ドジっ子な彼女は生徒会長になりたい
どこにでもある学校、どこにでもいる学生の中、彼女はそこにいた。
「ごめん、ドジ子。ちょっと消しゴム貸して。」
「ドジ子ー。そこのボール取ってくれなーい?」
ドジ子と呼ばれる女子高生。もちろん本名ではない。本名は薫坂風花。ドジ子はあだ名である。
そのあだ名の通り、彼女はドジっ子なのであった。電車を乗り過ごしたり、はたまたなぜか目的の駅の前の駅に降りたりし、遅刻をよくしていた。また、極度な方向音痴で、慣れているはずの校内でさえ行き先を間違えることがよくあった。そして何もないところでよく転んだりと、典型的なドジっ子体質なのであった。
彼女自身はそんな自分を特に気にすることはなく、ドジ子と呼ばれることにも抵抗はなかった。実際、ドジ子というあだ名も馬鹿にされているというよりかは、むしろ愛称に近い形で呼ばれているものであった。
そんな中、唯一彼女をドジ子と呼ばない生徒がいた。同じクラスメイトで親友の城ヶ崎美緒である。
「ふうかー。今回の中間テストどうだった?」
「ふふん。驚くことなかれ!」
「おおー。やけに自信満々だね。」
「全教科赤点ギリギリ回避!」
「・・・。それって、自慢気に言えること?」
「ええー、なんでー?赤点取らなきゃ留年の心配はないでしょう?」
「いや、そりゃそうだけどさ。それで満足しちゃあかんでしょ!」
軽くチョップをする美緒。
「痛い!ひどいよー、みおちゃん。むしろギリギリで全教科赤点を回避するってすごいことなんじゃないかな?」
「あんたのそのポジティブシンキングは確かにすごいわね。」
「どこかのアイドルグループだって、ギリギリでいつも生きていたいからって言ってたよ。」
「それとこれとは話が別でしょ。」
「そういう美緒ちゃんはどうだったの?」
「まあ私もだいたいどれも平均点くらいだったから、あまり偉そうなことは言えないんだけど。」
「平均点⁉すごいよみおちゃん!」
「いや、すごくはないわよ。」
少し呆れた表情でしゃべる美緒。
「それにあんた、どうせまたいつもの感じで大量の減点くらったんじゃない?」
「よくわかったね、みおちゃん!もしかしてエスパー⁉」
「これでエスパーだったら、私は将来世界を救えるわ。」
いつもの感じとは、テストでのケアレスミスのことである。ドジっ子である彼女は、テストでも当然のようにドジをするのである。解答欄の書き間違えは朝飯前、アイウエの選択肢をABCDで解答、挙句の果てには一度正解を解答欄に書いても、途中で自信がなくなっていちいち消しゴムで消して空白で提出するということもよくあった。
「あんたそういうところがなかったら、たぶん平均点以上いってるんじゃない。」
「えへへ」
「いや、照れるとこじゃないから。」
そう、彼女は決して頭が悪いわけではない。ドジなのである!(迫真)
そんなドジっ子な彼女であったが、彼女にとって大きく人生を変える日がやってくる。
「というわけで、生徒会長に立候補したい人がいたら、先生のとこまで直接言うように。」
ある日のホームルーム、担任の先生がそう言った。
「ねえ、みおちゃん。生徒会長なんてすごくめんどくさそうなもの、誰がやりたがるのかな?」
「それは、この学校を良くしたいとか、本能的にそういった感情が働く人がやるんじゃないかな。まあ、私もそういう人の気持ちは到底理解できないけどね。」
「違うよみおちゃん!私わかった!進路で有利になるからだよ!」
「・・・、まあ、完全なはずれってわけじゃないだろうけど・・・。」
「そんな不純な理由でなっちゃダメだと思うなあ。」
「いや、あんたのその発想が不純なだけであって、実際になる人はそんなこと考えてないから。」
「そういうものかなあ。」
「そういうものなの!」
美緒にそう言われると、風花は何もしゃべらなくなった。しかし、しばらくすると彼女は再び口を開いた。
