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その日は相変わらずの天気で  作者: うさぎちゃん
2/8

クラスメイト

 朝起きて学校に行くときにも、花は付いてきた。離れてはくれないらしい。

 いや。別に恋人だから悪いわけじゃないんだけど、もろもろの理由で一人になりたいときに困ったなぁ……と思った。


もう諦めてマゾになる以外無さそうで、生き返ってくれるなら、どんなに良いだろう。

「ヤローとデエトか……」

つまんなぁい。

とかふざけながら、ポケットに手を突っ込む。

今朝は少し肌寒いみたいだ。

壱染は、双子の兄と言っていたが、そもそも、花の名字はそれではなくて。だから僕は気がつかなかったんだ。


「岸崎 花さん」


呟いてみる。


はーい!!

真後ろから元気の良い声がした。

数人、登校途中の生徒が振り向いたけれど、そこにはやっぱり誰も居なかった。というか、花の声、みんなに聞こえてるじゃないか。

これは格にも、確かめないとならないだろう。「ねー、ねー」


様子を理解したのか、そーっとささやいてくるが無視する。

僕だけ変に反応したらやばいじゃんというところにばかり頭が向いていた。

ところで。


「今ね、キスしてみた!」

――はぁっ!?


飛び上がりかける。


「嘘でーす」


「はあ……」


姿が見えないからってこいつ……

不意打ちに真っ赤になってしまった。


「なんなの、花」


「んふふふふ!」


楽しそうに、花は笑っている。

周りが、いきなり

「はぁっ!?」

とか言った僕に目を向ける。


「帰りたい。すげえ帰りたい帰宅して直帰してゴーホームしたい」


「帰んなよぉ、もー!」


えへえへと、変なおどけかたをする花を無視して、校門をくぐる。


「楽しいスクールライフ!」

「僕のライフ、ハート三つなの」


「成り立ての勇者かよっ!」


「アハハハッ!」


アハハハッ! とか言ったら、周りがなにこいつという目をする。

さーせん。

帰りたい。すげー帰りたい帰宅して直帰してゴーホームしてランナウェイしたい。


 ぶつぶつ呟いていると何してるの?と声がかかった。ヒィッ、と飛び退くと、そこに居たのは壱染格だった。


「あら。格さん」


「……さん付けじゃなくてもいいけど、何してんの、だから」


愛想がショウエネしている格は、それでも綺麗な顔立ちだった。

確かに、花に似てる。


目もと、とか。

どこか、キリッとしたとことか。

柔和そうな見た目を裏切って、ちょっと頑固なとことか。


「ひ、独り言」


「一人でんなとこで騒ぐなよ」


「僕は、真剣な場面のときに、思いだし笑いする癖があってな……」


これはわりと本当に悩みだ。


「苦労する癖だな。真剣な通学シーンかよ」


うんうん、と、うなずくように、花が言う。


「お前ら仲いいな!?」


「ら?」


「ちょーい待って!」


花の声がしたかと思ったら、格の身体が急に崩れ落ちた。

慌てて支える。


「花です!」


「……え」


「格ちゃんが寝ているときにね、私、この身体に出入りしてるわけよ。だから格ちゃんは、私が、こうやって生きてるってことも知らない」


い。


「今、寝ていなかったよね!?」


「うん。寝かせた。無理矢理入ると、寝ちゃうの」


えー。大丈夫か。






「うひょひょ。女装になるけど、似たような体格だから、この前買った際どいラインのワンピースを」

「やめろ!」


「お、おぉ? 嬉しくない?」


ビックリしたように、花が戸惑った声をあげた。


「お前の身体じゃ、ないじゃん……」


急に。胸が痛くなる。

違うよ。どんなに外見が似てたって、やっぱり花は一人じゃないか。



「やっだー! 変態!」


花はけらけらと笑っていた。だけど、僕が好きなのは、花なんだ。


「一緒に出掛けたかっただけなんだけどなー」


うふふ、と花は笑う。


「じゃあわかった、男装になるけど、私が男物を身に付けようじゃないか」


「姿見えないじゃん」


「洋服は見える!」


「えっ着られるの?」


「んー、わかんないな、ちょっと物を動かすくらいはできるんだけど」




「でも姿が見えない方が触り放題だねー!」


きゃあ、と花は笑った。


「お前は何を目指してるの、痴漢? いやちじょ?」

普段、僕ばかり触れていた気がしたけれど、触る方が好きなの?

もしかして誰でも?


「いやいや、単に好きな子にはべたべたしたいじゃん、物理的にさ」



「物理的にね」


くすっと笑ってしまう。花は、どうして、いじめられたりするのだろう。こんなにも。


「あーあ!


