったの?

 

「もう、それを先に言いなさい」

 

 俺がこちら側に持ち込んだボールペンをユズが手に取り、割烹着のポケットから取り出したメモ紙に文字を書く。

 

「シラヌイとは、顔見知りだと言ってましたね? おそらく陽が出てから、あちらも出発したはずです。今から追えますね?」

「おう?」

「これを彼女に渡しなさい。あなたにできる仕事を教えてくれるはずです」

「おう!」

 

 渡されたメモ紙をクシャクシャに握り潰し、刃が青く光る肉切り包丁を振り回しながら、猛ダッシュで駆け抜けて行った。

 朝から元気だな……。

 

「おはようございます、旦那様」


 うおっ、ビックリした……。

 気配を察知されたのか、隙間から指を通したユズに障子を開かれた。

 

「おはよう……」

「申し訳ございません。朝から騒がしくしてしまって……。朝食は、もう少しだけ待ってもらえますか?」

「いや、大丈夫だよ……。アカネは、こんな朝早くから何しに来たの?」

「私が言葉足らずだったようで。出稼ぎに行かせました」

「出稼ぎ?」

「はい、我ら鬼の一族がやるべき、本来の仕事。非力な人間達には退治できない、妖魔を狩る仕事ですね……。十日もすれば、戻って来るでしょう……あら? 珍しいお客様ですね」


 アカネと入れ替わるようにして、違う人影が屋敷の前に現れた。

 元気の良い若い子達とは真逆で覇気が無く、背は高くとも華奢な女の細腕をした、白髪の成人男性がぼんやりと立っている。

 

「どのような御用件でしょうか? 御三方……」

「息子達から、種を植えたいと聞いたのだが……」


 片手で掴んでもはみ出る程の長い二本の角を額から生やしてるが、片方が折れた真ん中の男がしわがれた声でボソリと呟く。

 

「なるほど。ですが、これから旦那様の朝食を作らねばなりません……。旦那様の御用時は、その後でも宜しいですか?」

「かまわん……」

 

 どうやら待つつもりのようで、三人の白髪男性がドサリと力無く地に腰を落とす。

 

「分かりました……。じつは少し朝食を多めに作ってしまいまして。おひとつ、お味噌汁などはいかがですか、村長むらおさ殿?」

「守人の姫よ……我々の罪は、つぐなわれたのだろうか?」


 白い片角が折れた白髪男性の呟きに、目に前にいる三人の成人男性よりも立派な、青の混じった角を生やしたユズが目を細める。

 

「それを決めるのは、私ではありません……。ここにいらっしゃる、精霊使いの末裔まつえいが決めることです」


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