「わたし・・・なる。」
「は?」
「私、生徒会長になる!」
「はあ?」
「先生!私生徒会長に立候補します!」
彼女はそう大声で先生に向かって発言すると、教室内は騒然となった。美緒も驚きの様子を隠せない状態であった。
「え⁉ドジ子が生徒会長⁉」
「いや、無理でしょ。」
「ちょっとドジ子ー、くだらない冗談はやめてよー。」
次々とクラスメイトの発言が飛び交う。その状況を見て、教師は一旦その場を落ちつかせようとした。
「薫坂、本当にやりたいんだな。」
「はい!やりたいです!」
「わかった、じゃあそういうことで進めさせてもらうから。はい、みんなも静かにして!ホームルームはこれで終わりにするよ!」
ホームルームが終わってもしばらくざわめきは止まらなかった。ドジっ子な彼女が生徒会長に立候補するということはそれほど信じられない出来事なのであった。
その日の下校時、美緒は生徒会長の一件についてしゃべり始めた。
「あんたどうして急に生徒会長やるとか言い出したの?さすがに私もびっくりして何もしゃべれなかったじゃん。」
「どうしてかって聞かれると、はっきりした理由はないんだけど・・・」
数秒、間が空く。
「私、変わりたいなって、そう思ったの。」
「変わりたい?」
「うん。私このままでずっといいのかなって。とにかくなにかに挑戦して、今の自分を変えていかなきゃダメなんじゃないかなって思って。」
「それで生徒会長?ちょっと挑戦する目標としては大きすぎるんじゃない?」
「どう言われても、私は挑戦するって決めたの。なれるかどうかはわからないけど、後悔だけは絶対しないもん。」
「まあ、あんたがそこまで言うなら、止めはしないけど。」
学校から帰宅すると、風花は早速母親に今日の一件について話し始めた。
「お母さん。わたし生徒会長になるから。」
「は?急にどうしたの?」
「だから生徒会長に立候補したの。」
「風花が生徒会長?なに馬鹿なこと言ってんの。無理に決まってるでしょ。」
「無理じゃないもん。わたし頑張るもん。」
「そんなものにならなくていいから、勉強をもっと頑張りなさいよ。母さん、風花がちゃんとした大学に入れるか心配で仕方ないんだから。」
まともに話を聞いてもらえない風花であった。
あまりに素っ気ない態度を取られた風花は少し不機嫌になった。そして、そのことにより生徒会長を目指すという決心がより強くなった。
「(私だって、頑張ればできるもん。)」
こうしてドジっ子な彼女の大きな挑戦が始まるのであった。
そして、彼女が立候補をしてから数日後のことである。
「全校集会で演説⁉」
「当たり前でしょ。上級生だってそういうのやってたのあんたも見たでしょ。」
「そういえば・・・そうだったかも。うえー、そんなのやだよー!」
「ドジっ子というか、能天気というか、あんたそんなことも覚えてないで立候補したわけ?ちょっと考えが甘いんじゃない?」
「みおちゃん一緒に演説の内容考えてー!」
「いやじゃー。あんたが決めたことなんだから全部あんたがやるべきでしょ。」
「みおちゃんのケチ!もう宿題見せてあげないから!」
「いや、見せてもらったことないんだけど。」
全校集会の演説。生徒会長を決めるにあたって、その生徒が今後学校をどのようにしていきたいか、目標やその方法を述べ、その生徒が本当に生徒会長としてふさわしいかどうかを判断する行事である。生徒会長の立候補者が複数名いる場合は選挙としても扱われる。
「そういえば、他に立候補者いるのかな?」
「さあ。」
「みんな席について!朝礼始めるよ!」
担任の先生が教室に入り、いつものように朝礼が始まった。しかし、彼女にとってはいつもの朝礼ではなかった。
「この前の生徒会長の件だけど、立候補者の数が決定したよ。人数は四名。一人はもちろん誰だかわかるよね。」
