第60話【誓いの前日編その3】
きっとアイナは、自分では掴めない幸せを何処かで羨ましく思い、それが膨れ憎悪となっていたのだろうか?真相は定かではないが、そう告げた彼女の顔には穏やかな表情が見てとれた。目線を下に落とし、振り返ると歩みを再び進める。
この時、バルクスの心の中に巣食うもの、それはまさに悲壮感の他なく、仇とはいえ尊い命を終わらせ、その後悔と言う十字架を背負いながら、自らの命を賭し死へと向かう様に、唇を噛み締めその後ろ姿をただ漠然と、見ている事しか出来なかった。
【精神の滝】
ミフィレンはニッシャが滝に飲まれ、姿が見えなくなっても立ち続け、そこにアイナへの憎悪や復讐心と言う感情は微塵もなく、少しでも安心して眠れる様に、いつも褒めてくれた【笑顔】と元気な【姿】を見せる事が、今の弱い自分に出来るせめてもの償いであり、精一杯の愛情だった。
しゃがみ込んで水面を覗くと血が混じり淀んだ水が、穏やかな流れと相まって複雑な気分にさせ、悲しさで落涙する度に小さな波紋が幾重にも広がり、美しい模様が出来上がっている。
途方もない時間が経過した様な感覚に陥りながら、その光景を「ジッ」と見つめ、そこに現れたのは【夢】か【現】か、はたまた【幻】なのか?―――ニッシャの姿が浮かび上がり、笑顔でこう言った。
「よぉ、ミフィレン!!何、泣いてんだよ。可愛い顔が台無しだろ?あんたは小さいけど、どんな物にも立ち向かう強い子だし、短い間とはいえ今は、「私の子」だ。あんたのそんな顔―――私は見たくないよ……」
水の中のニッシャは、変わらない愛情と温もりを与えてくれる様で余計に涙が止まらなくなり、その姿は流水と共に消えてしまった。
【ニッシャ精神世界】
頬杖を付き、寝ながら白い空間に包まれたニッシャは、永続的な浮遊感と果てし無い景色に、嫌気を感じている真っ最中だった。
「レプラギウスの姿は一向に現れないし、何だかつまんねぇの……」そう呟いた矢先、辺り一面の白は徐々に自然の緑と空の青へと変わり、懐かしい景色が眼前に広がり始める。
寝っ転がっている横に大きな体が座り込み、これまた大きな声を出してこう言った。
「お前とまた話せる時が来るなんて、人生分からないもんだな……まぁ、俺もう―――死んでるけどな!!」
「ガーハッハッハッ!!」と豪快かつ勝手に笑うドーマの髭面を、半ば呆れ顔で見ているニッシャだった。
(この時のニッシャの本体は精神の滝を介しており、己の潜在意識の中にいたのだ。)