第6話【避難所への道行き】
【協会内非常通路】
避難所へ向かうミフィレン達は、ゆっくりではあるが着実に目的地まで近づいていた。
小さな体だが、ニッシャ譲りの熱い心は健在だ。
「お嬢ちゃん、娘達を助けてくれて、ありがとうねぇ」
聞き取りづらい声が前方から聞こえ、それを小さく頷き反応する。
良いことをして、褒められ「ニッコリ」まん丸笑顔をしたら、抱いている赤子が丸顔を見て「ケラケラ」笑っていた」
うっすら髪の毛が見えるほどの頭を撫でると、「すやすや」眠ってしまった。
山の天気のような、赤子にもうすでに、お姉ちゃんの様に接していた。
魔法壁が一瞬消えたことにより、もはや協会内部は安全とはいえず、いついかなる災害が起こらないとは限らないのだ。迅速な対応と確実な判断を誤れば死に直結するこの場面で、誰一人として、戦闘員がいないこのメンバーは自殺行為とでもゆうだろう。
「おばあちゃん!まだ着かないの?」
疲労が募り小さな足は想像以上に進まない。怪我をしているアイナに代わり赤子を抱き走る。
轟音が後方から聞こえる。
ノーメン達がいる広場の方から、鋭い衝撃波が襲いくる。
後方が次々と斬撃の痕が付き2人はミフィレンの「伏せて!」という声を頼りに、体を小さくした。
先程の衝撃で柱は耐久度の限界を迎えたのか、ミフィレンめがけ倒れてくる。
咄嗟に前方にいるアイナへ赤子を投げ渡す。
崩れるように転び、倒柱に巻き込まれてしまう。
判断が少しでも遅ければ、犠牲者は二人だった。
激しい瓦礫の崩れる音に驚き、訳もわからず泣き始める子を抱き締める。「ぺたり」と尻餅をつき只、目の前の惨状を見つめるしかなかった。
「決してあなたのせいじゃないわよ」
そう言って小さな背中を撫で、先に進むように促す。
小さな命を守るため、自らを顧みず繋いだ生命のバトンはこれからもずっとこの先、託されるでしょう。
さっきまで生きていた尊い「命」、そして救われた「命」そういった事を教わった気がした。
「ありがとう。ごめんなさい......」
理解ができず、涙すら出なかった。
後悔だとか、そういった感情が遅れてやってくる。
涙は頬を流れ、「ポタポタ」と赤子へ落ちる。
「おーい!!何してるのー?」
聞き覚えのある声が後方より聞こえる。
「アイナ!何で泣いてるのー?先いこ?」
後ろから声がし、振り向くと魔力により足だけが燃えているニッシャに小脇に抱えられたミフィレンの長い髪が地面に向かい揺れている。
「ニッシャ!頭に血が昇るよー!」
抱えられながら「くるり」と回り、手招きをしている。
崩れた柱から、アイナの後方まで小さな火のレールが伸びていた。
粗方の現在位置がわかっていたため、【火速炎迅-初速-】を使い救出したのだ。
「お前も、中々勇気あるじゃねぇか!!良くやったなミフィレン!」
頭を撫で、褒めると顔を赤くして小さな手で、顔を隠す。
老婆がアイナを介抱し、立ち上がる。
「これで涙拭きなよ!」
ミフィレンは小さな花柄のハンカチを渡すと「レッツゴー」と言って避難所の方を指差す。
「あなたには呑気過ぎて泣けてきたよ......」
老婆の手を借り、涙を拭うと小さく笑って歩き出す。
【協会魔法壁前】
「くそっ!!応援はまだかー!!」
隊員達の怒号が飛び交う中、一人、また一人と着実に人間が減っていく。
【精鋭隊200人→177人】
【討伐隊300人→198人】
「まずは確実に倒せる軍隊蜂をまとめて拘束し炎魔法で焼き払え!!全部隊、隊列を整え襲撃に備えよ、バラバラになればこちらが不利だ!!一体ずつ着実にに潰すぞ!!」
