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手作り







「やっぱ手作りが一番じゃない?」



昼休みが後半にさしかかった頃、給湯室と隣接された休憩スペースからそんな会話が聞こえてきた。


マグカップを洗おうと流し台の前に立ったところだった私は、なんとなくそちらに意識を傾けた。



「でも手作りって重くない?」


「付き合う前なら重たいかもしれないけど、付き合ってるなら大丈夫でしょ。むしろ喜ぶんじゃないの?」


「そうだよね。ポイントは稼げる感じがする」


「でもそれって、美味しいのが大前提でしょ?」


「まあ、それはそうだけどね。でも、ということは、やっぱあんまり親しくないうちに手作り渡すのはハードル高いってことか・・・」


「え、なんで?」


「だって、親しくないならその子が料理上手かどうかも知らないんでしょ?だったら、ちょっと怖くない?もしかしたらものすごーく不味いチョコかもしれないわけだし」


「えー、じゃあ、告白するなら手作りはNG?私、榊原くんに渡そうと思ってたのにー」



”榊原くん” に、私はドキリとして思わずカップをシンクに落としてしまった。

鈍い音がして、彼女達がこちらを向くのが分かった。



「あ、当麻主任!お疲れさまです。・・・そうだ、当麻主任はバレンタイン、どっち派ですか?」



休憩室で女子トークを繰り広げていたのはうちの部署の若手と派遣社員だった。

全員、二十代前半だっただろうか・・・


突然会話の中心に立たされた私は、自分でもビックリするほどに焦ってしまった。



「え・・?どっち・・・?」


「バレンタイン、手作り派ですか?それとも既製品ですか?」


「当麻主任なら、高級メゾンのショコラとか似合いそうですよね」


「ああ、あの一つ千円くらいする高級チョコレート?」


「そうそう」


「えー、でも当麻主任みたいにカッコ可愛い人だったら、意外と手作りとかもありそう・・・」



私抜きでまわされる会話に、少々戸惑ってしまう。


彼女達は仕事振りはいたって真面目だったが、こうやって一旦会話の種を撒いてしまえばどんどん花を咲かせてしまうのだ。


その光景は賑やかで可愛らしいと思うが、自分がその中央に置かれるのはちょっと落ち着かない。



「で、どうなんですか?手作りするんですか?」



他人のことなのに目をキラキラさせて尋ねてくる彼女達。


その中には榊原くんに告白しようとしている子もいて、私は何と答えたらいいか分からなかった。



「さあ・・・・どうかな」



言葉を濁すとはまさにこのことだなと、頭の中、一部冷静なところでそんなことを考えていたりした。


そうでもしていないと、榊原くんに片想いしているであろう若い女性社員にお門違いな嫉妬を持ってしまいそうだったのだ・・・・・





その後なんとか彼女達の会話から逃れた私だったが、午後の業務はちっとも集中できなかった。


どんなにパソコン画面を見つめても、資料や提出書類を捲っても、あの彼女達の話が消えなかったからだ。



実は・・・以前、彼が私の部屋に来て私の作った料理を食べてくれたとき、なんとなくバレンタインの話題になったことがあった。

私は付き合いはじめたばかりの恋人が甘いものが苦手ではないのか、それを確かめたかっただけなのに、何を勘違いしたのか彼が満面の笑みで『これだけ料理が上手なら、バレンタインも期待しちゃっていいですよね?』と言ったのだ。


