バサースト編 エピローグ
「ふおおおお、すごい、これがキングにく!」
「わぁ、わたしも食べたいの〜、やっぱり頼めば良かったの」
町に戻った三人は、約束通りアルフレッドにキング肉をご馳走するため、昨日も訪れた食堂に顔を出していた。
店に入るや「おっちゃん、ぼくキングにくね!」とアルフレッドが即オーダー。それから料理が運ばれてくるまで、今か今かと待っていたアルフレッドのテンションは、お目当ての物がテーブルに置かれた瞬間、ピークに達していた。
どんな動物のどこの部位なのかは全く不明だが、とにかくデカい。アルフレッドの顔がすっぽりと隠れてしまうほどの肉から、美味しそうな匂いが湯気と共に立ち昇る。
「ヒカリちゃん、頼むなら早くしないとお店が閉まってしまうですよ。風の法術を使って、行きの三倍速で帰ってきたとはいえ、時間まであと一時間くらいしかないのです」
「ほんとー? おじさん、わたしもキング肉焼いてほしいのー」
かなりの高難易度依頼をクリアしたことで、昨日よりも懐が温かいヴィオラは、既に三品目を食べ終わろうかというヒカリの希望を聞いても怯むことはない。
厨房からは、店主であろう中年料理人の「あいよ!」という声が聞こえてきた。
たくさんの料理が所狭しと並べられたテーブルの周りには、食堂で酒などを飲んでいた他の客たちも集まってきていて、
「なんだなんだ、なんの祝いだ?」
「実はあの子、手が四本あるんじゃね?」
「すげえ…」
「あの体のどこに入ってんだよ」
「よく見たら一人だけ普通だぞ!」
と、がやがやと盛り上がっている。
「ふんふひふ、ふぉいふぃーんふぁふぉ!」
「…え? もう食べたのですか!?」
無言でキング肉を食べ続けていたアルフレッドが、最後の一口を無理矢理口に詰め込んで、ぱんぱんに頬を膨らませながら何かを喋っているが、ヴィオラにはなんと言っているのか聞き取ることができなかった。
その後も二人は食べ進め、最終的に胃袋に収まったのは述べ二十一品(デザート含む)。会計は金貨二枚に迫るほどになった。
「はぁ…美味しかったの。ヴィオラちゃん、ごちそうさまなの!」
「久しぶりにお腹いっぱい食べたんだよー! ヴィオラ、ありがとね!」
二人の満足そうな笑顔を見ると、たまにはこんな食事も良いものかもしれない、なんて思ってしまうヴィオラは、ちょろい女なのだろうか。
ヒカリとアルフレッドが自分の腹部をさすりつつ満足感を醸し出し、ヴィオラは驚きを通り越して呆れた頃。廃村から戻った三人の間に、やっと落ち着いた時間が流れ始めた。
「ヴィオラちゃん、明日からはどうするの?」
どこに消えていってしまったのか、本当に疑いたくなるほど膨れていないヒカリのお腹を見ながら、ヴィオラは答える。
「実はあまり考えていないのですよ。北上して行こうとは思っているですが、当座の目的地をどうするか決めかねているのです。時期的にはそうですね…」
腕を組み考え始めたヴィオラは、半年中には一度故郷に帰らなくてはいけないだとか、メルヴィルは一度寄りたいとか、そんなことをブツブツ呟く。
「わたしはどこでもいいの。ヴィオラちゃんについていくの」
その言葉に、ヴィオラがピタリ、と動きを止めた。
「ひ、ヒカリちゃん…も、ももも、もしかして、これからも、私についてきてくれるのです…?」
逸る気持ちを抑えきれず、ヒカリに確認するヴィオラの顔はまるで、聞き間違いでないことを祈る少女のようだった。
「もちろんなの!」
信じられない返答。そして疑り深いヴィオラ。
「ほ…ホントです…?」
「ほんとなの」
「ホントのホントです…?」
「ほんとのほんとなの」
「嘘ついてないです…? 私をからかっているだけじゃ…ないのですか…?」
「嘘じゃないの。からかってもいないの。わたしとヴィオラちゃんは、お友達なの」
そこまで確認しなくても、と思ってしまうような問答の末、どうやらヒカリは本気で言っているようだとヴィオラは理解した。
お、と、も、だ、ち………お友達!!