クラスメイトの数名が薫坂風花の方へ向く。彼女は戸惑いを隠しきれない表情になった。
「四名⁉」
「あちゃー、こりゃ絶望的だわ。」
二人がそうしゃべると、先生は話を続ける。
「残りの三名は別のクラスの生徒で、とりあえず名前だけ読み上げるよ。天野みずほ、藤田美恵、進藤由香。」
「進藤由香⁉」
美緒は驚いた表情でその生徒の名前を言った。
「え、知ってるの?みおちゃん。」
「知ってるもなにも学年成績トップでよく名前が挙がる人だよ!やっぱり生徒会長ともなると、そのくらいのレベルの人が出てくるんだわー。」
「ええー、そんなの反則だよー。レッドカードで退場させようよ。」
「あんたこの状況でよくそんな冗談を・・・。」
呆れた表情をする美緒。そして風花の肩を叩き、
「風花、あんたはよく頑張ったわ。」
「ええ!まだわたし何もしてないのに、なんでもう終わったことになってるの!」
その日の休憩時間、風花と美緒が二人で廊下を歩いていると、見知らぬ生徒が彼女達に近づいてきた。そして、その見知らぬ生徒は風花に話しかけてきた。
「あなた、薫坂さんでお間違いないかしら。」
その表情はどこか堂々とした顔つきであった。初対面の人に話をかけるような謙虚さがあまり感じられなかった。
「そうですけど、そういうあなたは?」
風花がそう聞き返すと、その生徒は驚きの表情を見せた。
「わたくしをご存知でない⁉まあまあ、これだから凡人は話が通じなくて困りますわ。」
「だから誰だって言ってんじゃん。」
美緒が少し不機嫌そうな顔でそう言うと、その生徒はようやく自分の名前を名乗った。
「進藤由香と言えばおわかりかしら。」
彼女達は驚いた。学年成績トップの遠いような存在の人物が今目の前で彼女達に話しかけているのだ。
「進藤由香⁉」
「って誰だっけ?」
まだよくわかっていない風花に、美緒と進藤由香は少しずっこけそうな体勢になる。
「さっき朝礼の時私が学年成績トップの人って説明したばっかでしょうがああ!あんたはもうドジっ子とかいうレベルを超えてるわよおお!」
「ちょっと、ごめん苦しいってば、わかったよみおちゃあん。」
チョークスリーパーを風花に決めながらしゃべる美緒。風花は苦しそうに美緒の腕をタップする。
二人のやり取りに少し動揺する進藤由香であったが、すぐに冷静になり、会話を続けた。
「まあなにはともあれ、やっとわたくしがどのような人物かおわかりになりましたようね。それでしたら、わたくしがなぜあなた程度の人間にお話をしているかおわかりでしょう?」
風花は、彼女の上から目線な態度を一切気にすることはなく、進藤由香が話しかけてくれたということに対してうれしそうな表情になっていた。
「わかった!同じ生徒会長の立候補者としてのあいさつだね!」
「まあ、そういうことでだいたいあっているんですけど、ちょっと勘違いなさっているみたいですわね。」
風花はよくわからないといったような表情を見せた。
「あなた、さきほどのやり取りでも見てわかりますように、クラスではドジ子とか言われているくらい哀れな生徒みたいですわね。そんな低レベルな人間とわたくしが同じ舞台で戦わなければならないだなんて、それだけでもものすごく失礼に値することなんですのよ。わかります?」
その言葉を聞いた瞬間、風花の側にいた美緒は怒りを露わにした。
「は?あんたなに言ってんの?」
「あらあら、まあ怖いですこと。やはり低レベルの人間にはこのようにすぐ怒ってしまう低レベルなお友達がついてきてしまうのですね。類は友を呼ぶ、といったところでしょうか。まあそれはさておき、わたしくしは薫坂さんがお早めに辞退した方が身のためと言っておりますの。要件は以上ですので、失礼させていただきますわ。」
そう言うと、彼女はどこかへ行ってしまった。
美緒は彼女の態度に怒りを抑えきれない状態になっていた。
