犬のウンコは危険
「ウオーッバイクちゃんは最高―ッ!」
深夜の誰もいない山道を俺は叫びながら爆走していた。
愛車のレブル250/500の右ハンドルを捻り、急カーブを勢いよく曲がる。
タイヤから伝わる空気圧が俺のケツを叩き、足に力が入る。
風がヘルメットを歓迎するように激しく撫でる。ドキドキが止まらねえ!
昨日の誕生日に親がくれた2万円で、ついに貯金が溜まり買った俺のバイク(相棒)!
免許なんざ関係ねえ!今乗らなきゃいつ乗るんだ!今でしょ!!!
【彼はバカなので決して真似をしてはいけません、無免許運転は犯罪です、守らなければ】
「ヒーーハッー!」
そのままトンネルに入ろうとしたその時だった。
何かぐちゃりと、踏んだ感触が車輪から響いた。
次の瞬間。
俺の視界は右にぐわん、と傾いて。
バイクが、宙に浮いて。
そのまま真っ暗になった。
最後に見たものは、おそらくバイクで踏んだ犬のウンコだった。
【このように命を落とす危険性があります】
…え。
待って待って待って!?え、もしかして俺死んだの!?
こんな、こんなあっさり!?ま、まだ…!
「まだ今週のチャ○ピオン読んでねえぞ俺―ッ!」
「きゃあ!」
……ん?
あれ、息してる。
体の感覚もある。
い、生きてた!あのスリップ事故で我ながら良く生きてたな!
「フェンリルお嬢様が目を覚ましましたわ!」
「すぐにゼウス様を呼べ!自室にいるはずだ!」
‥‥いや待て。
目の前で知らない奴の名前を、知らない奴らが叫んでいる。
大体なんだその物騒な名前は。
…というより明らかに田舎に一軒しかないジジババの交流所と化している総合病院の天井ではない。ここどこだ?
・‥‥視線を下に落とすと。
やけに小さい綺麗な手。
肩までかかるサラサラの髪。
かつてあったものの感覚もない。
震える手でほっぺをつねってみた。
夢じゃ、ない!
「なんじゃこれはああああああああああああああ!?!?」
知らない幼女になってるううううううううううううううう!!!
叫びながら真上を向くと。
ちょっと透けた女の子が宙に浮いていた。
「わああああああああああああああああああ!!??」
[きゃああああああああああああああああああ!!??]
…くまさんパンツだった。
「な、な、なんだなんだぁ!?訳の分からない事が立て続けに起こり過ぎだって!」
[わ、わたしくが下に居て勝手に言葉をしゃべってますわ!?」
「わあああああ頭の近くで声がするーっ!?」
「お、お嬢様!?本当に大丈夫なんですの!?」
「娘が目覚めたというのは本当か!?って錯乱しているではないか!?」
「フェンリル!?私のことはわかる!?」
メイドの人や両親?が騒ぎ始めた俺を見て心配していた。ま、不味い。ただでさえ訳が分からんのに病院になど連れていかれるわけにはいかん。
「だ、だいじょう、ぶです。しばらく一人にしてください……」
俺はそう言って使用人っぽい人たちや両親らしき人達を部屋から退出させた。
[あ、メルセデス!お父様!お母様―ッ!」
‥‥‥頭上での叫び声は、やはり俺にしか聞こえないようだ。
俺一人残されただだっ広い部屋で、静かに深呼吸をする。
今、やるべきことは…。
「…自己紹介としゃれこもうじゃないか」
[なんなんですの貴方!勝手に仕切って!]
おっと早速クレームが入りました。
[わたくしは!この誇り高き貴族のグレージャ家の真紅の令嬢、フェンリル=ネ・グレージャですわ!さあ言いました言いました早く貴方も名乗りなさい!不敬ですわよ!わたくしの顔をして!]
「わかったわかっ…わたくしの顔?」
……もしかして。
俺はベッドから降り、近くのドレッサーの鏡を見る。
…あ〜これはこういうパターンですか〜〜知らんけど〜〜〜!
鏡には、フェンリル=ネ・グレージャその人が写っていた。
[つまり、貴方は幽霊という事ですの?]
「おう、多分な、なんだか知らんがお前の体に乗り移っちゃったらしい、しかもどーやら離れない」
実際出ようとは試みたもののやり方なんてわからんし。
[はあ!?ふざけないでくれまし!たかが下民の幽霊ごときがわたくしの体を乗っ取ろうなどと神が許しても私が許しませんわよ!?]
「おいこら、下民と決めつけはいけないぞ、もしかしら俺が遠く離れた国の王子だったらお前が不敬罪とかじゃないのか?」
[ハッ!そ、そのようですわね、心よりお詫び申し上げます……]
「まあ田舎の庶民なんだけどね」
[この者を死刑にしてくれまし!?]
「いやもう死んでる」
死んだからこんなことになってるんですが。俺も被害者みたいなモノだよこれは。
[はあ、もういいですわ…で、貴方の生前のお名前などは?]
「えー…なあ、俺の名前ってなんだっけ」
[質問を質問で返さないでくれまし?]
いや、本当に名前だけ思い出せないんだが。
他に忘れてそうなことはないと想うが。まあ忘れてる事を忘れてるならどうしようもないが。
「いや、忘れたのは名前だけっぽいな……家族の顔とかは覚えてるけどなんか思い出に妙な穴あきがある気がする」
とりあえず正直に答えた。嘘をついてもしょうがない気がするので。
[本当ですの?わたくしの体で如何わしい事を企む為に何か隠してませんの?]
「いや、俺ペドフェリアじゃないんで…7.8歳児は…」
[わたくしは10歳ですわっ!!!!!]
ドアの隙間から、そっと人影が見える事に、2人のフェンリル=ネ・グレージャは気付いていない。
「な、なあ、うちの娘が一人空に向かって話してるんだが…」
「あなた、やはり病院で診てもらった方が…」
こうして、口うるさい背後霊とセットで、俺のセカンドストーリーは幕を開けたのである。
【フェンリル=ネ・グレージャの断罪運命まで アト7ネン】