第8話【燃ゆる思い】
恐れなどなかった。
今までだってそうだ、何があってもどうにか出来たし、むしろ失敗など片手程だろう。
現在のニッシャは、先程の闘いでマナは温まり【初速】を使用し、
姑息な手は使わず、正面から堂々と闘う。
それが私のプライドだ。
直感で感じた限り奴の強さってやつが「身に染みて」わかる。
だがそれ以上に私は強い。
体勢を低くし、獲物を見据え加速する。
瞬時に間を縮め、足を駆け上がり胸部目掛け乱打を繰り返す。
「ガガガガガッ」と金属音が響く、魔力を帯びた拳は再生と崩壊を繰り返し、次第に熱くなるその手は炎を纏わせ、やがて甲冑の如き装甲を砕き割る。
空中を舞う様に攻撃をし続けるニッシャに対し、気にもせず、いまだ歩みを止めることなく、攻めているニッシャが後退していた。
「ゴッ!!」と鈍い音が響いたと同時だった。
まるで反発し合う磁石のように、吹き飛ばされていたのはニッシャの方だった。
柱を次々と薙ぎ倒し、支えていた天井までもが「ガラガラ」と音をたて崩れ去る。
柱や天井は無くなり、そこにいるのは、山ほど積み重なる瓦礫と勝者である、兜虫だけがそこにはいた。
4本ある腕は、2本が退化している代わりに、残りの腕はまるで1つ生き物のように脈打ち、強固かつ柔軟であり、そしてなによりシンプルに、ただ強いのだ。
少し期待したのだが、また一撃だった。
ただ歩くだけであらゆる生物は怯え、ただ動くだけで弱者は意思を持たぬ肉塊となる。
そうしているうちに、闘いに飽いていたのだ。
一体、勝利とはなにか?
我と対等に渡り合える強者を求め幾年経つがいまだに見つからぬ。もはや存在しないものにすがるのも1つの夢か。
ゆっくりと歩みを進め瓦礫を踏み潰す。
考えることはない、また次なる強者を探せばいいことだ。
兜虫の拳はほんの僅かだが、火傷のような焦げた跡があり、小さな硝煙が上がり、「ジリジリ」と少しずつ広がり始める。
それは、火薬のような少量の匂いがしたが、気にも留めずにいた。
(強者の反応があり来てはみたが最後の抵抗がこれとは、協会も落ちぶれたものだ。)
積み重なる石の隙間から、「パチパチ」と小さな音がし、次第に火種は天にも昇りそうな程の火柱となる。
空を焼き尽くすようなその大火は、遥か上空にある魔法壁まで届き「メリメリ」と貫通した。
黒き者は、込み上げる何かが分からぬまま尚もその歩みを止めず進み続けていた。
空中に立ち昇る朱き魔力は徐々に周りを侵食し始める。
協会内部は、広場のような通路がいくつもあり避難所から離れていたお陰で被害が少なくすみそうだ。
(こりゃぁ、勿体ぶるのはやめた方がいいな。)
「まさかこんな所で出会うたぁ、今のところlevel-Ⅲって所か......寿命がどうとか言ってらんねぇなぁ......!!」
【火速炎迅-Ⅱ速】
朱き髪は、燃ゆる火の如く「ユラユラ」と揺らめき、熱く燃えたぎるその魔力は自らを包み込む闘気のように、その身を循環していた。
(魔力機関が身体能力を高め私自身を強化させるが......ここまでの連続使用はまずいが仕方ないな)
「さっきは油断したが......もう1ラウンドだ。かかってきな!!」
「チョイチョイ」と指先を折り曲げ、自らの何倍もの身長差でありながら臆せず挑発を繰り返す。
それに呼応するように、「ヴォォォォオオオ!!」と轟き地響きのような雄叫びをあげる。
その巨体からは想像が出来ないほどの俊敏な動きで突進され、正面からぶつかり、左手で止めたニッシャであったが、「ジリジリ」と後方へ押し出される。
花弁の様に火花が散り、口元から流れ出る血が、痛みを現実化させ唇を強く噛み締め耐え抜く。
お互いの怒号が飛び交う中、いまだその巨体は歩みを止めずニッシャは後方にある壁際まで押される形になる。