「なによあいつ!感じ悪いってレベルじゃないわ!成績優秀者ってああいう高飛車なやつが多いわけ?風花、あんなやつの言うこと絶対気にしちゃだめだよ!」
「え、なにが?」
風花は全く気にも留めていない様子であった。嫌味を言われたということを理解していないのであろうか、そんな表情であった。美緒は拍子抜けな状態になりつつ、自分が怒っていたことを馬鹿馬鹿しく感じていた。
そして、とうとう決戦の日がやってくるのであった。
生徒会総選挙当日。
「風花、あんた大丈夫?」
「大丈夫だよ、みおちゃん!ちゃんと演説すること紙にまとめてきたし。」
「お、まじかー。ちょっと見せてよ。」
風花はドヤ顔で演説用の紙を美緒に見せる。
「へー、あんたにしてはよくできてんじゃん。」
「あんたにしては、は余計だよー。でもこれで一位は間違いなしだね!」
「いや間違いなしかはわからんけど。」
そして、ついに演説の時がやってくる。演説は全校集会同様、体育館で行われる。
風花達が通う学校では立候補者の演説だけではなく、推薦者の演説も行われることになっている。立候補者の各々が自分の推薦者を用意し、推薦者はその立候補者がいかに生徒会長にふさわしいかを演説する。つまり、推薦者の演説も選挙の結果を左右する一因となるのである。推薦者の演説は各立候補者の後でそれぞれ行われる。
風花の推薦者は当然、美緒であった。美緒はめんどくさがりながらも親友として断ることができなかったので、しぶしぶやることになった。
よって、立候補者四名と推薦者四名の計八名による演説が行われるのである。風花は立候補者の中で一番最後の順番であった。すなわち、美緒が演説の中で最後になるのであった。
「(なんか私がとりみたいでやだなー。)」
少しやる気のないテンションでそう思う美緒であった。そもそも、美緒の本心は、風花が生徒会長に選ばれるということはほぼ不可能であるという考えであった。ましてや、学年成績トップの進藤由香と勝負しなければならない状況では、どんなに頑張っても無駄骨であると美緒は感じていた。風花は絶対になれると意気込んでいる状態であったが、現実的思考を持った美緒にとっては、どうしても風花の意気込みについていくことができない状態であった。
一番目は例の人物、進藤由香であった。そして、進藤由香の演説が始まる。先日、風花達にひどい煽りをした彼女であったが、学年成績トップの優秀さだけあって、その演説内容は美緒にとっても非の打ち所がない素晴らしい演説であった。しかし、美緒にとって一つだけ腹立たしくなるような内容があった。
「この場に参加している他の三名の立候補者も生徒会長になるだけの素晴らしい素質があるとわたくしは一目見たときから感じておりました。この四人の中から三名もが落選してしまうという事実を考えると、わたくしはとても残念に思いますわ。」
一見、他の立候補者をリスペクトするような素晴らしい発言であったが、あの時の彼女を知る美緒にとっては偽善によるあざとい発言にしか聞こえなかった。彼女の狡猾な一面を見せられて、美緒はイライラとしていた。
なお、肝心の風花は相変わらず何も感じていない様子であった。(落胆)
そして、二人目、三人目の立候補者及び推薦者の演説も終わり、とうとう四人目である風花の出番がやってきた。推薦者を含めて七人目の演説ともなると、集められた全校生徒の何割かは、少し疲れて飽き始めている雰囲気であった。
「それでは四人目の立候補者、薫坂風花さん、お願いします。」
進行役の生徒がそう言うと、風花は少し緊張した様子でマイクの方へ歩いていく。
「(だ、だいじょーぶ!ちゃんと紙にまとめたし、これでいけるはず!)」
そう自分に言い聞かせる彼女であったが、ここで彼女の能力が発動してしまう。
マジックカード発動
ドジっ子!
