バサースト編 下
陽が傾いてきた頃、ヴィオラとヒカリは、町から歩いて半日ほどの距離にある、集落に来ていた。
集落と言っても、人の気配は全くなく、とある理由があって数ヶ月前に放棄された廃村だ。
「目的地はここなのー?」
「そうなのですよ。依頼によれば、夜になるとこの廃村には魔獣の群れがどこからかやってくるらしいのです。今回の目的は、魔獣の殲滅と、できればその原因を突き止めることなのです」
「なんだか寂しいところなの」
「ですね。人に見放された場所というのは、こんなにも物悲しい雰囲気になるですね」
廃村に建つ家は、崩れていたりするものの、決して古いわけではない。
辺りには独特な臭気が微かに感じられ、物音ひとつしないシンとした空気も相まって、薄ら寒く感じられる。
散策していて時折見える家の中は、生活用品や家財道具が散らばっていて、人がいないはずなのに、生活していた跡を感じさせたまま、静かに朽ち果てていくようだった。
「きっと、急なことだったのですね。どれほどの人が犠牲になったのでしょうか。当時の住んでいた方々の不安や絶望を考えると、胸が痛むのです」
決して裕福な村ではなかったはずだが、突如として平穏の日々を奪われた人々の無念を思い、ヴィオラは悲しげに俯いた。
「これは…魔獣の仕業じゃないの。もっともっと嫌な力の流れを微かに感じるの」
「魔獣の仕業ではない、です? では一体、誰がこんなことを」
「誰がきっかけを作ったのかはわからないの。だけど、キレイじゃない力…なんだか気持ち悪いの」
「ヒカリちゃんは、どうしてそんなことが…」
「…ヴィオラちゃん、危ない!」
ヴィオラのすぐ後ろに何かの気配を察知したヒカリは、ヴィオラに飛びつくように腕を伸ばし、彼女を抱きとめたまま地面を数回転がった。
「なっ、なにがあったですか!?」
すぐにヒカリと背中合わせになって立ち上がり、辺りを見回すと、二人は既に囲まれていた。
底冷えするような低い唸り声を上げながら、ペタ、ペタと足音を立てて、四方八方からそれらがゆっくりと近づいてくる。
「あわ、わわわ…これは、アンデット、しかもゾンビではないですか! ひいぃ、気持ち悪いのですー!」
腐った死体の群れを前に、悪霊退散、あっちいけなのです、こないでー! とヴィオラがちょっとしたパニックに陥っている。
夜に差し掛かろうかという暗さだが、まだ周りが見えなくなったわけではない。ざっと見たところ、数は十や二十ではなさそうだ。
「これはちょっとまずいの…ヴィオラちゃん、落ち着いて!」
ヒカリ一人であれば、動きの遅いゾンビ達を斬り伏せながら、包囲網に穴を開けることも可能だが、この状態のヴィオラを一人にするのは得策とは思えなかった。
通常であればいかにゾンビといえども、ここまでヴィオラが混乱することはなかったのだろうが、元より距離を取りながら戦闘する彼女のことだ。なんの心構えもなしにこの数に囲まれてしまっては、最善策を考える余裕もなくなってしまったのだろう。
「ヴィオラちゃん、ごめんなさいなの!」
「あわわわわ!」
ヒカリは腰に下げた鞘から抜剣し、右手に剣を持つと、左手でヴィオラを抱えた。
「まずは少し落ち着くの、せーのっ!」
ドンッ、と音が聞こえそうなほど強く地面を蹴り、ヒカリは目にも止まらぬ速さで走り始める。ゾンビに当たりそうになれば体を僅かに反らし、時に剣で切りつけながら、凄まじい速度でその場を離脱した。
「やっぱり、剣での攻撃はなかなか効いていないみたいなの。ヴィオラちゃん、大丈夫?」
「はぁ…はぁ…ご迷惑おかけしましたのです…急に現れたので、取り乱してしまいました。お恥ずかしいところをお見せしました、のです」