遠回しに手作りチョコレートを期待されてしまって、私は曖昧に笑って返事したのを覚えている。




・・・・・・彼は、誤解しているのだ。



料理ができるからといって、みんながお菓子作りが得意なわけではないのに。


一人暮らしゆえある程度の料理は自信があるが、

私は、とんでもなくお菓子作りが苦手だったのだ・・・・・・






「まいったな・・・・・」



誰もいないコピー室。


ウィンウィンウィン・・・と次々に吐き出されていく書類を眺めながら、つい、弱気なひとり言が零れていた。



あの様子では、榊原くんは手作りチョコ賛成派なのだろう。

そしてさっきの女性社員は、榊原くんに手作りチョコを渡して告白するつもりだと言っていた。

その二点が絶妙に絡み合って、私はモヤモヤした息苦しさを払拭できないでいた。


あの子、可愛いって評判だもんな・・・・



榊原くんに告白しようとしている女性社員は、彼と同期で、同じ部署で・・・ああそうだ、私が柏原くんと会議部屋にいたとき、榊原くんと親しげにしていた女の子だ。


榊原くんも彼女のことを ”大久保” なんて呼び捨てにしていて、

・・・・同期だから当たり前かもしれないけれど。



それでも、私と彼の間にある年の差や、職場での立場の違いとかが彼女にはない。

そのことが、羨ましかった。


私は、彼女のように気軽には振る舞えないから。



・・・・・あの子、お菓子作りとか得意そうだもんな・・・・

そうじゃなきゃ、わざわざ手作りチョコを渡したいないんて言うはずもないし・・・・



私がコピー機の横で変にいじけていると、


「なあ、お前、大丈夫か?」


背後から声をかけられた。


人の気配はなかったはずなのに、と驚くよりも先に仕事用の顔を作り振り向くと、柏原くんがコピー室の戸口に立っていた。


なぜか、その顔はニヤついていた。



「・・・・お疲れさまです」



一応、上司に対してのマニュアル通りに接してみたが、なんとなく今の彼の雰囲気は ”同期” のものに思えたので、私は言葉を砕いて続けた。



「・・・大丈夫って、何が?」


「さっき休憩室で女の子達に囲まれてただろ?俺もあそこにいたんだよ」



と、ニヤニヤが止まらない彼。


私は面倒な人間に聞かれたな・・・と、タイミングの悪さを呪った。



「なあ、あいつ、お前が菓子全般作れないって知ってるのか?」



・・・・・・ほらきた。


あいつとは、榊原くんのことだろう。


この付き合いの長い同期は、私がお菓子作りを苦手としていることを知っているのだ。


私が言い返せずにいると、彼はすいっと狭いコピー室の中に入ってくる。



「お前、何でも器用にこなしそうに見えるのに、菓子作りだけは天才的にド下手だもんな」



こそっと、けれどからかい口調で言われて、私はじろっと彼を睨んでみせた。



「うるさいわね」



事実だから、余計に腹が立ってしまう。


彼のキャラクターから考えれば、榊原くんと付き合ってるのがバレた時点で、こうやって何か揶揄されることは予想できたけれど、まさかそれが私の天敵 ”お菓子作り” に関してだとは思わなかった。



昔・・まだ入社して間もない頃、彼に私の失敗作を食べさせたことがあった。

完全抹消してしまいたい過去だ。


当時はそんなにお菓子作りに対して苦手意識もなかったのだが、彼をはじめ、同期のみんなに微妙な顔をされたことで、自分にお菓子作りの才能がないことを悟ったのだった。


なかでも、


『・・・・お前は好きな男には手作り菓子を渡さない方がいいぞ』


彼のその一言は大きかったように思う。


そのせいで苦手意識が芽生えたわけではないが、なるべくなら避けて通ろう・・と頭にインプットしたのは間違いない。


そして先ほどの彼の一言は、そんな大昔の汚点をクリアに思い返させるものだった。



「で、どうすんだ?バレンタイン」


「・・・・・そんなの、どうでもいいでしょ?」



コピーが終わり、書類の束を取り上げて端を揃えながら、私は不機嫌に答えた。


彼にこれ以上からかわれるのはご免だ。


私はもうここに用はないとばかりに、素早く出て行こうとしたのだが、



「でもあの可愛らしい女の子、手作りチョコで告白するんじゃないのか?」



何気ない風を装った彼のセリフに、足が止まった。



「やっぱ手作りチョコってのはポイント高いもんなあ・・・」


「・・・・・何が言いたいわけ?」



我慢できずに私が言い返すと、彼は待ってましたとニッと口の端を上げた。



「俺が練習台になってやろうか?」


「・・・・・・は?」


「だから、手作りの練習台だよ。お前、壊滅的に下手くそだろ?まだバレンタインまで時間あるから、その間に特訓しろよ。で、俺が練習台になって試食してやるよ。その中でまだマシだと思ったのを教えるから、それを本番のバレンタインにあいつに渡してやればいいんじゃないか?」



