第59話【誓いの前日編その2】
【屋敷内廊下】
ミフィレンを【精神の滝】に一人だけ残し、足早と自室へ向かい、深刻そうな面持ちで赤子を抱くバルクスと、あれほどの事がありながら冷静沈着な素振りを見せるアイナの、二極端な2人の姿があった。
「まだ幼い子ども置いて出て来ちゃいましたけど、本当に大丈夫ですか?」
190cmもある大男が130cmのアイナに対し、半ば身を引きながら話かける様は、他人から見ればまことに滑稽だが、二人の間には主従関係とも取れる目上に対する者への、上下関係が出来上がっているのだ。
「あの子は平気よ」
歩く速度を緩める事もなくされど目も合わせず、吐き捨てる様にそう言うと、そこで会話が止まってしまった―――数分ほどの沈黙が続き再度口を開けたのは、1度己を押し殺したバルクスだった。
自室へ向かう歩みを止め、眠っている赤子を起こす程の声を、腹から出す勢いで発言した。
「すみません……俺には何が正しいのかわかりません。何か事情があり、ドーマ部隊長を殺害したのかも知れませんし、だからと言って復讐をするだとか、罪を償って死ぬというのはあまりにも……残された者にとっても苦しいと思うんです。」
艶のある黒髪を揺らし、長い廊下を震わせるような魂の【叫び】は、仏頂面のアイナに届いたか定かではないが、小さなため息に混じって重い口を開けた。
「人はね、愛情を知って強くなる生き物なの。親から子へ無償の愛情を注ぎ入れ、成長した子は何れ親となり、注がれた分の愛情を後世へ与えるの。子どもってね……いくら一人前だとか、巣だったとか言われてもね、親からしたら死ぬまで子どもなの。それこそ永遠だと思ってた愛情が急に断たれて貴方は我慢出来るかしら?」
強い口調ではないが説得力があり、再び押し黙るバルクスに対して、続け様に話し始める。
「だけどね…何故、万物の一種である精霊【炎のレプラギウス】が父の娘である私ではなく、彼女を選んだのか?。少し分かった気がするわ。人を恨み復讐だけを信じ生きてきた私じゃ……あの子をあんな屈託のない笑顔には出来ないもの―――」