あの世で恋をする
私、東雲梓、享年15歳。現在あの世と呼ばれる場所にいます。
学校帰りに車に突っ込まれ、「あ、これ死んだ」と思った時にはここにいた。多分即死だったんだろう。ここは建物も歩く人の姿も現世と変わらないけれど、ずっと真っ暗。太陽が昇らないからだ。月だって存在しない。あるのは人口の光だけ。現世とあの世は合わせ鏡のような関係らしい。
「アズちゃん!」
後ろから急に抱き締められた。声の低さ、腕の力、背中にあたる胸板の厚さから男だと分かる。そして私にこんなことをしてくる男は一人しかいない。
「シノ」
首だけ後ろが見えるように振り返り、相手の名前を呼ぶ。真っ黒い髪に瞳、服も同じように上から下まで真っ黒で、闇の中に溶けてしまいそうだ。そんなシノ、漢字で書くと梓乃は私の相棒だ。名前を付けたのは私。苗字の東雲から二文字、そして名前の漢字を当てはめた。
「これからバイト?」
「そ、バイト」
「じゃあオレも行こ〜」
「シノがいないと仕事にならない」
「アズちゃんにはオレが必要、ってことだね!」
シノと会ったのは私が死んでこちらに来てすぐだった。自分が死んだことを自覚し、ここがあの世だと何となく分かった私は、これからどうしようかと悩んでいた。そこにシノが現れ、私のことを気に入ったから契約してくれと言われた。
「オレは死神です!キミのこと気に入ったから契約してください!」
最初はあの世にも変質者っているんだな、って思った。相手にしたくなかったので無視すると、どこからともなく鎌を出てきた。そして一言。
「もう一回死んで地獄に行きたい?」
目が本気だった。私は首を全力で左右に振り、契約することを承諾した。鎌なんて出されたら目の前の男が死神であると信じるしかない。何より地獄に何て行きたくなかった。
「キミの名前は?」
「東雲梓」
「じゃあアズちゃんだ!」
友達から呼ばれていたあだ名に涙が滲んだ。もう彼女達とも会えない。馬鹿な話をして笑い合うこともできない。私は死んだんだ。
きっと私は自覚しているようで自覚していなかったんだろう。自分が本当に死んだのだと理解すると、とめどなく涙が溢れてきた。
そんな私を目の前の死神は嬉しそうに見てる。人が泣いてるのを見て笑ってるなんて、性格悪いなって思った。
「アズちゃん、オレに名前をちょうだい?」
「……?名前?」
急に言われたことがよく分からなくて、涙声で聞き返す。
「そう、名前。オレ達は基本影みたいなものだから、それぞれ姿や性格に違いがあっても名前はないんだ。死神は死神でしょ?」
確かに、って思った。死神に名前があるなんて聞いたことない。
「でも契約するのはキミとオレ、つまり個人だ。キミは死神全部と契約するわけじゃないだろう?だからオレに名前を付けて。そうすれば契約成立」
「よく分かんないけど、分かった……」
「ははっ、どっち?」
頭の中は家族や友達のことでいっぱいで、目の前の男の言葉なんて全然頭に入ってこなかった。でも取り敢えずこの男に名前を付ければいいということは分かった。
「じゃあ……梓乃」
きっと自分と繋がりのある人が欲しかったんだろう。これからのことを考えると寂しくて寂しくて、誰かに傍にいて欲しくて仕方がなかった。今考えると恥ずかしいけれど、後悔はしていない。
「うん……梓乃、か……。気に入った!」
一度噛み締めるように声に出すと、それは嬉しそうに破顔した。今気づいたけど、梓乃はかなりのイケメンだった。いたずら好きそうなつり目、笑うと覗く八重歯が可愛い。全身真っ黒なのが残念だけど、それは死神だから仕方がないのかもしれない。
「じゃあ契約成立!」
そう言って手をぎゅっと握られる。死神に体温はないのか冷たかったけれど、不思議と安心した。
「取り敢えず不動産屋だね!」
あの世にも不動産業ってあるんだな、って思った。気づいたら溢れるように流れていた涙も止まっていた。
それから不動産屋を見つけて私の住む家を選び、そこであの世ではお金が必要ないことに驚かされた。不動産屋も、ただ家を紹介するだけの場所らしい。
「もうこれ以上死なないのに、お金なんて要らないよ〜」