十数秒の間に、村の入り口付近まで戻りきったヒカリは、息ひとつ乱していなかったが、担がれていただけのヴィオラの心臓はバクバクと音を立て、息も浅い。
相手が歩みの遅いゾンビなのが功を奏し、彼我の距離は落ち着くに十分過ぎるほどある。
「すううぅ…はぁ…すううぅ…はぁ…よし、もう大丈夫なのです。ここからはきちんと私もお役に立つのです。火の精霊よ、我と眷属を照らす種を浮かべたまえ…『灯火』」
ヴィオラの精霊術により、二人の前には、ぼうっと光る白い玉がふわふわと浮かび始めた。玉を中心に周りはオレンジ色に照らされ、その光のおかげでかなり遠くまで見ることができるようになった。
「ヴィオラちゃん、ありかとうなの! これで戦いやすくなるの!」
「先ほどは遅れを取ったですが、支援は私に任せるです。ヒカリちゃんは、いつも通りお願いするですよ!」
「わかったの!」
とんぼ返りで元居た方向へ走っていくヒカリを見失わないようにしながら、ヴィオラは使える限りの法術を駆使し、まずはヒカリの支援に徹した。
「精霊術士の実力、見せるですよ!」
ヴィオラは手にしていた長杖をコツン、と地面に当てて、名誉挽回を誓う。
一方、単身ゾンビの群れの中に舞い戻ったヒカリは、 死角が増える建物周辺を嫌い、集落の中でも開けた場所に陣取っていた。
いかにゾンビ達の動きが遅く、ヴィオラの法術によって辺りが見えるようになっているとはいえ、存在するはずの死角からの攻撃も、時に避け、剣で受け止めて受け流している。
ヴィオラを最前線から離脱させ、戦闘を再開してから既に数分経つが、圧倒的な数の力を前にしても、一度も攻撃を受けないその立ち回りは、神業と言っても過言ではないレベルだ。
(うぅ、やっぱり剣が効きにくいの。長期戦の不利は覆せそうにないの)
相手は元より死んでいる。人としての器官や痛覚が存在しない以上、物理的に行動不能になるほどのダメージを与える方法は限られているが、思いのほか剣の通りが悪い。
ヒカリは戦いながらも、以前このような相手と対峙したことがあった気がするのだが、その時、どんな方法で切り抜けたのか、記憶が朧気だった。
「還る場所に還って…どうか安らかに眠ってほしいの…!」
ただひとつわかっているのは、死してなお、この現世に無理矢理留められている魂が、還るべき場所に還りたいと願い、悲鳴を上げていることだけ。
普段は温厚で心優しいヒカリが躊躇いなく剣を振るうのは、それがわかっているからだ。
「そこなの!」
ヒカリが背後に気配を感じ、振り向きざまに一体を斬りつけると、視界の端に火柱が見えた。
ヴィオラの法術はなかなかの威力のようで、一瞬見えた限りでは五、六体が纏めて焼かれている。アンデットは比較的火属性のマナに弱く、光属性を除けば最も有効な攻撃方法だろう。
そう考えて、ヒカリははっとした。
(そうなの、光なの。わたしはあの時…たしか…)
過去の戦いを思い出したヒカリは、動きを止めることなく思考を巡らせた。今はどうやら一般的に認知されていないようだが、基本の四大属性から外れた理がいくつか存在し、その内のひとつに光という属性がある。
アンデットとはつまり、人が死してなお行動する、通常ではあり得ない状態である。そこには、人智を超えたマナの力が働いている。
アンデット達もまた、四大属性から外れたマナである闇の属性を持っており、四大属性に対しては高い対抗力がある半面、相反する光属性には滅法弱い。
(やっぱり、見えるの。還りを願う皆の思いが、たくさんキラキラしてるの)
それを思い出したヒカリが神経を研ぎ澄ませると、確かに感じる光のマナ。それは、死なないことを強制された人々の還りを待つ、無垢な想いの結晶。