左腕は、「ミシミシ」と悲鳴をあげながら、勢いを殺してゆく。
「生憎こっちが利腕なんでね......!!」
右腕を、大きく振りかぶり腕全体から放出される魔力による加速で威力が増した一撃を放つ。
奴の腹部に直撃し、「フワリ」と宙に浮き、後方へ転げ回る。
地面に叩きつけられ、頑強な肉体に「ミシミシッ」と拳程のヒビが入る。
今まで、この体を傷付けた者は誰一人いなかった。
未知の感覚に再び雄叫びを上げると、支柱を力任せに掴み取り、槍投げの如く投擲を開始し、数本の柱が私目掛けて飛んでくる。
あんな大物、目視せずとも回避など容易い。
だが、後方への被害軽減のためニッシャは、次々と投げられる支柱に飛び乗りながら柱を溶解させ、奴まで詰め寄る。
徐々にその距離を縮め、両手に小さな炎を作り上げ2つを合わし小さな爆発を起こす。
目眩ましのように眼前に広がり、一瞬の隙を作り足元へ降り立つ。
魔力を足元へ集中させ、兜虫を台風の目とする。
【炎武二の段‐灼火瞬炎】
「ぐるぐる」と円上に周りを疾走する。
やがて地面には、炎でできた輪状の陣が出来上がる。
灼熱の渦は天地を脅かしやがて地面が溶解しマグマのように活動を始める。
燃え盛る炎には、あらゆる音は消え、ただそこに残る天上の火柱にその身は呑まれていった。
「お前の業は強さによる自身への傲りだ。消えてなくなれ」
劫火は顔を照らしだし、流れ出る血は蒸発と流動を繰り返す。
後方へ飛び下がり、消えゆく様を見る。
熱で床が溶け、「ゴゴゴッ」と爆発音を鳴らしながら、徐々にその身が地へ埋まり出す。
一歩ずつだが、此方へ向かってくるがその重さ故にまるで流砂のように体が抜けなくなる。
踠く素振りはなく、ただひたすらに前進するその姿に敵ながら勝利への執着心を感じたが這い出ようと挙げた腕が埋まるのを見終えた所で私は勝利を確信した。
燃ゆる髪は、通常の朱い髪に戻ったがドレスは高級品もあってか多少のダメージ加工で済み、お気に入りだった、+10cmのヒールはいつの間にか炭になっていたみたいだ。
(こんな無理な闘いかたをすれば何れ肉体が保てなくなるのはニッシャ自身よくわかっていた)
体を巡る魔力は欠損を修復する段階に入る。
ファッション性を重視し過ぎたせいで露出箇所は傷だらけになっちまったな。
通常に比べ、治癒力の速度は、低下しており、癒えぬ体は柱に凭れ掛かる。
「ふぅっ......」とため息を漏らし腕は上がらなくなり、「ダラリ」と力なく宙ぶらりん状態だ。
傷は再生されながらも出血をし続け、流れ出る血の感覚すらなく、魔力の限界を向かえようとした。
「煙草がねぇのが辛いが、今はそれどころじゃないな......かなりいい一撃をもらっちまったな。早く処置しないと身がもたねぇ......」
塞がっていた傷は開き、流れ出る血液はドレス内を通り、「ポタポタ」と滴り落ちる。
奴がいた場所へ目をやり、「コポコポ」と溶鉱炉のように、泡が弾ける様を見る。
顔が火照っているのがわかる、どうやら少し無理をしたようだ。
最小限の被害で、最大のパフォーマンスなんてもんは不器用な私じゃ無理があるがまぁこんなもんだろう。
天井を見渡せば、いつも通りの「サンサン」太陽と周りを見渡せば、「グツグツ」溶岩と「ガラガラ」瓦礫......少しやりすぎたな。
「早く帰って、ミフィレンを「モフり」たいな......」
そんな事を頭の中で「グルグル」させていた。
突然後方で爆発音が響き、咄嗟に振り向いた、私は目を疑う、倒した筈の奴が眼前へ現れたのだ。
黒き肉体は元の形とは比べ物にならないくらい崩壊こそしていたが、先程までのダメージを微塵も感じさせぬその姿は「執念」の他ないだろう。
今の私が出せる全力を出した。
並みの【level-Ⅲ】なら、間違いなくその身を保てない筈だが......
