第7話【強者の特権】
【応接室内部】
協会人並びに一般人は、避難所にて待機しあとはニッシャ含む6人だけが残された。
広い応接室には静寂さと煙草の匂いが織り混ざりガラス張りの机には山ほどの吸い殻と一杯の珈琲が置かれている。
人の声がしない部屋では、時を刻む針だけが正確なリズムで動く音がした。
珈琲を一口含み、その苦味を噛みしめ、男は物思いにふける。
ニッシャに抱かれたミフィレンが映るホログラムを見つめ深いため息をする。
「奴も、あれ以来変わってしまったな......ここを出て会うのは、実に5年ぶりといったところか。あのニッシャが今や「子」を連れ歩くとは、人というのはわからんな」
「ごそごそ」とポケットから、小さなロケットを取り出す。
「パチンッ」と金属音がし、中には若かりし、「前部隊長」と「老年の男」が笑みを浮かべて肩を組み、ニッシャはその前で頬杖を付きながら寝そべっていた。
懐かしそうに、写真を指でなぞる。
「なぁ「前部隊長」お前が、手塩にかけて育てた弟子は元気だぞ」
そう、小さく言い残し、ポケットへ戻し入れる。
両脇の護衛達には、過去を追想し肩を震わせる男の背中が映っていた。
【協会内部広場】
俺は、夢を見た。それは遠い記憶のまだ幼き頃の自分を見ている。
平凡な家庭で過ごし、何の変哲もない生活を過ごしていた。
形が様々な「点」が不恰好ながら、
互いに手を取り合い、日々少しずつ重なり混じりあい、その繋がりが大きな1つの「輪」となる。
何て事ない事だが、遠い遠い記憶のようなどこか「ほんのり」と心が温かくなるような。
「ほんのり」にしては......熱い?
「うおぉぉ!!」と勢い良く飛び起きる。
(熱ちちちちっ!!?)
顔を起こすと、小さな子犬がノーメンの胸辺りで「スヤスヤ」と寝息をたてながら丸くなっている。
魔力を大量に吸収&放出したことにより、体温が通常の炎と同程度になっているためお気に入りの服が焦げていた。
起こさぬように、両の手で掬いあげ、そのまま手のひら同士を合わせる。
「シュッン」、と消えた小さな命。
手には温もりだけが残されていた。
(これで、ヨシッ!!と......あれから、しばらく眠ってしまったが外はどうなっているのやら)
体を起こし、砂埃を叩き落とす。
顔ほどにも立ち上るあまりの量に「ゴホゴホッ」と咳き込んでしまった。
その勢いのせいか、懐から「ヒラヒラ」と小さな封筒1枚が眼前を飛んでいる。
不器用なため掴み損じたが、ようやく中身を確認する。
これが、【達筆】かと思えるほど美しく気品さえ感じられる文字でこう書かれている。
依頼書以外、誰からももらった事ない紙に意気揚々とする。
小さな鼻歌がお面越しから聞こえる。
封を切り、中身を取り出す。
ノーメンへ
【眠っているだけでなにもしてないみたいだから、罰として今度1発殴らせろ。あとお前の事気に入っているみたいだからその子犬はお前にやるよ。p.s.支払いよろしくな】
ニッシャより
(支払いか......嫌な気がするな)
胸ポケットには、分厚い紙束が入れられていた。
それを広げると、ノーメンの身長並みに長~い紙が地面「スレスレ」な程、伸びていった。
拝啓
〔ノーメン様〕
この度は、ご利用誠にありがとうございました。
【宿泊代】
大人×1+小人×1=5万G
【洋服代】
黒いドレス+蒼&金の子ども服=30万G
【清掃代】
ベットクリーニンング代3万G
【食事代】
3ツ星シェフの特製お子さまセット×1=8万G
最高級お任せフルコース×1=12万G
【その他雑費】
アクセサリー加工代金×1=7万G
計65万G
またのご利用お待ちしております。
「ドンッ!!」という音と共に、膝から崩れ落ち、落胆するその姿は天上から照らされる光と上品ささえある砂埃が相まってか、まるで1つの芸術品のようだった。
後に【燃え尽きる魂】として、協会に銅像が建てられる程絶大な人気を得るのだがそれは後の話となる。
【協会内部非常通路】
ヒールに慣れたせいか、「カッカッカッ」と一定のリズムが辺りに響く。
踝まである長いドレスは、風に揺られ「ゆらゆら」と靡いている。
老婆に赤子を抱かせ、「アイナ」と「ミフィレン」は私が両脇に抱える。
沢山飯を食ったせいか、ミフィレンがやや重たい。
本当は他人の子何て抱きたくないのが本音だが、「助けてあげて!お願い!」何て言われたらしょうがないよな。
ほんとに、あんたと出会ってから私は変わった気がするよ。
「避難所はこの角を曲がった所よ!!」
長い距離を走った老婆の体力は限界であり、息を切らせながら伝えてくれた。
先に角を曲がり、「ヒィィイ!!」と悲鳴が聞こえ、
私は老婆の後を追い曲がり切った所には、腰を抜かす老婆と眼前には2体の危険種が扉前を陣取るように集まっていた。
(変だ...なぜここで集まっているのか、偶然にしては......)
