第92話【餓鬼の断崖と奈落への道行その8】
『おーい?バルクス……あなた、私の話し聞いて――――』
『皆さん……すみません。俺何かがでしゃばって、こんな危険区域に同行したせいで……』
いつもは弟子達に厳しいアイナだが、取り乱すバルクスのために、〝親切心〟、〝優しさ〟――――否、《《ただ単に面倒くさいから》》教えて上げる事にした。
『あんたの早とちりで自慢の拳が傷だらけになるのは、構わないけど《《アイツ》》は、そう簡単に殺られはしないわよ。今頃、呑気にこの状況を楽しんでいるはず……そう、例えば――――見渡しの良い上空とかでね』
『へっ!?』と、唐突な事を言われたバルクスは、状況が呑み込めず停止している筈の、鍛えていない脳を必死にフル回転させ、紅茶が入ったカップを持ちながら、天上を指差すアイナの指先に沿って首を傾けた。
そこには柔らかな後光が差し、三人を見下す様に浮遊しているセリエの姿があり、それを涙ながらに見とれるバルクスは、まるで〝神〟を崇める様に膝を着き、指を組み合わせながら〝天に召された友へ〟告げた。
『死して尚、俺達を見守って下さるのですね……ありがとうございますセリエさん!!貴方の事は、この命尽き果てるまで一生忘れません。必ず……必ず……任務を成し遂げますから!!』
訳もわからない感情を押し殺し、カップを持つ手を震わせながらアイナは、反対側にいるノーメンに問い掛けた。
『ねぇノーメン?、私の思い過ごしじゃなければ、ウチのバカ弟子が何かとんでもない勘違いしているみたい何だけど?』
(ここはそっとしておこう……亡くなった設定のセリエのため、いや――――アイナちゃん所の弟子の為にさ)
相変わらず無言で立ち尽くすノーメンは、アイナに視線を注ぐと、〝次へ行こう〟と指で合図を送った。
『もうっ、仕方ないわね……』と言って、戦意喪失し動かぬ戦車大猿の肩から飛び降りると、【幼子の悪戯】により、ゆっくりと着地し、落胆するバルクスへ励ましの言葉を掛けた。
『あんたも漢何だから、メソメソ泣かないの!!今のその気持ち――――大事にしなさいよ?さぁ、あんた達〝晦冥の奈落〟へいくわよ!!』
バルクスは無言で頷き、涙で濡らした顔を袖で拭き取ると、真剣な面持ちになり膝に手を着き立ち上がる。
『俺は、もう大丈夫です。行きましょう〝先〟へ!!』