だが、奴は両の羽を大きく広げゆっくりと地に足がついたのを見て確信した。
この状況で自ら、「突然変異」したのだ。
〔超筋力兜虫〕【危険度levelⅢ】
↓
〔焔獄兜武者〕【危険度levelⅣ】
燃え盛る二刀の角はもはや、王の名に相応しい冠となり、古い角は刀のように持ち鋭利かつ頑強な「矛」となり、私の炎が付加したのか燃えてやがる。
マグマと化す炎ですら無意味になり、その肉体は全てを無に帰す、「鎧」となっていた。
「こっちはもう、お前に飽きたんだがまだ遊びたいか?......」
強がってはいるが、心身ともに限界であった。
先端が二叉に別れている刀で私を軽々と持ち上げ、
抵抗できず、「ぐったり」としている私の首を軽々と掴み、煮えたぎるマグマのすぐ真上へ連れてかれる。
徐々にその範囲を広げ落下すれば、発現元である今の私ですら死ぬかもしれない。
無口だったのかシャイなのかわからんが奴は、初めて口を開いた。
「貴様はなぜ強い、どこでその技を身に付けた?」
力への執着なのか、私に興味を示していた。
こんな成りのせいでモテなかったが、ついにモテ期がきたか、なんて冗談めいた事を考えていた。
生まれて一度だって誰かの役にたてなかった。
生まれて一度だって恋なんてしなかった。
生まれて一度だって誰かを守りたいと思えなかった。
生まれて......はじめて小さな命に触れた。
守りたいって、信じたいって思えたんだ。
「てめぇなんかに、教えるかばーか......」
手足の感覚なんてとっくになくなり、「だらり」と力なく揺れる手で中指を立て、奴の顔面に血反吐を吐きつけ、死を覚悟した私はそっと目を閉じた。
首を掴んだ手が離れ、なんとも言えない浮遊感を味わい、体は火の中へ放たれた。
【非常通路兜武者側】
抵抗もなくゆっくりと沈むニッシャ。
小さな火が音を立てながら体を包み込み、その姿を見ることなく強者を求め歩み始める。
「答えも聞けぬまま......か、まぁ良いこの先にさらに強力な魔力の気配がする。そこへいけばあるいは......」
「ズズズッ」と地面を割き、角刀を引きずる音を辺りに反響させる。
己が目指すは、強者の気配がする「避難所」、そこに答えはあると直感でわかっていた。
ニッシャの魔力により、体のあらゆる箇所が削ぎ落とされ再構築し、炎が鎧の様に纏わり、その姿はまるで炎極の武者である。
「避難所扉前」
(ここが、我が求める強者への入り口か)
角刀を両手で頭上高く持ち上げ、一刀両断が如く振り下ろす。
扉は、斬られた箇所から燃え広がり頑丈な扉その物の存在を焼失させたと同時に、強烈な突風が兜武者を吹き飛ばすが、咄嗟に刀を地面へ突き刺し勢いを殺す。
並の魔法ではこの肉体に傷こそ与えないが数Mも後退してしまった。
やがて強烈な風は止み、刀を地面から抜き、立ち上がる。
「なかなかやるではないか、1つ殺す前に聞くとしよう。名はなんと言う?」
目の前には風魔法で空中に浮き、気だるそうなその男は琥珀色と翠の髪をなびかせて寝転んでいた。
「あ~俺?......俺わねぇ......」
【ニッシャ精神世界】
先程の殺伐とした雰囲気とは、うってかわって 光に包まれたように最初は眩しさで目が開かなかった。
やがて慣れ始め、目を開けると妙な感覚があり何処と無く懐かしい気持ちになる。
「ここに来るのも久しぶりだが、アイツがいるんだよな......」
真っ白でなにもない、「天井」もなければ「地面」もない、果てしなく続く空間で永遠と落下しているような気分だ。
疲労や消費された魔力のせいで眠たそうに、欠伸をすると、
どこからか声が聞こえた。
その声の主の姿は決まっていない、だが想像した姿になれる。
今回は昨日デザートに食べたミニトマトになりやがった。
一口サイズのそれは、眼前を蝿の如く目障りに飛んでいる。
そいつは流暢に語りかける。