私は考えを巡らすが、結局分からず小さな2人を下ろすと
手の平に火の玉を奴ら目掛け先制を取り、扉前から遠ざける。
隙をつき、ミフィレン達は避難所に名前札を認証させ中へ入る。
〔弾丸蟻〕=【危険度level-Ⅱ】
(並外れた脚力と頑強な顎により、直径170cmの凶弾と化す)
加速飛蝗=【危険度level-Ⅱ】
(その脚は生まれながら得た力であ(見るからに血管が脈打つぶっとい脚は、恐らく速いんだろうな~って私は思った。以上)
2体は挑発に乗り、扉から遠ざかるニッシャを追う。
数分走り被害が及ばない場所で止まる。
指で2体を差し、声高らかに言ってやった。
「速さ自慢が私に勝てると思うなよ?ほら、美人なお姉さんが相手してやるからとっととこいよ!」
決まった......と自己陶酔してるのも束の間、飛蝗野郎が指先から消えている。
勘を頼りに右へ飛び退く。
瞬きほどの間隔だった。先程まで立っていた地面がまるで隕石でも落下したような凹みがあった。
大小様々な破片が飛び散り頬に当たる。
眼前に広がる直径1M程のクレーターを見て、空中で体勢を整えようとしたその時だった。
着地よりも早く、蟻が私目掛け一直線に飛んで来たのだ。
クレーターに気を取られたせいもあって、反応が遅れ寸前で顎を両手で押さえつけその勢いのまま柱に強く打ち付けられた。
衝撃は内部に響き高級な床材に血反吐を吐き散らす。
飛蝗と蟻は余裕綽々なのか追撃をせずこちらの様子を伺っている。
両脇は石の柱で踏ん張りが効き
柱は視角になりやすく影で狙える
おまけに天井が無駄に高いせいで高く跳び、蹴りの威力倍増ってか......
(今の、一撃でしてやられたわけか......)
【協会魔法壁前】
黒き巨影は都へ接近する。
重厚な音が鳴り響き、徐々にその距離を縮めていった。
部隊はおよそ100余名程、勝てない相手ではないと考え同時かつ多数の詠唱を行う。
大規模なその魔法は、植物で肉体を縛り、その身を業火で焼き尽くし、地が割れ、数10tものGが執拗に襲いくる。
「やったのか......?」
魔力は底を尽き、倒したかに思えた。
地形を変えるほど沢山の魔法が放たれたが、
奴はただ歩き、唖然とする隊員達には一切の攻撃を加えることなく平然と横を通りすぎたのだ。
「何を......されたんだ」
「開いた口が塞がらない」とはまさにこの事だが事実、なにもしていない。
王はただ甘い樹液をひたすらに求め続けその歩みを止めることなく、求めるものはただ1つ【究極の死合い】である。
「パァーンッ」と風船でも割ったかのような破裂音がしまるで、元からなかったかの様に魔法壁をその身一つで突破する。
通常、魔法壁はあらゆる事象を想定して作られている。
だが「想像の域を越えた」事が起きたのだ。
自動修復により壁は徐々に穴を埋めていき隊員達は、その黒き背をただ茫然と眺めているだけだった。
【協会内非常通路】
ニッシャは煙草のストック全てを上空へ投げ自分を中心に直径2M程の円を作る。
「くるり」と一周し、蝋燭のように火が灯る。
天井に向かい煙が立ち込める中、静かに戦闘体勢にはいった。
蟻は発射準備を行い、飛蝗はまた消えてしまった。
ニッシャは静かに目を閉じ構えは微動だにせず正面の蟻を向いている。
上空から、「ガンッ」と天井を叩くような音がし、僅かな風切り音を頼りにタイミングを合わせ頭上へ蹴りを放つ。
速度×力=絶大な破壊力を生み出し、飛蝗は形が残らないほどの肉片となってしまった。
「ボトボト」と飛蝗だった物体が落下し、 それを見かねた蟻は弾丸のようなその速度で柱を利用、反射を繰り返しニッシャを撹乱させる作戦にでた。
いまだ微動だにせず、されど構えは解かず「ガンッガンッ!!」と柱が徐々に削り取られていく音だけがニッシャの耳に入ってくる。
風に揺られる煙が、辺りを充満させる。
凶弾は最高速度になり、ニッシャに向かい一直線に跳んでいく。
一瞬の変化を見逃さず煙が自分へ向いた瞬間、目の前に現れた蟻ご自慢の顎を掴む。
「やっと、捕まえたぞ。手間取らせやがって!!」
問答無用で膝蹴りを食らわし、「バキャッ!!」という音と共に顎を砕き後方へ投げ捨てる。
弱った所を全力で殴り付ける。
壁にめり込んだそれを見て一言。
「お前らごとき、魔力なんてもったいねぇよ」
蟻はビクともせず、ただのオブジェへと成り下がった。
一服をしようと床に散らばった煙草を拾い始めたその時、突然地鳴りのように建物全体が揺れ始める。
地割れに数本が犠牲になった。
奇跡的に残った一本を口に咥える。
脆くなっていた柱や天井の一部は崩れ落ち、「ガラガラ」と音を
立てる。
私がせっかく作ったオブジェは壊され、黒く巨大なそいつの手には、見たことある奴が鷲掴みされていた。
「おーい、生きてるかー?支払い前に死ぬんじゃねぇぞ~」
そう投げ掛けると、辛うじで親指を立てて見せた。
(気を付けろ、今までのとはlevelが違っ......)
軽々と投げられ、その姿はまるで壊れた玩具のごとく体が変形し壁へ叩きつけられ、崩れ落ちる瓦礫の下敷きになった。
悲惨な目にあっているノーメンには目もくれず、向き合う。
「あんまし、運動は苦手なんだがこの先には、あの子がいるからな......さぁこいよデカブツ!!」
ニッシャは両の拳を構え、「トンットンットンッ」と小さくジャンプを繰り返す。
尚も、動かぬ黒き者。
〔ニッシャ〕=【朱天の炎】
【危険度level-Ⅳ】
VS
〔超筋力兜虫〕=【黒鎧の暴君】
【危険度level-Ⅲ】
煙草を一気に吸い、勢いよく吐きつけると灰が床へ落下する前に先手を仕掛けた。