マイクの前に立つ彼女であったが、なかなかしゃべろうとせず、ひたすら落ち着かない様子であった。
全校生徒も少し不思議そうな様子で彼女を見ていた。それは美緒も同じであったが、昔から彼女をよく知る美緒は彼女の状況を把握した。
「(ふうか、あんた紙なくしたのね・・・。)」
「(あれ⁉紙なくしちゃったかもー!)」
しどろもどろする彼女。なくしてしまっては仕方がないと何かをしゃべろうとするが、紙をなくした動揺と全校生徒が目の前にいるという緊張感から何をしゃべっていいかわからなくなってしまっていた。風花の頭の中はほぼ真っ白な状態になっていた。
「え、えと・・、あの・・。」
混乱する彼女であったが、ふっとある一言が頭に思い浮かんだ。そして彼女は落ち着き、そのままマイクに向かってその一言を放った。
「イエス!ウィー!キャン!」
会場内がシーンと静まり返る。彼女から次になにかをしゃべろうとする様子はなかった。
「え・・・、終わりですか?」
進行役の生徒が少し困惑した様子でそう言うと、そうであるかのように彼女は舞台から降りていく。
「い、いじょう、薫坂風花さんの演説でした。」
会場内はクスクスという笑いで満ち溢れていた。進藤由香は必死に笑うのを抑えようとする。そして美緒はなんともいえない表情で口を開けて固まっていた。
「では、推薦者の城ヶ崎美緒さん、お願いします。」
その言葉を聞くと、美緒は正気に戻った。こうしてはいられない、この状況を自分がなんとかしなくてはと思いながら美緒はマイクの方へ向かっていく。風花が生徒会長になることはほぼ不可能だと思っていた美緒であったが、進藤由香に対する苛立ちと、風花が明らかに危ない状況に立たされているということから、火事場の馬鹿力に近い状況であろうか、風花を絶対に生徒会長にさせてやるという思いが強くなっていた。彼女は演説用の紙などは一切用意していなかったが、土壇場で本気を出し、今できる全力の演説を始めた。
「風花とは小学校の頃からの幼馴染です。風花は昔からよくクラスメイトからドジ子とか呼ばれています。そういった面もあって、みんなに迷惑をかけたり、うんざりさせられたりすることがよくあります。今回の演説もどうやらドジを踏んじゃったみたいです。」
序盤は、風花のフォローになっていない形の演説であった。風花は美緒が何を言おうとしているのかわからず、不安になる。
「けど、風花はとても優しくて純粋でまっすぐな人間です。私が小学二年生くらいの時だったでしょうか。私が風花と一緒に公園で遊んでいた時に、私は盛大に転んで足を大きく擦りむいてしまったことがありました。とても痛くて泣いてしまう私でしたが、そんな私を見て風花は一生懸命、いたいのいたいのとんでいけ、と言ってくれました。何度も言い続けてくれました。そんなことで痛くなくなるわけがないのですが、その時は不思議と痛みがなくなっていくように感じました。泣くこともいつの間にかやめていました。風花はほんとに痛みを飛ばしたのです。家に帰った後も、風花から電話がかかってきて、足のケガが大丈夫か心配してくれていました。私はその時の気持ちがとてもうれしかったです。風花は昔の自分を救ってくれたのです。ドジなところはあるかもしれませんが、一人の人間を救えたのなら、学校を救える可能性だってゼロではないと私は思います。私は彼女に賭けてみたいです。何事もひたむきに頑張り、優しい心を持つ彼女なら学校を良くすることができるのではないでしょうか。」
彼女の演説が終わる。すると、静かに拍手が聞こえ始める。そして、その拍手は次第に大きくなっていく。
「みおちゃん・・」
少しうるっとした表情で涙ぐむ風花であったが、彼女は電話をかけるときに三回ほど間違い電話をかけていたというドジ行為を忘れていた。
そして、全ての演説が終了し、投票結果を待つだけとなった。
天野みずほ 百三十二票
藤田美恵 二百四票
進藤由香 三百三十六票
薫坂風花 三百三十六票
「同票⁉」
「やったよみおちゃん!あの進藤由香と同票だよ!」
「(これって私の功績がけっこう大きかったんじゃないかな・・・。)」
そう思い、素直に風花を称えられる様子ではない美緒であった。
しかし、実際この投票結果は美緒の功績によるものだけではなかった。定型文のような面白みのない演説が続き、全校生徒が徐々に退屈な状態になっていく中、最後に風花がとんでもない演説をしたということが生徒たちに強烈なインパクトを与えていたのだった。そういった効果もあって、なんとなく風花に票を投じる生徒も少なくなかった。もちろん、その後の美緒の頑張りもあり、その相乗効果から生み出された投票結果であったのだ。