ヒカリは、ヴィオラのように様々な属性の術を使うことはできない。その代わり、完全に光属性に特化していた。
徐々に、ヒカリの体の輪郭が白くなっていく。剣を構えるのを止め、両手を下げ、天に祈るように瞳を閉じて、ヒカリは暗い空を仰いだ。
今まで攻撃を繰り返してきたゾンビ達は、手を止め、歩みを止め、唸ることもしない。ただその場に立っているだけ。
「みんな還るの。ある人は家族、ある人はお友達、ある人は愛する人のところ。みんな、よく頑張ったの。安心して眠ってね」
既に直視することもできないほど白く輝いていたヒカリは、自愛に満ちた笑みを浮かべながら、ゆっくりと瞳を開けた。
「『聖なる雨』」
無数の光の雨が、黒く染まる空を突き破って大地に降り注ぐ。
建物も、木も、遮るもの全てを無視して、眩い光を伴って、地面へ伸びていく。
表情のないゾンビ達が、救いを見い出したように、笑った気がした。
突然の光の雨が降り注いだあと、ゾンビ達の姿は忽然と消えた。
自らも光の雨を浴びたが、外傷は特に無かったヴィオラが心配してヒカリに駆け寄っていくと、彼女はただ、優しく微笑み空を見上げていた。
「ヒカリちゃん、無事で良かったのです! 今、何が起こったのですか…?」
「ヴィオラちゃん、お疲れさま! 今のはね、うーんと…お空にお願いしたの。みんなを、居るべき場所に還して下さいって」
「空にお願い…なのですか…? ヒカリちゃんは、本当に不思議な力を持ってるですね」
短い付き合いだが、おそらく問い詰めても、求める答えは得られないだろうと、ヴィオラはそれ以上の追求はしなかった。
「ともあれ、これで一件落着なのですね。魔獣という話だったですが、まさかゾンビだとは思わなかったのです。なぜこのようなことになってしまったのか、些か疑問は残るですが、目下の問題は解決したですね」
これで、ひとつの集落を一夜にして壊滅させた魔獣に怯える人々がいなくなるのです、とヴィオラ。
「ヴィオラちゃん、ごめんなさいなの。たぶん、まだ終わってないの」
「まだ、終わってない…? でも、ゾンビ達はもうどこにもいないですよ?」
「上手く言えないけど、まだ嫌な感じが残ってるの。わたしも久しぶりに使ったから、最後までキレイにすることはできなかったみたいなの」
これ以上なにが、と首を傾げるヴィオラの横では、言葉通り警戒を緩めていないヒカリが、キョロキョロと何かを探している。
ここじゃないの、もっとあっちかな。と、何かを確かめるように歩くヒカリの後をヴィオラが追う。
やがて二人が辿り着いたのは、集落の中心地であったであろう小さな噴水の前。
「んー…この辺、だと思うの」
「むむむ、確かに言われてみれば、ここはなにか違和感を感じるですね…マナが少ない…いや、マナが全くと言っていいほど無いのです」
ヴィオラがあーでもないこーでもないと、噴水の前をぐるぐると歩き回るが、マナがないこと以外には特に怪しい様子は無いように思える。
「どうですヒカリちゃん、なにか感じることはあるですか?」
「なにか、良くない感じはしてるの。だけど…うぅ〜…」
何かあるはずなのに、それがわからないもどかしさに、ヒカリもまた小さく唸る。
「え…?」
音もなく、ヴィオラの片足が突然ズブズブと地面に吸い込まれ始めたは、そんな時だった。
「な、なんなのです! あわわわ! ヒカリちゃん、助けて欲しいです!」
「ヴィオラちゃん!」
ヴィオラの悲鳴にヒカリが気付き、もがくようにばたつかせていたヴィオラの手を取る頃には、既に腰までが地面に埋まっていた。
「んんー! ぜんぜん…ぬけ、ないのー!」