そう言えばお腹だって空かないし、トイレに行きたいとも思わない。眠いかもしれないと思えば眠いかもしれないが、もしかしたら睡眠も必要ないのかもしれない。
「でも、さっきもう一回死んで地獄に行かたいか、って……」
「地獄と天国に行くのは別。ここで悪さすればオレ達死神にもう一度殺されて地獄送りだし、良い事いっぱいすれば一度死んで天国に転生できる」
「そ、そんな仕組みが……」
驚かされることばかりだった。
「簡単に言うならここ、あの世は三途の川渡ってすぐのとこ、地獄はこの下、現世はここの上、天国はさらにその上って感じかな」
「な、なるほど」
物件の一覧をペラペラ捲りながら話すシノは全然死神に見えない。
「よしっ、ここにしよ!」
ファイルを顔の前に出されてシノの指差した場所を見ると、とても一人で住むには信じられない広さをした部屋だった。
「いや、こんな広くなくていいよ」
「そう?広い方がよくない?」
「緊張して住むどころじゃなくなる」
「んー、でも大体の家が広いしなー……」
大体の家が広い?よく分からなくてシノが机に置いたファイルを横から覗くと、捲られるページのほとんどに映る写真は豪邸と呼ばれる家ばかりだった。
「何で……」
「死んだ後くらい豪勢な暮らしをしたいってことじゃない?」
私はそんな暮らしをしたいとは思わない。生きていた時はどこにでもいる中学生だった。それでも十分楽しかったし、それ以上を望むこともなかった。
「あ、ここは?」
シノの指す物件を見る。写真にはよく見る一軒家が写っていた。一人で住むには広いかもしれないが、間取りも良さそうだし住みやすそうだ。
「ここならいい」
「そか。お姉さん、この部屋で」
「分かりました」
私達の向かいに座っていたお姉さんがにっこりと笑って契約書を出す。書く欄は名前と年齢、性別だけだ。すぐに書き終わり、人差し指に朱肉をつけ名前の横に押した。人差し指の指紋が赤く紙についた。
「契約は以上です。それではご案内するので、外の車に乗ってください」
「車もあるんだね……」
「現世と同じ発展の仕方してるからね」
本当に驚かされてばかりだ。
十分ほどで私達の選んだ家に着き、軽く中を案内される。インテリアは備え付きだった。ありがたい。
「駅までの道もご案内しますか?」
電車まであるのか、ここ。人口の光しかないことを除けば本当に現世と変わらない。
「お願いします」
どこかに出かけることがあるかもしれない。案内してもらって損はないだろう。
「じゃあオレは影に戻るから、お姉さん、あとよろしく〜」
そう言ってシノは人の姿から黒いモヤモヤしたものになると、私の足元に滑り込み私の影になった。ここにいる人達は皆影がない。もう死んでいるからなのだろうか。
「それでは行きましょうか」
「はい」
お姉さんは家から出て鍵を閉めると、その鍵を私に渡した。無くさないように制服のポケットに入れる。
「東雲様はまだこちらに来て浅い様子。何か聞きたいことがあればお答えしますよ」
道中無言になるのが嫌だからの言葉かもしれないが、私にはありがたかった。
「お姉さんは不動産屋さんで働いてますよね?私でも働くことってできますか?」
「確か東雲様は15歳でしたね……。正社員は難しいかもしれませんが、アルバイトならできると思いますよ」
「そうですか、ありがとうございます」
それからは二人で現世とあの世の違いについたり話した。駅は歩いて二十分ほどで着いた。
「では戻りましょうか」
「はい」
道中コンビニがあることに驚き、可愛い洋服屋を教えてもらった。コンビニに食品は売っていないが、雑貨や漫画などが買えるらしい。
「ありがとうございました」
「いえ、それでは失礼します」
お姉さんはそう言って車に乗り、不動産屋へと戻って行った。
見えなくなるまで車を見送り、ポケットから鍵を出して家の中に入る。
「おかえり」
「ただい……え?」
条件反射で応えそうになってしまったが、鍵を開けていないのに誰かいたことに本気で驚いた。恐る恐る玄関の電気をつけると、廊下に立っていたのはシノだった。
「驚かせないで。てか何で家の中にいるの?さっきまで私の影だったよね?」
「ただいま、って言ってほしくて」
「ただいま?」