「でも同票って、この場合生徒会長はどうやって決めるんだろう。」
「うーん、じゃんけんとか?」
「んなわけないだろ。」
二人は当然のように疑問に思っていた。それは他の生徒たちも同じであった。トップがきれいに同票になるということは前代未聞であった。
そしてそのことに関する全校集会が開かれるのであった。校長が直々にこの問題に対してどう対処するかを説明することとなった。
「みなさんもご存知の通り、同票により生徒会長をはっきりと決定することができない状況になっています。そこで、同票である上位二名、進藤由香さんと薫坂風花さんのみでの再投票を行うことに決めました。二人にはまた前回同様演説を行ってもらいます。また、今回は推薦者の演説はなしとします。」
校内がざわつき始める。それを遮るかのごとく校長は再び口を開いた。
「再投票を行うにあたって、全校生徒のみなさんには改めて真剣に考えてもらいたい。どちらの生徒が本当に生徒会長にふさわしいのかを。学年で一番の成績を収める生徒か、たった一言しか演説で発言をしなかった生徒か。普通に考えればわかるはずです。」
その言葉を聞いた瞬間。美緒はひどく憤った。
「(なんなのそれ。これじゃあ進藤由香に投票しろって言ってるようなもんじゃない。こんなの完全に出来レースよ。)」
全校集会が終わると、美緒は風花のもとへ駆け寄った。
「風花。絶対勝つわよ。」
「うん!わたし、絶対に負けないよ!」
その日、美緒の前ではいつも通り元気な姿を見せていた風花であったが、家に帰ると、再投票のことに関して一人で悩んでいた。
初めは、なんとなく頑張れば、なんとなく生徒会長になれるだろうと、甘く考えていた彼女であったが、その後いろいろと経験し、さらに二回目の選挙が決定したとわかると、状況を現実的に考える思考が強くなったのか、今の自分では難しいのではないかと不安に思い始めていた。
一人で考えても解決できないと感じた風花は、母親に相談することに決めた。
そして、母親に選挙の結果と再投票のことを細かく話し、自分の悩みを打ち明けた。
すると、母親が真剣な表情でしゃべり始めた。
「風花はわかってただろうけど、私は絶対に無理だと思ってたわ。それがまさかトップと同票に持ち込むとはねえ。でもね、これは奇跡でもなんでもなくて、風花という人間性と風花の頑張りから生み出された結果だと思うの。再投票がどうなるかはわからないけど、とにかく後悔のないよう、風花の出せる力を最大限引き出すことが大切なんじゃないかしら。」
「でも、私、どうしたらいいかわからないよ。」
「それは母さんが決めることじゃないわ。生徒会長になるって決めたのは風花でしょ。だったら全て自分の力でなんとかしなさい。風花だってもう子供じゃないんだから。」
最初に立候補することを話した時にはひたすら素っ気ない態度を取っていた母親であったが、今回は真剣な態度で接してくれていた。風花は自分の頑張りが認められたような気持ちになり、少し元気を取り戻した。
ただ、一つだけ、課題が残されたままであった。これから自分が何をしていけばいいのかということだ。
「(今の私ができること・・・)」
次の選挙にどう挑んだらいいか、一生懸命考える風花であった。
その次の日の学校の休憩時間、また風花と美緒が二人で会話をしながら廊下を歩いていると、進藤由香に出くわした。すると、由香は風花に向かってまた話しかけ始めた。
「立候補というものは猿でもできますが、まさかあなたのようなおサルさんと同票になるとは思ってもいませんでしたわ。これだけでも非常に屈辱なんですのよ。わかります?」
「てんめえ!」
その言葉を聞いた美緒はとうとう怒りを爆発させ、由香に殴りかかろうとする。
「だめだよみおちゃん!」
風花は必死に美緒の体を掴んで抑え、殴るのをやめさせた。
「まったく、あなたも非常に低俗で野蛮な人間ですこと。まあいいですわ。校長先生もどちらが生徒会長にふさわしいかおわかりのようですし、再投票の結果は目に見えて明らかですわよね。せいぜい、無駄な抵抗をするといいですわ。」
由香がそう言うと、今度は風花が由香へ向かってしゃべり始めた。
「私、あなたになんか絶対に負けない!」
珍しく強気で攻撃的な発言をする風花に美緒は少し驚く。
「まあ、随分と自信がおありのようですわね。それでしたら、駆け引きでもしてみませんこと?」
「駆け引き?」
「そう。負けた方は勝った方の言うことを一つだけなんでも聞く、なんていうのはどうかしら?」
