おおたくん
そのまた次の日だった。
その日も教室に花はいなくて、
席には、新しい花が飾ってあった。
多田という男子生徒が、机の上に飾ってあるのを見ているところだったので、僕は声をかけるか迷った。
率先して罵詈雑言を浴びせていたのは多田だという噂を、耳にしたことがある。
そして、それについては、花は何も語らなかった。
……いや、語れなかったのかもしれない。
いつもつるんでいた長谷が居ないのも、彼らしくなかった。
「おおた、あのさ」
いつもなら声をかけないタイプだったのに、なぜか僕は声をかけていた。
多田は、決してガタイがいいわけじゃない。
ただ、少し周りの見えないタイプで、例えば体育のバスケか何かで一人がボールを独占するようなシーンになると、そいつをきっちりマークするのが得意というタイプ。
みんなでドッジボールをやると、特定の相手を執拗に追いかけて、ボールをそいつにばかり投げている。
そういう、違反とも言えないが私怨が強く表に出る性格をしていた。
ひとことでいえば、こいつは、ちょっと怖かった。
一度目をつけると、先生が止めに入るまで、執着をやめない。
みんなの前に個人を晒すようなことでも、平気でやってのけたし、女子だからって手加減しない、と、女子にまで執拗にボールをぶつけていた。
握力が強いと自慢していたから、痛そうだったが、その場の誰もがとっさには動けない、そういう気迫を持っていた。
そのくせ、この手のタイプはなぜか先生にはうまく媚びられるから、切り抜けがうまい。
つまり、要領がいい。
今も生徒会長を狙っていた。
「あの、さ」
「なんだよ。何か用か」
僕より少し背の低い彼から、僕より低い声が訝しげに投げられる。
「その席、岸崎のところだよな」
「だから?」
早く会話を終えたいような、イライラした声だった。
「……いや。別に」
何か言いたい。
でも何が言いたいかわからず、もごもごと口を動かす。
屈んで話すと失礼になりそうだったが、背伸びするわけにもいかない距離に、僕は、どうしようかと迷った。
目に映る何もかもに、迷う。
「おおたは、花が好きだったか?」
「……もうすでに逝っちまったもんは、仕方ないだろ」
おおたの答えは、好き嫌いじゃなくて、諦めだった。
「殺すには惜しかったのに」
まあ、いいや、と廊下に出ていくすれ違い様に、多田はそんなことを呟いていた。
惜しいだのなんだの、お前は神かよと苛立ちが募ったけれど何も言わなかった。