【部隊長】クラスが精神感応を使い伝達を行う。
「奴等は完璧な組織で動いているが所詮虫だ!!何処かで群れを統率する女王を無力化せよ!!」
合図と同時に数名が詠唱を唱える。
地中から植物が折り重なり1つの巨大な手が現れ、大きく凪ぎ払うが、軍隊蜂は全軍一斉に特攻し、その姿はまるで1つの生物の様に植物の隙間を通り抜け部隊へ襲いかかる。
「ババババッ!」と羽と植物が擦れる音が辺りに鳴り響く。
先頭がすり抜けた途端に、有象無象の蜂達は道に迷ったように「ぐるぐる」と空中を旋回し始めたのだ。
主を失った奴隷達は、女王の後を追うように霧散していく。
女王蜂は他の蜂達に比べ約1.5倍、体が大きい。
それを利用し、【入り口】、【出口】は植物の交わりが大きく、中央は狭めていたのだ。
勢い良く特攻した蜂たちは、巣の主たる女王を置き去りにしたのだ。
よって、突入された段階でその隙間を無くし、植物達が織り成す檻は女王蜂その物を無力化に成功したのだ。
第2陣が炎魔法で焚き付け植物が親指を立て「パチパチ」と燃え上がるその様は少しではあるが隊員達の心に【勝利】という【希望】が見えていた。
「やったぞ!作戦成功だ!」
隊員達が喜ぶのも束の間だった。
「大変です!!部隊長!!前方より物凄い速さで何かが接近しております!!」
探知を使うが、「前方」、「上空」と激しく燃え盛る物体しか視界に入らず、困惑する隊員達。
「違う!下だ!!下に何かいるぞ!」
地中から、巨大な2対のハサミが現れる。
部隊は、地中から死蠍が出てきたことにより散り散りになってしまう。
隊列を組み直せ!と言う合図も虚しく「ぐるり」と一蹴する。
全長11Mもあるその体は横一線に隊員達を吹き飛ばすと地面に激しく打ち付けられる。
全身を強打し気絶する者、内臓を損傷し血反吐を吐く者がいた。
そんな中、諦めてない者がいた。
「くそっ!!反撃の狼煙をあげるぞ!いくぞお前ら!!」
意気揚々と高々に腕をあげる!
上がらない!?地面についた、手足は何かに捕まれたようにビクともしない。
叫び声をあげる隊員達は一体自分に何が起こったのか理解出来ずにいた。
地面から静かに現れたのは、劇毒蜘蛛、その自慢の糸を、周囲へ張り巡らせ獲物が掛かるのを「ジッ」と待っていたのだ。
「ジリジリ」近づき恐怖のあまり泣き叫ぶものもいた。
捕食は一体ずつ糸を綺麗に巻き付け、消化液を体内に流し入れる。そうすると獲物の体内は「クリーミー」な流動体になり丈夫な骨でさえ、食べやすいとされている。
獲物は背中に備蓄する習性を持つ。
その糸の粘着性と汎用性もあり【攻撃】【防御】【罠】と用途は様々である。
前方に死蠍、後方は劇毒蜘蛛
男達は、前へ進まなければいけなかった。
【精鋭隊】177人→140人(捕縛23)
【討伐隊】198人→128人(捕縛37名)
前方では、視認できない、蠍の鋏が「カチカチ」と鳴り、見えぬ強者に弱者は後方へ下がらざるをえなかった。
蜘蛛は「ゆっくり」と確実に【捕食】&【備蓄】を繰り返す。
幸いにも、蜘蛛はどうやら狩りへの参加はしないみたいだった。
仲間を使い、己は無傷のまま甘い汁を啜る。
形は違えど、種族は同じであり【蠍の誘導】、【蜘蛛の捕食】は自然界の中でも完成された計画となりえる。
蠍の装甲は強固であり、弱点とされる炎や氷でさえその装甲に歯も立たないでいた。
「部隊長!もうもちません!これ以上は我々が全滅してしまいます!」
部隊長はポケットから、1枚の写真を取り出す。