壊滅的とか、まだマシとか、部分部分に失礼な言い回しもあるが、彼の提案はなんだか魅力的に聞こえた。


榊原くんが手作りを期待してくれているのなら、本当のところはそれに応えたいと思っていたからだ。



・・・・・いや、でも、もしとんでもないモノを作って彼に食べさせたとしたら、今後退職するまでずっと、もしかしたら死ぬまでずっと、彼にそのことをからかわれ続けるのかもしれない・・・・・・



それに、榊原くんに作ったことがないものを、ただの同期でしかない柏原くんに先に食べさせるというのは気が引ける。



私は柏原くんの提案にいくらか魅力を感じつつも、断ろうと思った。


が、さすがは仕事のできる上司。

私が断り文句を告げる前に「あいつ、喜ぶと思うぞ?」と、付け足してきたのだ。



「なんのかんの言っても、男は好きな女に手作りのものを貰ったら嬉しいからな。お前にとっても悪い話じゃないだろ。苦手な菓子作りを克服できるかもしれない。もともと手先は器用なんだから、やってるうちに上達していくんじゃないか?要は慣れだよ、慣れ」



すらすらと持論を展開させる彼に、私も、そうかな・・・?なんて気持ちをほぐしてしまう。



頭の中では、榊原くんの喜ぶ顔が浮かんでいた。



・・・・が、やっぱり、付き合いはじめて日が浅いとはいえ、恋人である榊原くんでなく柏原くんに手作りのものを食べさせるというのは、なんだか本末転倒にも思えるし、


それに・・・・彼に一生からかい続けられるのは嫌だ。



そう思った私は断ろうと「だけど・・・」と口を開いた。


しかし、どうしても彼の方が上手であった。


「じゃ、早速明日作って来いよな。スーパーに手作りキットとか売ってるだろ?帰りに寄って探してこい」



私の少しの迷いを突いて決定事項に持ち込んだのだ。


「ちょっと!私まだOKしたわけじゃ・・」


「いいのか?あの女子社員からは手作りチョコ。でもお前からは・・・・」


「だって仕方ないじゃない。私、そういうの苦手なんだもの・・・。それに、あんたが、・・・柏原係長が『好きな男には手作り渡すな』って言ったんじゃない」


私の消し去りたい過去を持ち出して訴えたのに、彼はまるで心当たりなさそうに、不思議そうに私を見返してきた。



「・・・・そんなことあったっけ・・・・?ま、いいからいいから。とにかく練習してみろよ。もし本番上手く作れなくてもさ、気持ちを込めて作ってくれたって課程が嬉しいはずだから」


「だめよ。いくら私達がただの同期でおかしな関係じゃなかったとしても、彼より先に柏原くんに手作りを食べてもらうのはどうかと思うもの」



言いながら、妙に気恥ずかしくなってしまった私は、尻すぼみに小声になっていった。


すると柏原くんは「へえ・・・・」と、感慨深そうに私を見つめてきた。


「お前、ちゃんとあいつのこと好きなんだな」



しみじみとそう言われて、私はちょっと戸惑う。



「・・・・・当たり前じゃない。じゃなかったら付き合ったりなんかしないわよ」



彼がどう思ってそんなことを口にしたのかは知らないが、あまりいい気はしなかったので、些か尖った物言いになったかもしれない。


なのに彼は、そんな私の口調まで丸ごと納得したように「そうだよな・・・」と頷いたのだ。


「いや、ほら、そこまで好きじゃなくても付き合ったりする人間いるだろ?・・・・でもそうだよな、お前に限ってはそんなことないか。お前、真面目だもんな。そんな真面目なところ、ミランダによく似てるよ」


「・・・ミランダ?誰、それ」



突然出てきた外国人の名前に、私は口調の尖りを抜かれてしまう。


柏原くんは飄々と返してきた。


「お前知らないの?今人気の外国の女優」


「ごめん。私、そういうの疎いから・・・。その人真面目で有名なの?」


「知らん」


「・・・はい?」


「なんとなくそんな気がしただけだ」


「何それ」



私は思いっきり呆れた顔と声で言って返した。



けれど柏原くんは、何の脈絡もなく登場させた ”ミランダ” をあっけなく退場させると、


「まあお前の気持ちも分からないでもないけど、お前、あいつに菓子作りが苦手なことバレたくないんだろ?」


核心を突いてきた。


「それは・・・・そうだけど」


「だったら、俺の話に乗っても損はないんじゃないか?あいつより先に俺が食べるのが気になるって言うけど、俺はただの同期で上司なわけだから、ノーカウントでいいだろ。そんなこと気にするより、本番が上手くいくかどうかは別にしても、やれるだけのことはやってみた方がいいんじゃないか?ま、一人で特訓するのもいいけどな。でもアドバイザーがいた方が上達ははやいだろ?」



