第42話【子育て日記二日目】(組み手編その5)
「開いた口が塞がらない」とはまさにこの事であり、弟子達は美しい女性が意図も容易く、自身よりも体格で勝っているであろう格闘家を、まるで風船でも飛ばすように宙へ浮かせたのだ。
「ちょっ……待っ!!―――」敗北を認めた男の悲痛な声は誰の耳にも届かず、体重も十分にある190cmの大柄な体は、【くの字】になりながら勢いよく30M程先の、道場内壁まで吹き飛ばされ、その先にいたのは―――
壁との衝突寸前アイナの【幼い悪戯】により間一髪、大事故は免れたに見えた……が、戦意喪失し醜くへばりついた男が、見えない手で摘ままれる様に投げ捨てられると、険しい顔のアイナが眉間を震わせながら、こちらを見ている。
「私の気のせいかしら?あなた今、態とこちらへ飛ばしたわね?」
構えを解き悪気がなさそうに、頭を掻きながら「チッ」と軽い舌打ちをした後で息を切らさず話し出す。
「悪い悪い、当てるつもりでぶっ飛ばしたんだけど駄目だったわ!!お互い思うことは有るだろうが、そろそろ私の相手してくれないかな?」
それを聞いたアイナは見下すような目付きをし、生意気なニッシャに対して正論を告げる。
「ここは、実戦経験はなくとも協会内で優秀な魔法使いを育成する場よ?それこそ何れの部隊長クラスがわんさかいるね。そこのトップに君臨する、王様といきなり獲れるわけないじゃない?」
「アイツそんな強い奴だったの?」と半ば冗談の様に聞き入れ、おもむろに指を周囲の弟子達へ向けると、1人ずつ数え始めるニッシャ。
「1、2、3―――99、100……ちょうどさっきの奴と審判も含めて100人居るようだな。よーし!!」
屈伸や腕を回す準備運動をした後、ここへ来て初めてまともに構えたニッシャは、手の甲を弟子達へ向け指を折り曲げ挑発をする。
「1人ずつじゃ私には勝てないぞ?綺麗で優しいお姉さんが相手してやるから10人纏めてかかってきなさい―――」
余程、暴れたいのか今日一の笑顔をすると、開戦の合図の間もなく一対多の状況に強制的に用いる。
いつにも増して闘志を剥き出す、ニッシャの頭上数メートル付近では、広い天井のキャンパスを自由に彩る絵の数々と2人の仲の良い子ども達が時折、宙で飛び回り、跳ねながら遊んでいたのでした。