ホクロ
俺の生活が変わったのは、一ヶ月前、頬骨の上に小さなホクロができてからだ。
顔はイマイチ、喋りも駄目、仕事もできる方ではない俺は、影の薄い存在だった。
そんな俺が、この小さなホクロができ始めると、急に人が近寄って来るようになった。
最初は、朝のお茶からだった。
今まで、女子職員にお茶など入れて貰ったことのない俺だったが、そんなの俺の机の上に、いろいろな女子職員が急にお茶を置きに来てくれるようになったのだ。
その上、しばらく立ち止まって声をかけてくれるのを待っているのだ。
そこで、お礼を言うと、夢から覚めたようになって、
「ううん、いいの。お茶が欲しい時には、いつでも声をかけてね」
ときたものだ。
俺は、狐に摘まれるような気分になった。
だが、それも一週間も続くと、
「俺は、モテ期に入ったのかもしれない」
などと一人合点をして、大それた事に、この調子で行けば、会社のマドンナ的存在になっている部長のお嬢さんにアタックしても上手くいくのではないかと、考えるまでになった。
そこで一週間前、ダメ元を覚悟で夕食に誘うと、これがなんと「オーケー」の返事。
そして、昨日、憧れのベッドインを果たしたばかりだった。
翌朝、鏡に写ったホクロを眺めながら、
「不思議だ、このホクロができたとたん、俺はモテだした」
と考えていると、
「そうだろう。感謝しな」
と、そのホクロが小さな口を開けて喋りだしたではないか。
「そう驚くなよ。俺は、お前に取り付いた独自の生き物なんだ」
「えっ。独自の生き物って………」
「独自とはいったが、俺たちは、自分の力だけではで生きていけないんだ。だから、人に取り付いて、生きている。言うなれば、寄生物というところか」
「寄生って、俺はお前に喰われているのか!」
「人聞きの悪いことを言うのは止めてくれ。そんな大したことはしていないよ。
お前の頬骨を少しずつ溶かしながら、栄養を貰っているだけなんだから………。
それに、お前の頬骨はカルシウムがいっぱい詰まっていて頑丈で、少しくらい溶かして薄くした方が、すっきりした顔立ちになるってもんだぜ」
「それだって、寄生されるのは気分が悪い。頬骨が全部溶けたらどうするんだ」
「全部なんか溶かさないよ。その前で止めて、今度は反対側の頬骨に移動するさ。
それに、お前は、この俺が、お前から栄養を貰って食べているからモテているんだぜ。
俺がお前の骨を溶かして食べると、俺の口からは、老廃物の気体が流れ出るんだ。
そう、お前達の言葉で『フェロモン』とか言ったかな。
そいつは、女の心を蕩かすんだぜ」
そういえば昨日、ベットの中で部長の娘が、
「貴方の匂いって、最高。たまらないわ」
と言ったの思い出した。
「なっ。心当たりがあるだろう。
俺と組んでいれば、お前は、これから先もモテモテだぜ。
それこそ、逆玉という話もあり得るかもしれない。
お前は俺に、栄養が詰まった骨を提供し、俺はそれで生きることができる。
その代わり俺は、どんな女でもメロメロになるフェロモンをお前に提供しよう。
いわゆる共生っていうやつだ。俺達は、いい相棒になれると思うぜ」
俺は、この提案をしばらく考えた。
削られた骨は、その分食事で補っていけば健康に害はなさそうだ。それにこのホクロは、全部食い漁るのではなく、適当なところで移動すると言っている。
一方俺は、このフェロモンの力を借りてこれから先もモテモテの時間を過ごせそうだし、最終的には部長の婿となって強力なバックアップを受けながら人生を送るのは、全く悪い話ではないと思った。
それに、拒否しても出て行ってくれそうな相手でもなさそうだ。
「わかった。よろしく頼む」
「そうかい。これで、俺も、気兼ねなくお前から栄養をいただけるというもんだ。
俺こそよろしく頼むぜ」
そう言って、ホクロは喋るのを止めようとしたが、ふと思い出したように、
「そうそう。もう一つ言っておかなくちゃならないことがあった。
俺には、もう一つ相棒がいるんだ。
こいつは、俺がお前に取り付いているように、俺に取り憑いているものなんだ。
相棒の相棒ってわけだが、俺の相棒は、お前にとっても相棒になるわけだから、紹介しておかなくちゃなるまいと思ってね。
名前かい。お前達の言葉で『癌』っていったかな?」
了