「やぁニッシャ久し振り!!。ここに来るなんて何の気まぐれだい?まさか......負けたの?うん!!そうか、負けたんだね!!」
明るいテンションのせいで、さっきまでの戦いが笑える位どーでもよくなっていた。
「別にお前に会いに来たわけじゃないんだがな。」
私は、機嫌が悪そうに答えた。というか事実、機嫌が超悪い。
「そう固い事言うなよ。ずっと見ていたが相変わらず甘い戦い方をするよなニッシャはさ♪」
変わらない口調で、続け様に話すが機嫌をとりたいのか喧嘩売ってるのかわからない。
「そういえばさ!初めの代償はなんだっけ?」
ミニトマトは私の周りを「ぴょんぴょん」跳ねながら、周回する。
「うるせぇよ。とっとと消えろ」
目障りな見た目も相まって捨てゼリフのように吐き捨て、大好きなミニトマトが吐き気を催す程、嫌いになりそうだ。
本来の力の20%程しかだせず負けたせいもあるが、それよりもコイツに会うのが嫌だった。
「僕とニッシャはいわば一心同体じゃないか、君がいるから僕はこうして現世に留まれるし、僕がいるから君の能力は常人以上に発揮されいままで負け知らずだったじゃないか?!」
その言葉を聞き入れたくなくて、天井のない果てしなく続く空間を眺めた。
「まぁいいや!!今日は特別サービスで少しだけ力を貸してあげるよ。また欲しくなったらよろしくね!」
まるで取れたてで新鮮さが滲んでるようだ。
気のせいかと知れないが、光沢があるように「キラキラ」してやがる。
ミニトマトは、ギャルゲーの主人公のような台詞をいいはじめた。
「君はそうそう死ねないよ。この大精霊が一部、【炎】の「レプラギウス」様がついているからね!! 」
どうもこの鼻につく喋り方が嫌いだが、ふて腐れながら睨みを利かせる。
「はいはい。わーったよ......」
納得出来ないが奴の力を頼らざるをえなかった私は、一口で頬張ると再び目を閉じた。
【非常通路ニッシャ側】
「気分は、悪くないがちょっとぬるくないかコレ?」
ニッシャは、煮えたぎるマグマに入っている......というか、浸かっていたのだ。
まるで自宅で入浴するように自慢の長い足を組み、泡風呂の様に両手で掬い息を吹き付けていた。
「さてと......奴を探すか。まぁ、随分と分かりやすい隠れん坊だな」
正面を眺めると暗い通路を灯す様に奴への道標が一本のレールの様に、天井付近まで燃え盛っていた。
風呂から上がり、まずやることはというと瓦礫に埋まっているノーメンの救出が最優先だ。
裸足で近寄り、少しだけ「チクチク」感が気になるが、埋まっている瓦礫に腕を突っ込み、胸ぐらを掴んだと同時に外へ放り投げ、「ドスンッ」という音と共に出荷された鮪の様に床を滑る。
近づき、お面の様に真っ白な顔を覗く。
「よぉノーメン、元気してたか?」
私がそう言うと、咳払いが聞こえてくる。
(元気そうに見えるか?もう体がボロボロだ。お前は随分と元気そうにだな......)
と言っている気がする。
「悪いんだけど、犬っころを少し出してくれないか?」
ノーメンは握り拳を開くと右手から小さな犬が現れ、ニッシャは優しくその身を撫でる。
「おー久しぶりだなぁ!!よしよし!ちょっと失礼......おー、有った有った!!」
犬の足には耐熱性のポーチが装着されていてそこから何やら数本取り出す。
口に咥えいつも通り、利手で火をつけ、上に煙を吹き付ける。
「これがないと、始まらねえよな!!ありがとうな犬っころ!!あと、ノーメンは支払いよろしくな~」
(小さな子と話する時だけ、声色変えるのやめてくれないかな)
と少し思った。
ニッシャは手を振ると、小さく手を振り返される。
私はこれから、奴の痕跡を辿って行くわけだが、ミフィレンが心配で少しだけ焦りが見える。
消炭になったヒールの代わりに「トントンッ」と脚を鳴らすと火で出来た靴が現れる。それを履き、道標を足で消火しながら辿る。