ふおお、と気合を入れながらヴィオラの腕を引っ張るヒカリだが、全く抜け出る気配はない。力を少しでも抜けば、あっという間にヴィオラが地面の中に消えていきそうだ。
「ヒカリちゃん! わたしのことはいいのです! それよりも、後ろですー!」
ついに胸元まで地面に埋まったヴィオラには、ヒカリの背後に大きな暗闇が、灯火を呑み込んで迫っているのが見えていた。
それがどのようなモノかはわからないが、なぜか恐ろしいものであることは理解できた。自分の受けた依頼に巻き込んだ挙げ句、彼女まで死の危険に晒すなど、ヴィオラにはできない。
「それはできない相談なの…!」
背後から何かが迫ってきていることは知っていた。それでもヒカリは振り返ることもなく、ヴィオラの腕を引き続ける。
カラン、とヴィオラの持っていた長杖が地面に落ちる音。ヒカリが掴んでいないヴィオラの右腕までもが、地面の中へ吸い込まれてしまった。
焦りが募る。後がない緊迫した状況でも、暗闇はどんどんヒカリへ迫ってきていて、それを見ていたヴィオラは、諦めとともにヒカリの手を掴む力を緩めた。
「ヒカリちゃん、もういいのです。ありがとうです。短い間でしたが、私はお友達ができて幸せだったです。願わくば、ヒカリちゃんが無事でありますように」
「ヴィオラちゃん…! だめなの! 離しちゃだめなの!」
ヒカリが、その大きな瞳にうっすらと涙を湛える。
瞬間、夜を切り裂く銃声が木霊した。
銃声が聞こえた数秒後、ヒカリの後ろに迫っていた暗闇が霧散するのが、ヴィオラには見えていた。
暗闇が消えたと同時に、地面の奥底に引きずり込もうとしていた力が失くなり、最後まで諦めずに腕を引っ張っていたヒカリのおかげで、ヴィオラはズルズルと地上に引き上げられた。
「た…助かったのです…?」
「助かった…助かったの…! うわぁん、ヴィオラちゃ〜ん!」
ひしっ、と抱き合う二人。
『まだ、仲間がいたのか。あと少しで奈落へと引きずり込めたものを…』
反響したような、くぐもった低い男の声がどこからか響いてきた。
「お前は誰なのです! 私達をどうする気なのですか」
『無論、殺す。その後でアンデットとして蘇らせる。研究は、考察は、興味は、欲望は、終わらない、終わらない、終わらない、終わらない終わらない終わらない終わらないオワラないオわラなイおわラナいぃぃぃ!』
ケタケタと笑うような声は、狂っていた。
どこから話しかけてきているのかはわからないが、その笑いを止めたいかのように、またも銃声。今度は二発だ。
「二人とも離れて、ここはぼくに任せるんだよ!」
抱き合う二人の背後から飛び出してきたのは、昨日食堂で出会ったアルフレッドだった。
その手には長い砲身の銃が一丁、反対の手には別の短い砲身の銃を手にしている。
消えていた暗闇が、人間大の大きさになって再び現れると、アルフレッドに向かって襲いかかっていく。
『逆らう者には死を…死ね、死ね、死ね死ねシネ死ネ死ねしねシネェェェ!!』
「やだよ!」
ドオン、と右手に持った砲身の長い銃のトリガーを引くと、アルフレッドは間髪入れずに左手の銃にスイッチし、そのまま引金を何度も引く。
その間に、右手の銃を太腿に装着していたホルスターに入っていた銃に片手だけで器用に持ち替えると、今度は両方の銃を交互に連射した。
短距離から高速で張られた弾幕に、人を形どった暗闇が徐々に霧散していく。アルフレッドが全ての弾丸を打ち終える頃には、影も形も、何も残っていなかった。
「二人とも、危ないところだったね!」
にかっ、と爽やかスマイルが、灯火の柔らかな光に照らされる。
「あなたは昨日の…アルフレッド…さん?」
「あ、アルくん、やっほー」