同い年のはずなのに、彼は時々こうやって私を諭すような言い方をする。


兄のように、先輩のように。



だから私は、少し考えて、”どんな失敗作を持って来ても笑ったりからかったりしないこと” という条件を付けて、頷いたのだった。



「・・・・・お節介」



私が悔し紛れに言うと、彼は面白そうに笑った。




なんだか同い年上司に押し切られた感は否めないが、



これで、もしかしたら榊原くんに手作りチョコを贈れるかもしれない――――――――――――



そう考えたら、気持ちがふわりとあたたかくなった気がした。


コピー室を出て柏原くんとデスクに戻ると、私の持っていた書類の束を見て女性社員が「当麻主任、言って下さればコピーなら私がしてきましたよ」と話しかけてきた。


あの、可愛らしい、榊原くんに手作りを渡そうかと言っていた女の子だ。


いつも、私にはとても着られないようなレースやフリルのトップスを嫌味なく着こなし、ふわふわと、いかにも女の子といった外見だが、仕事はきっちり取り組んでいて、今みたいな気遣いだってしてくれる、なかなかいい子だった。



「ありがとう。でも大丈夫よ。気分転換にもなるしね。また今度お願いするわ」



私は気にしないようにと笑ってみせたが、彼女の肩越しに榊原くんと目が合い、ドキリとしてしまった。



今さっき柏原くんと手作りチョコレートの話をしたばかりだったので、少々落ち着かない気分になったのだ。


けれど、当然と言えば当然だが、柏原くんは何もなかったようにとっとと自分の席についたので、それに倣い私もデスクチェアを引いた。



何も疚しいことはしていないのだから、意識する方がおかしい。


そう自分に言い聞かせようとしたのだが、そのとき、



「当麻主任、今よろしいですか?ちょっと教えていただきたいことがあるんですが・・・」



榊原くんが立ち上がって私を呼んだのだった。



「うん?大丈夫だけど、何かあったの?」


「・・・・すぐ済みますから」



そう言った彼は体を翻すとすたすたと歩き出した。



「あ、じゃあ当麻と榊原、離席します」



私は慌ててそう告げ、彼の後を追ったのだった。





榊原くんは黙ったまま、人気のない休憩室に入っていった。


私はその無言の背中に違和感を持ちつつも彼に続いたが、扉を開けて待っていてくれた彼が扉を閉めた瞬間―――――――



抱きしめられていた。



「ちょ・・・・榊原くん・・・?」



突然のことに動揺を隠せず身じろいでも、彼はさらにぎゅうっときつく抱いてくる。



「・・・・・・少しだけ、充電させてください」



囁くように言われて、その声が不謹慎にもセクシーに感じてしまい、私は鼓動が忙しなくなるのが分かった。



・・・・・セクシーだなんて、職場で思うことではないのに・・・・



そう思った途端、カアッと顔が熱くなる。


私は動揺を隠せないままだが、両腕をどうにか動かして彼を押しやった。



「榊原くん!」



小声で叫ぶと、彼はそれに従うように私を解放してくれた。



「・・・・・どうしたの?」



静かに問いかけた私に、彼はぽそり、と言った。



「さっき・・・・・柏原係長とコピー室にいたんですよね?」



その質問に、私は疚しいことなどないと自分で言い聞かせていたのに、ギクリと体が硬くなってしまった。


それが彼に伝わったのだろう、榊原くんはなんとも言えない、悲しそうな表情に変わった。



「べつに・・・・そんなことでいちいち嫉妬したりしません。でも・・・・」



らしくなく、言葉を濁す彼に、私は視線だけでその先を待った。



「さっき大久保が美咲さんを手伝いにコピー室に行ったんです。でもすぐに戻ってきて・・・・。大久保が意味深に笑ってて・・・・『今コピー室に当麻主任と柏原係長が二人でいたんですけど、やっぱりあの二人付き合ってるっぽいですよね。めちゃくちゃ仲良さそうに話してましたよ。しかもめっちゃ接近して』って言ったんですよ。小声だったから、オレと、周りの二、三人にしか聞こえてなかったと思いますけど、みんな同じように思ってたらしくて、『そんな気がしてた』とか、『お似合いだよね』とか言い出して・・・・さすがにちょっと、苛立ちました」


