第48話【子育て日記二日目】(アイナ激闘編その1)
「へ~、いつもニコニコちゃんのあんたでもそんな顔出来っ―――」話し掛ける間も与えられず、脚を力強く握られると壁側前方へ力任せに投げられる。
宙を浮いて呑気に木目調の綺麗な床材が、容赦なく鼻先の所まで迫ってくるのを呑気に眺めていると―――
受け身を取る隙を与えてくれないアイナは、浮遊している私の背中に乗り、全体重を込めた拳を果敢に後頭部へ降り下ろしていく。
一発を貰う毎に叩きつけられた顔で地鳴りが起こり、その轟音は道場内で増幅され力を増した衝撃は、人や照明を大きく縦横無尽に揺らしている。
息もつかせず左手で自慢の朱髪を鷲掴みにされ、私の背中から片足だけ降りたアイナは、スピードをもろともせずに急ブレーキを掛けると、間髪入れずに背負い投げの要領で反対方面に投げる。
己自信で空を切る音を耳で感じながら咄嗟に体を捻らせ、破片を口から吐き出し、正面を向いた私が見たのは天井へと飛び、壁を力強く蹴った事による反動を使った【垂直落下式の蹴り技】を仕掛けるアイナの姿だった。
直撃を避けるため両腕を胸の前でXさせ、完全受け身で衝撃に備える―――が、着弾と同時に感じたのは、いつも笑っているイメージだったアイナの紛れもない【殺意】と130cmと小柄な体躯から繰り出される圧倒的【重圧】で、床が陥没し、まるで隕石が飛来した様なクレーターが、ニッシャを中心に広がり始める。
建物全体を揺らすほどの威力のせいか、口元から血が飛び散るとアイナの右頬を掠め赤い線が耳元まで出来ていた。
そんな強烈な一撃を貰った私だが、悪運の強いことに幸い急所は外れ、防御に徹したおかげで致命傷も免れたが、お陰様で内部の骨が数本イッちまったみたいだ。
踏みつけた脚を腕から退けると、後方の開口へ飛び乗り、数Mも沈んでいる私を鼻で笑う。
「こんな、弱い人間に私の大好きなパパが殺された?……笑わせないでよ!!」
悲痛な声が雑に出来た穴を通る様に反響しながら微かに聞こえる。
薄れ行く意識の中、下から覗いたその先には、心が黒く歪んだ彼女の姿を確認出来る。
見間違いでなければ、人の暖かさをもった雫が頬を伝い、数秒の沈黙後に私の口元へ落涙した気がした。