第47話【子育て日記二日目】(アイナ回想編その2)
辛くなった時や壁にぶち当たった時、今でも目を閉じれば、親子三人で仲良く過ごしていたことを思いだして束の間の感傷に浸る。
【アイナの記憶】
大木と似て非なる、【剛腕】に散らかり放題の【髭】、【漢】と言う字がこれほど似合う人間は、恐らく世界で幾人といないだろう。
「パパさぁ、相変わらず煙たいんだけど―――加齢臭と合わさって最早テロそのものだよ?」
年頃の娘を持つパパの宿命だろうか、久しぶりに口を開いた愛娘から、突如として浴びせられる誹謗中傷は、任務で疲労した体に深く突き刺さった。
「ハッハッハッ!!お前も中々酷いことを言うじゃないか?そういえば、ウチの部隊にもアイナと同じ年頃の子がいるが、その子には、【生きる公害】なんて言われてさ、パパ思わず500人いる部下達の前で泣いちゃったよ」
そう言って豪快に笑っていたのだが、しばらくすると「思い出しただけで泣けてきた」とか言って、泣いたフリして抱きついたパパの顔を足蹴りにするのが日課だったっけ?懐かしいな……そしてメソメソしている、頼りない部隊長を慰めるのが私の役目だった。
「もー、いちいち泣かないの……ね?立派な大人でしょ?17才の可愛らしい愛娘を持つ、一家の大黒柱でしょ?しっかりしてよ!!」
酒をのみ過ぎたせいもあってか、いつもより執拗く、内面が大人びている私は仕方がなく介抱をしていたら、夕食を作っている台所の方から、母の声が聞こえた。
「あらあら、また泣いちゃったの?そんな状態じゃ、アイナの方が親みたいね」
母は、私よりも冷たく父を配うと目を一切合わすことなく、食卓に手作り料理が豪華に並んでいく、そう―――毎日遠征へ行き、まともに帰らぬ父だが1年に1度、今日だけは特別な日であり、忙しい合間を縫って帰ってきたみたいだ。
不気味に笑う髭面は、乙女心を分かっているかのように「セルフドラムロール」を奏でながら、思い出したようにポケットを探ると、差し伸ばされた何かを受け取り、少しだけ期待して手を覗くと、煙草の箱が一つだけ申し訳なさそうに開封された状態で渡された。
「アイナ17才の誕生日おめでとう!!これは、パパからのプレゼントさ!!」
それを見て硬直する私と、鬼の形相で刃物を振り回す母のどこにでもある平凡な日常はこの日を境に狂い始める。
【屋敷内道場】
今、目の前には私の大嫌いな煙草と炎の魔法使いが我が物顔でこちらへ向かってきており、嗅ぐだけではなく、一目見ただけで、あの時の父の顔が頭の中でチラついて、自分が保てなくなる―――だから、煙草は嫌いなんだ。
過去を思いだし焦点が合わぬアイナだが、そんなことは露知らずのニッシャは、脳天直下の踵落としを繰り出す。
「真剣勝負でボーッとしてると、もう終わっちまうぞ!!」
頭上直撃手前に正気を取り戻したアイナは、持ち前の動体視力で軌道を見抜き、鍛え上げられた細い腕で間一髪ガードをすると、衝撃のせいか床が数cm陥没する。
「私は今凄く機嫌が悪いの―――死にたくなかったら、本気で来なさい?」
そう言ったアイナの瞳には、ニッシャ以外の標的は映ってなかった。