「わかったわ。」
「ちょっと風花!」
「大丈夫だよみおちゃん。負けなきゃなにも問題ないんだから。」
「これでより面白くなってきましたわね。では、次の演説を楽しみにしておりますわ。」
そう言って由香が立ち去ろうとすると、風花は会話をまだ終わらせようとせず、続けて質問をした。
「進藤さんが今この学校に望むことってなんですか?」
「望むこと?そうですわね。あなたのようなおサルさんがいない学校でしたらいいんですけど。」
すると、風花は生徒手帳を取り出し、メモをしだした。
「なんですの。メモなんかしだして。皮肉のおつもりですか。もうこれ以上お話する気はありませんので、失礼いたしますわ。」
そう言うと、由香は去っていった。
「(あなたが勝つなんてことは万に一つもないですわ。どうやら本物のおバカさんみたいですわね。私が勝ったら、あなたに退学するよう命じますわ。まあどうせそんなことを鵜呑みにするわけはないでしょうが、あのおバカさんは純粋そうですから、もしかしたら本当に退学しちゃいそうですわ。)」
その次の日、美緒は一人で廊下を歩いていると、風花と見知らぬ生徒三人が会話をしている姿を目撃した。よく見ると、会話をしているというよりか、一方的に風花がなにかを言われている様子だった。
「あんたほんとに生徒会長になれると思ってんの。」
「どっかの大統領の演説のパクリとか、さっむ!」
「由香の邪魔になってんのよあんた。わかってる?」
「おーい、ふうかー。なにしてんのー。」
美緒が少し離れたところから大きな声で風花に話しかけると、見知らぬ生徒たちは風花から離れていった。
「あの人たち、誰なの?」
「え、えっと、わたしのファンだったりとか?・・・あはは。」
「そっか・・。ところであんた、あの時進藤由香ととんでもない賭けをしたけど、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だってばー。」
「いや、精神論とかじゃ解決できないんだよ。負けちゃったらどうする気なのよ。」
「わたしだって、ただ強がってるだけじゃないもん。それなりに作戦は考えてるよ。」
「作戦?」
「とにかく、みおちゃんはもう心配しなくていいから。」
その日の放課後、風花と担任の先生が二人きりで教室で会話をしていた。風花は事前に先生になにかをお願いしていたようだった。
「薫坂が頼んだ通り、選挙に使うということだったから特別に全校生徒の個人情報が書いてある書類を渡すけど、こんなのいったい何に使うつもりなんだ?それに先生も心配だよ。学年成績トップの進藤由香と一対一で戦うなんて。やっぱりあの時止めておくべきだったんじゃないかって」
「先生まで、進藤さんの味方をするんですか?」
「いや、そういうわけじゃないが・・。薫坂もよく頑張ってると思うよ。ただ薫坂が思っている以上に現実は厳しいんだよ。」
「私は私がやれることをただ一生懸命やるだけです。現実なんて知りません。」
そう言うと、風花は書類を手にし、教室から出て行った。
そして数日後、再び演説の時を迎えるのであった。
演説の順番は、進藤由香が最初で、その次が風花であった。また風花が最後の順番となっていた。進藤由香は相変わらず非の打ち所がないような素晴らしい演説をする。内容も前回とはだいぶ違ったもので、更に前回よりもレベルが上がっていると感じ取れる演説であった。
「やっぱり進藤さんってすごくない?」
「学年トップはレベルが違いすぎるわ。」
「これはもう進藤さんで確定だね。」
そのような言葉が美緒の近くから聞こえてきた。美緒は不安になっていた。今回は推薦者の演説もない、完全な一対一の対決である。このような状況でドジっ子な風花に勝ち目はあるのか。美緒はそう思っていた。
そして、とうとう風花の出番がやってきた。今回は演説用の紙をなくしていないのであろうか。そもそも紙を用意しているのであろうか。作戦とはなんだったのであろうか。何も知らされていない美緒はただ風花を信じることしかできなかった。
「それでは、薫坂風花さん、お願いします。」
進行役の生徒がそう言うと、風花はマイクの方へ向かっていく。
風花は堂々とした表情でしゃべり始めた。
「私は進藤さんのような素晴らしい演説はできません。でも、私だって生徒会長をやりたいんです。その気持ちは進藤さんにだって負けません。」
結局のところ精神論なのであろうか。あまりにもお粗末な演説にやじが飛び始める。進藤由香は勝利を確信していた。
しかし、その次の瞬間、流れが変わった。