それは、何気ない風景を切り取られたものだった。
只、当たり前で、変わった事はなく誰が見ても【平凡】と言えるだろう。
そんな1枚の写真は彼にとって何よりの宝だった。
隊長は、隊員達に合図を送り特攻をかける。
「お前たち、今......行くぞ!!」
部隊長は強者でなければいけない、
訳ではない。隊を導き【最良の判断】、【最善の
作戦】を立て【最小の犠牲者】、【最高の勝利】を皆と分かち合い生き抜くのが役目だ。
単身走りだし、蠍の元へ飛び込む。
見えぬ両の鋏は鞭の様にしなやかに襲いくる。
それを己が戦場で磨いた、「感覚」のみで回避する。
高速の、連撃は体力を奪い反撃する余地をも奪っていた。
「駄目だ!いくら隊長でも一人では到底......」
誰かが弱音を口にした。
「バカ野郎!俺たちが信じねぇで誰が信じるんだよ!いつだってあの人が何とかしてくれただろ!信じろ......そして、俺たちの部隊長は必ず......成功させてくれる!」
部下を守るため、単身強敵に挑む姿は勇気を与え、もはや絶対絶命の中誰一人としてこの戦いを諦める者はいなかった。
都を守るため、そしてなにより、愛する家族のため。
男達は、彼に命を捧げる事を誓う。
「装甲は破れず、中途半端な攻撃では地中へ潜り逃げられるかもしれん。やるなら一撃で倒さねば」
思考は比較的穏やかであり、ただその時を待っていた。
【部隊長今です!!!】
合図と共に蠍目がけ火の玉が集中する。
時間にしてわずか数秒、だが部隊長は見逃さなかった。
それを難なく防御し先程の獲物を体中の体毛で探知する。
物凄い勢いで、何かが遠くへ移動しているのがわかる。
僅かな風の動きを読み獲物を捕らえる蠍だが、その敏感さ故に突進をする。
「ドシンドシン」とそれを追い詰める。
性懲りもなく、下方から攻撃をされ、同じように両の鋏が前方を切り裂く。
突然鋏が動かなくなり戸惑いを見せる。尚も前方から攻撃され痺れを切らし、猛毒を含む尻尾を前へ突きだす。
「ブスリ」と鈍い音がし勝利のポーズが如く高らかと獲物を上空に掲げる。
すると突然、上空から大量の溶解液が降り注ぐ。
身動きができず対処出来ぬまま液体にまみれ蒸気が立ち込めるなかそこには2匹の姿はなかった。
「どうやら作戦は成功したようだな...またお前たちに救われたよ」
部隊長は後方を振り返り、もはや形もない消え行く者達を眺めていた。
作戦はこうだった。
蠍を誘きだし、一部の詠唱部隊が氷魔法で蜘蛛までの一本道を作りそこを部隊長が滑りながら攻撃を仕掛ける。
蜘蛛の腹下まで伸びた氷の道標は糸の干渉がなく危険ではあるが、食料を備蓄していたため標的にならずに済んだのだ。
蠍が目の前の敵を倒そうと鋏を振るったその先は、仲間であるはずの蜘蛛の脚であった。
食事を邪魔された蜘蛛は糸を吐きつけ、蠍は身動き出来なくなり最後の手段である尻尾を使い獲物を突き刺したのだ。
連戦により、体力、魔力はとうに限界を迎えていた。
500名いた仲間達は、3分の1を切り最早ここが限界を越えていた。
だがその部隊を嘲笑うように、屈強な豪腕を組み、仁王立ちをしている強大な影。
蠍、蜘蛛、蜂、それらすべては、奴の前座に過ぎない。
弱者は強者に従い、また強者は弱者を従え、自然界の法則は「力」により蹂躙される。
王は弱者には加担せず
己が道を突き進み、絶対的な勝利を手にする事が許される。
【動かざる事、山の如し】
勝利を約束された昆虫、その名は、超筋力兜虫、昆虫の王者は戦地へ降り立つ。