「そ、ただいま。オレはずっと一人だったから、誰かにおかえりって言って、言葉を返してもらうのが憧れだったんだ」
「そう、なんだ……」
「だからアズちゃん、おかえり!」
「……ただいま」
私が言うとシノは幸せそうに笑う。その顔に、もう動かないはずの心臓の動きが早くなったような気がした。
次の日から私はバイト探しを始め、1週間後には働く場所が決まった。死神と契約してる人じゃないとできない仕事。罪を犯した人を地獄へ送る。
「今日は何人殺せるかな〜?」
そう言いながら笑うシノの顔は怖い。心底人を殺すことが楽しくて仕方ないようで、最初の時に見せた鎌を軽く振っている。一ヶ月も経てば慣れてしまったけれど、最初は仕事中にシノと距離を開けてしまうことがあった。そうするとシノは泣きそうな顔をしながら謝ってきた。最近では逆に、普段と仕事中の差にドキッとさせられることがあるくらいだ。
そしてその止まっているはずの心臓の高鳴りに自覚させられた。私はシノのことを好きになってる。私の影になっていることが多いシノだけど、人の姿になると色々と私の世話をしてくれる。部屋の掃除やお買い物、一緒にショッピングをしたこともある。「これってデートなのでは!?」と考えてしまい、急に体温が上がったように思え、シノの顔を見ることができなくなった。もうここまでになれば流石に自分でも気づく。シノが好き。残虐な顔をしているシノを見て胸を高鳴らせるほどだから、重症だろう。
隣で楽しそうに歩くシノを見る。いつかこの気持ちを伝えられる日がくるだろうか。もう死んでいる私には時間がたくさんある。だから必ず伝えられるだろう。この気持ちは、きっと溢れかえってしまうから。
隣にいるアズちゃんがオレを見ている。気づいてはいるけど視線は鎌を見たまま。
オレが現世に行き、何となく殺そうとした子供を助けたアズちゃん。死神とはそういうものだ。殺したければ殺し、そのひと時を楽しむ。オレ達死神が殺した人間は必ず地獄に堕ちる。だけどそんなのどうでもいい。自分が楽しければ。
だけどアズちゃん、東雲梓を見た時にオレの中で何かが変わった。この子は殺したくない。だけどオレが殺そうとした子供を守り、アズちゃんは車に轢かれた。即死。その瞬間、さっきとは全く違う感情が生まれる。歓喜。これで彼女にはオレが見える。オレが殺そうと鎌を振り下ろしたのは子供、アズちゃんは死神であるオレが殺したわけじゃない。だから地獄に堕ちずあの世に行くだろう。
「ハッ、ハハハッ」
今までにこんな嬉しいことがあっただろうか。彼女はオレが手に入れる。自然と笑い声が漏れた。
急いで彼女の魂を追い、機会を見計らって彼女の前に姿を現す。
「じゃあ……梓乃」
泣いている彼女が可愛くて仕方なく、自然と口角が上がっている。そんな中彼女の口から出た名前にオレは縛りつけられた。
オレは梓のモノ。死者と死神の契約は絶対に死神が下。死神が契約主である死者を殺さないためだ。死神は一時の感情だけで人間を殺す。それを止めるために生まれたのがこの契約だ。
「うん……梓乃、か……。気に入った!」
オレは梓のモノ。そしてオレは梓を逃がさない。
家だって最初から二人で住むために選んだ。バイトは本当のオレ、死神としてのオレを知ってもらいたくてそれとなく誘導した。
アズちゃん、気づいてる?自分がギャップに弱いってこと。そしてオレへの感情が漏れていること。
そんな可愛い顔して見られたら、殺したくなっちゃうよ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!楽しんでいただけたでしょうか?
ジャンル、"異世界"であっているのか不安です。"あの世"でのお話なので"異世界"にしました。文明的には"現実世界"なんですけど、作者にとって"あの世"は"異世界"です。
気づいたらこんなお話になっていました。主人公が死神と一緒にバイトを頑張るお話のはずが、何故こうなった……。主人公達の性格がかなり変更になりましたね。梓はすぐに手が出るような子の予定でした。梓乃はもっと子供っぽかったです。しっくりこなくて書き直したらこうなりました。楽しかったです。
裏話はこれくらいにして。
本当に読んでいただきありがとうございました!