「その気持ちを証明します!」
証明という言葉。いったいどうすればそのようなことが証明できるのであろうか。会場は静まり返った。すると、彼女は分厚い紙を制服の中から出し始めた。いったいどうやって隠していたのかと思うくらいの紙の量であった。
「この紙には、全校生徒の学校に対する望みが書かれています。」
そう言うと、その中からいくつかの望みの内容を抽出し、読み上げていった。会場がざわつき始める。
「あ、今の私の望み!」
「え⁉っていうかあれって私とか他数名に聞いただけじゃなかったの?」
「私も聞かれたけど、もしかして本当に全員に聞いたってこと⁉」
彼女は全ての生徒に学校に対する望みを地道に聞いていたのである。登下校時、放課後、部活中、休憩時間、それでも足りない時は帰宅した後に電話で、数日間という短い期間で全ての生徒に聞いて回っていたのだった。
この事実を知った進藤由香も驚きを隠せない様子であった。
「(まさか⁉あの時メモをしていたのは、この時のために聞いていたということでしたの⁉そして私だけでなく全ての生徒に⁉たった数日間で⁉千人を超える生徒を⁉)」
「私はこれらの全ての望みを叶えることはできませんが、それに近いことはしていきたいです。これだけ努力して聞いて回ったのですから、その努力もできるはずです。」
決して精神論ではなかった。仮に精神論が混じっていたとしても、行動で示した彼女には説得力があった。最初にやじを飛ばしていた生徒たちも何も反論することができずただ黙ることしかできなくなっていた。
そして、彼女の演説が終わった。ドジっ子な彼女が学年成績トップの進藤由香に負けないくらいのパフォーマンスをしたのであった。彼女自身もそれができたことにとても満足気であった。
だがしかし、彼女にとって完璧であると思われていた演説であったが、舞台から降りていく最中、彼女はあることに気が付く。
「(あれ?なんか下がすーすーするような?)」
「(・・・・もしかして・・・)」
「(パンツ履くの忘れたー!)」
彼女はノーパンであった。(迫真)
今までにいたであろうか。生徒会長を決める演説で、ノーパンで演説をした強者が。いたら是非教えてほしいものである。
彼女は最後の最後までドジっ子を忘れていないドジっ子の鑑であった。
こうして二回目の演説が終了するのであった。
再投票結果当日。美緒は投票結果を見ようと掲示板の方へ向かっていた。すると、すでに一人、結果を見ている者がいた。風花であった。そして美緒も一緒になって結果が書かれた掲示板を覗き込んだ。
薫坂風花 二百八十四票
進藤由香 七百二十四票
薫坂風花の大敗であった。
美緒はなにも言葉にすることができなかった。
すると、風花は美緒の方へ顔を向けた。
「わたし、負けちゃった。」
彼女は笑顔でそう言った。その笑顔から少し涙がこぼれ落ちていることに美緒は気づく。
美緒は無言で風花を抱きしめた。
その瞬間、風花の涙腺は崩壊した。彼女は泣き喚いた。美緒はただ抱きしめることしかできなかった。そして、泣くのを必死にこらえていた。
どんなに努力しても叶わなかったという厳しい現実。勉強やスポーツでいつも多くの人に負け続けた風花であったが、そのようなことはいつも気にすることはなかった。ただ、今回の敗北に関しては、他の何よりも辛いものがあった。美緒もここまで泣く彼女を見るのは初めてであった。
しばらくすると、彼女はようやく落ち着き始めたのか、泣かなくなっていた。制服の袖で涙まみれの顔をぬぐうと、二人は教室へ戻ろうとした。
すると、目の前に進藤由香が立っていた。彼女は満足そうな表情で二人を見ていた。美緒は彼女を睨み始めた。
「そんな怖い顔をしないでくださいな。私はただ、この間約束した駆け引きの話の続きをしにきただけですのよ。なんでも言うことを聞いてくれるんですのよね、当然。」
「約束は守ります。」
「風花!まじめに聞く必要なんてないよ!」
「そちらの方は少し黙ってくださいませんか。これはわたくしと薫坂さんとのお話なので。」
不穏な空気に包まれる。しかし、進藤由香の様子がどこかおかしい。
「確かに私はあなたに勝ちました。まあ、それは当然のことなのですが。私は二百八十四票、あなたに負けたのですわ。正直あなたがここまで頑張るとは思っていませんでした。」
賞賛のつもりなのであろうか、二人は状況をよく理解できないでいた。
「それで、約束の件なのですが。」
進藤由香は続けて発言する。
「あなたを副会長に任命します。」
ドジっ子な彼女の新しい道が開かれるのであった。