ひでぇよな。僕に物理的にさわる方法とか、飯をたらふく食べる方法くらいしか、頭に無い花が、何ができるんだよ」

今も、こんなにも、僕を、支えてくれてるのに。


「さりげなくけなされなかった?」


花が疑問そうにする。

きっと、困った顔をしているんだろうと思う。


「好きだっつってんの」


「うふふふ! あはははっ!」


笑い出した。

花は、普段あまり笑わないけど一度ツボに入るとしばらく笑う。



それから。



「寂しい、よ」


普段あまり泣かないけど。

一度傷つくと、しばらく泣く。


「なんで、私、いきられないの? ただ普通に、生きたかったよ」


ぐすっ、とすすり泣く声がする。


「な、泣き顔、見ら、れ、なくて、らっきー」


「ばーか」


ふっ、と笑いながら、僕も泣き出したかった。


本当は少し、泣いていた。あと。


「いや。お前は泣いてないけど、格は泣いてるんだよな」


どうしよう。

意図しないとこで泣き顔見ちゃった。


「く、っふっ……」


変な声がした。

あ、これは。


「あははははは!」


花が笑い出す。

僕も、笑うしかなかった。










 壱染を保健室に引きずっていってから、先生に任せて僕はそこを出た。言っていないけれど、僕は、自分の性別がよくわからない。

心、的な意味で。

学校に、男だけど女の人は、ちらほらいるし、女だけど男勝りな人はちらほらいる。


どちらもなんか違うような気がするし、かといって普段の自分が『何』なのかは、いまいちピンと来ないせいで、なにをどう自己表現すべきかわからないまま、ただ地味に制服に着られている気がする。


そんなことに悩んでいたとき、「たのしけりゃいいじゃん?」と声をかけてくれたのが、岸崎だった。


 つきあった理由も、本当の本当は、花が付き合おうぜなんて言ったから。軽いノリで。


学校は居心地が悪い。

 がさつで品の無いことを言っては女の人の裸の写真で盛り上がる男子は嫌いで、かといって、イケメンイケメンとうるさく恋の狩人みたいになってる女子は苦手で。


休み時間は誰も来ない屋上とかで適当に気を休めていた。


ある日「やっほー!」なんて、階段を教室より上へとあがる僕に声をかけてきた花は「つまんないよね」なんて苦笑いした。

気を遣ったのかと思って、最初は無視していたんだけど、どうやらそうじゃなかったみたいで、気がついたら仲良くなっていた。


「岸崎は、あの。普段、グループの中に居なくていいわけ?」

「んー、そうね。たまにだるいんだぁ」


「女子でも、そんな風に思うんだ」


「うははっ。思うよー。カレシカレシって言うのはいいよ? けどなんていうかな……いつか、一人で歩けなくなっちゃう気がして、怖くて」


私、心の弱いひとだからさと、彼女は笑った。



「そうなのかな、そうは見えないけど」


「嬉しいなっ」


照れるようにしている彼女は、でもどこか寂しそうで。


「早く卒業したい」


「わかる」


風が髪を乱す。

頭上には、切り取られた空が見える。

つまらない灰色のコンクリートの上に僕らは居る。

自分の、汚れたスニーカーを見ながら、汚したのは自分なのに汚いなんて言う自分を嘲笑いたくなる。

 教室に行くと、またあいつの机に新しい花が備えられていた。

 あいつは、すぐそばに居る。教室の机なんかにいない、そう言ってやりたかった。


なぜだろう、いろいろな現実がめちゃくちゃになってしまえばいいのにと、あいつが居なくなってからよく考える。

本当は望まない。

でも、たまにそう思う。自分がよくわからなかった。


ぼんやりしていると、さっき花を持って入ってきていた、女子の二人がひそひそ会話をして、僕の机の横を通りかかった。


「気づかなかったよね」

「ねー」

「あの子、全然泣いたりしないし」

「わかる」

 我ながら何をしてるんだと思うけど、僕はうつむいて、寝たふりをして聞き耳を立てた。


「なんでそんなにへらへらしてるの?って言って聞いたの」


「聞きかた」


「『笑ってないとすぐ心おれるから』って言ったんだよね」



僕ははっとした。

そう、誰より一番に気付いていたはずなのに、なぜその事実がわからなかったんだろう。


「いつも、折れそうだったんだろうね……」


誰かが、可愛らしい声でささやくように、寂しそうに呟いた。

心が、ずきずきと悲鳴を訴える。


それは次第に鼓動に変わり全身を支配するような震えに変わり、

僕はこの空間から早く消えてしまいたい気分になっている。




あいつは、プライドが高かったわけじゃない。

だから、普段から必要以上に自分をごまかしている。

 誰もいないときにだけようやく悲しめる程に、あらゆる関わりが痛みにしかならないほどに、状態が悪化していっていた。

日に日に脆くなっていたことくらい、僕は察知していたのに、それを見つけたときに、ただ笑った。


そして更に圧力みたいに、弱った心に、強さを押し付けた。


こんなのお前じゃないなんて言って、否定した。だからあんなに傷ついたんだ。



「馬鹿だな……」


どうすればいいかなんて僕は知ってたじゃないか。


「あいつが唯一頼った僕がそこで、笑ったりしちゃいけなかったんだ」



授業に出る気にならなくて、そのまま早退した。









なんていうのかな。

たぶん。

身体が先に動いちゃって


誰も守れないなら、

手なんか伸ばさなくてよかったのに





――花は、展覧会とか好き?



――んー。好きとか嫌いじゃないんだよね



――じゃあ、何をしに行くわけ。



――そうだな。時間を、ね。探しているの。



――時間ね。



――行くと、昔、みたいな、懐かしい気持ちになる。気がして。



――ああ、わかる気がする。


――それを感じている間と現在に戻って我に返る、その瞬間がね。好きなの。


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