説明した後、榊原くんは照れたのか、バツが悪いのか、目を逸らしてしまう。


私はついさっきのコピー室での出来事を思い返し、確かに柏原くんと二人、狭い室内で近付いて楽しげに会話しているように見られても仕方ないかも・・・と思った。


私自身は決して楽しいわけではなかったのだが、あれを見た第三者が誤解してしまうのも無理はないかもしれない。


いやそれよりも、大久保さんに会話の内容を聞かれていなかっただろうかと胸騒ぎがした。



「それで・・・大久保さんは、私と柏原くんの話を聞いたって・・・・?」


「いえ、そこまでは・・・。お二人の仲良さそうな姿を見かけて、邪魔しちゃ悪いと思ってすぐに戻ったそうですから」


榊原くんの言葉に険を感じてしまうのは、私に後ろめたいところがあるからだろうか。



「仲良いって、それは・・・同期だし。今同じ部署にいる同期は私達だけだし・・・。それより、まだ就業中よ?そんなことで席を離れたりするのは褒められたことじゃないわ」



後ろめたさが前面に出てきたのか、私は可愛げもなくそんなことを言ってしまった。


口が滑った・・・と言うには、あまりに稚拙過ぎて、逆ギレにも聞こえる。



私達の周りにある空気が、ピキン、と硬くなった気がした。



すぐに謝るなり訂正するなりフォローを入れればよかったものの、私が何かを言うよりも、彼が「そうですよね・・・」と申し訳なさそうに告げる方がはやかった。



「あ・・・違うの、その・・・」


「いえ、美・・当麻主任の仰ることは正しいと思います。・・・・仕事中に個人的なご相談をしてしまって、申し訳ありませんでした」



榊原くんは小さく頭を下げると、



「僕、顔を洗ってから戻ります。当麻主任は先に行ってください」



やけにくっきりとそう告げ、こちらをちらりとも見ずに休憩室から出て行ってしまったのだった。


それは決して冷たい態度ではなかったのだが・・・・取り付く島もなかった。



パタン・・と扉が閉じられると、ひとり残された私は、ここ最近で一番の後悔に襲われていた。


いくら榊原くんにコピー室での会話を知られたくなかったとしても、あんな言い方をすべきじゃなかった。

あんな、あからさまに話題を捻じ曲げるような言い方・・・・



榊原くんはただ私と柏原係長のことを気にしていただけで、バレンタインとか、手作りチョコのことなんて知りもしないだろうに・・・・




出ていくときの榊原くんの後ろ姿が、私の胸を締め上げる。



私のひとり勝手な後ろめたさが、もしかしたら大切な恋人を傷付けてしまったのだろうか。




そう思ったら、ゾク・・・と、全身の産毛が波打つような悪寒めいたものが走った。



まさかこんなことで二人の関係にヒビが入るとは思わないけれど、私の大人気ない一言のせいで、何か・・・・、変化が起きてしまうかもしれない。


もしそれが彼の気持ちだったりしたら、私は・・・・・・



そこまで考えて、私は自分の思考にギクリとした。



・・・・・こんな弱弱しい私、私じゃない・・・

・・・・・こんなのまるで、彼に依存しているみたいじゃない・・・

私は、もっと自立していたはずなのに・・・・

恋愛事に振り回されるなんて、らしくない・・・・




自分でも驚くようなことが次々に頭を過っていく中、最後に思ったのは、





―――――――――いつの間に、こんなに榊原くんを好きになっていたのだろう





私は、ひとりきりの休憩室の片隅で、閉じられた扉を突っ立ったまま見つめながら、知らず知らずのうちに彼への気持ちがとんでもなく増していたのだと、思い知らされたのだった・・・・・・・















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