ヴィオラは足の先から震え上がるような感動に包まれた。実は少し…いやかなり…本当はものすごく、ヒカリについてきて欲しかったのだが、お友達初心者のヴィオラには、ついてきて欲しいとはとても言い出せなかったのだ。
「ヒカリちゃん…ありがとうです! 私、一生懸命頑張るです! …お友達…ああ、なんて素晴らしい響きですか…お母様、私を産んでくれてありがとうです。私は、お母様の分まで頑張って生きるです!」
ヒカリの手を握ってぶんぶんと振り回し、その場で小躍りしそうなほど喜ぶヴィオラ。
「次の目的地かぁ。実はぼく、お野菜も大好きなんだー。だから次は、エルズミーアに行こうよ。メルヴィルに行くなら少し遠回りだけど、方向的には問題ない範囲だよね」
「え…?」
「あれ? ぼく、なにか変なこと言ったかな?」
ヴィオラの呟きをしっかりと聞いていたらしいアルフレッドは、当座の目的地としてエルズミーアを提案した。
エルズミーアは、その国土の九割が大森林と呼ばれる森となっていて、ここよりも北東に位置している。そこには、森の民と呼ばれる人族が住んでいるとのこと。
採れる野菜は瑞々しく、煮てよし、焼いてよし、生で食べてもよし。肥沃の大地に相応しい栄養豊富な野菜の数々は、万病に効くとまで言われ、遠く離れた地の人々にも重宝されているほどだ。
その情報自体は間違っていない。しかし、今問題なのはそのことではなかった。
「アルフレッドさん…も、一緒に来るのです…?」
何故か一緒に行くことが前提になっているアルフレッドの物言いこそ、ヴィオラの疑問に繋がっているとは思わないものだろうか。
「だって、ぼくたちパーティーだよ? 一緒に行くのは当然なんだよ!」
えへん、と胸を反らせるアルフレッドに、ヴィオラがまさか、とギルドカードを確認すると、やはりパーティーメンバーはヒカリだけが書かれている。
「あれれ、いつの間にアルくんがパーティーに入ってたの? わたし、全然知らなかったの!」
「いやいやいや、パーティーは私とヒカリちゃんの二人なのです。メンバーは増えていないのですよ」
あれ、そうだったっけ? と、本気で不思議そうな顔をするアルフレッド。どうやら、ヒカリとヴィオラを探すためにギルドに行ったとき、既にパーティー登録を済ませた気になっていたらしい。
「まあ、そんな細かいことはどうでもいいよね! ぼくもついていくよ! なんか面白そうだし、美味しいものもたくさん食べられそうだしね!」
あははは、と笑いながら、アルフレッドはそんなことを言った。
「そう…なのです…? ヒカリちゃん、どうしましょう…?」
「良いと思うの、アルくんも、もうお友達なの」
「…それは、私とも、お友達なのです?」
「そうなの。お友達のお友達は、お友達なの!」
ヒカリの言葉に、雷に撃たれたような衝撃を受けるヴィオラ。
「知らなかったのです…お友達のお友達は、お友達なのですね…! それじゃあ、アルフレッドさん…いえ、アルちゃんは、もう私のお友達なのです?」
「もちろん、お友達なんだよ!」
「やっぱりですか! ああ、今日はなんて素晴らしい日なのですか…私は今日という日を忘れないのです。
お母様だけでなく、お父様とお兄様、ちぃ兄様…はいいとして、ついでに妹にも感謝しておくのです!」
家族がいっぱいいて楽しそうなの、と手当たり次第に感謝するヴィオラの言葉を聞きながら、ヒカリもなんだか嬉しそうだ。
「そうと決まれば明日の朝、早速ギルドにアルちゃんのパーティー登録をしにいくのです! ヒカリちゃん、アルちゃん、これからよろしくお願いするです!」
「こちらこそなの!」
「ぼく、がんばるんだよ!」
こうして、バサーストでヴィオラが受けた依頼は、禁忌の錬金術師による暴走であるとして、無事に完遂された。
これから先、三人の女性のみの珍しいこのパーティーが、数々のギルドで目覚ましい功績を上げることとなる。
パーティーランクA以上の精鋭にのみ許された、パーティー固有名称を三人が名乗る日は、近い。
人竜戦争と千年騎士 外伝 黄昏の園Ⅱ 完