戸惑うヴィオラとは対象的に、昨日自己紹介を終えていたのか、ヒカリはアルフレッドに和やかな挨拶。
「やっほー、ヒカリ! いやぁ、お昼寝から起きて、もう夕方だったときにはどうしようかと思ったよー。昨日聞き忘れたことがあって、慌てて追いかけてきたんだよ!」
聞けばアルフレッドは、昨日寝る前に重要なことを聞き忘れていたことに気が付き、今日の夕方、ギルドでヴィオラとヒカリの向かった先を聞いて、走ってここまで来たのだそうだ。
「聞き忘れたこと、なのです? 確かに私も気になることはあったですが、さほど重要な案件はなかったと記憶してるですが」
こんな危険な廃村にまで駆けつけてくるほどの重要なことなど、全く心当たりがないヴィオラの頭の上には、無数のはてなが浮かんでいるようだった。
「うん! 昨日ヒカリが食べてたあのでっかいお肉、なんて料理? ぼく、字を読むのがあんまり得意じゃなくて、今度絶対食べようと思って」
「そんなアホな理由ですか!?」
思いのほかしょうもない用事に、ヴィオラは脱力した。
へなへなとその場に座り込むヴィオラの横では「あれはキング肉なの」と、こちらもしょうもないネーミングの名前を朗らかに言うヒカリ。
「そっかぁ、キング肉かぁ…あ、お腹空いてきた」
そういえば、今日はまだ朝ごはんとお昼ごはんしか食べてないや、と深刻な表情のアルフレッド。そこで深刻になる理由が、ヴィオラには理解出来ない。
「ねえねえヴィオラちゃん、この瓶、なんだろーね?」
顔を引きつらせるヴィオラに、ヒカリが地面に落ちていた瓶を拾って見せる。
ヴィオラがそれを受け取って、灯火の近くで眺めてみると、瓶の中には、赤茶色の粉が入っているようだ。
「赤茶色の粉…ゾンビの大量発生…まさか、これは…」
「んー? 何その粉? 新しい調味料かなぁ?」
「いやいや、そもそもこんな不自然なタイミングで調味料が落ちてるなんて、それこそおかしいのです。これが何かを説明する前に、お二人は法術の一種で、巷では錬金術なんて呼ばれ方もしている術は知っているです?」
「わたしは聞いたことがないの」
「知ってる、甘いお菓子だよね!」
「はい、二人とも知らないですね。錬金術は、四大属性全てを使い、色々な物を組み合わせることで、全く別の新しいものを生み出そうとする術なのです。作ることのできる物は様々ですが、その最終目標は、賢者の石と呼ばれる特別な石を作ることにあるです」
ヴィオラの講義に、ヒカリはふむふむと頷くが、無視されたアルフレッドは「ぼく、知ってるのに…」とひとりむくれている。
「その賢者の石とは、人に不老不死をもたらすと言われているですが、その研究は、副産物的にあるものを開発した時点で禁忌とされ、永久に凍結されることになったのです。それがこれ、ゾンビパウダーなのです」
「ぞんびぱうだーなの?」
「やっぱり、お菓子の材料だ!」
どこかの地域で取れる固い木の実を乾燥し、すり潰して粉状にした物が、ココアパウダーと呼ばれ、なんでも貴族御用達の高級ケーキなどにアクセントとして振りかけられる、とは聞いたことがあるが、今はそのことと全く関係がない。
「ゾンビパウダーを使うお菓子とは、どんな鬼畜なスイーツなのですか。…話を続けるですよ? 出来上がった当初、人はこれを賢者の石の前身、賢者の粉と呼ばれていたです。これはある意味、確かに不老不死になれたのですが、忌避すべき副作用がついて回ることになったです。生きている人を不老不死に変える代わりに、人としての機能を全て失わせる。いわゆるアンデット化、つまり、ゾンビになってしまうのです」
ヴィオラの説明を聞いたヒカリは、勉強になるの、せんせー! とキラキラと目を輝かせるが、アルフレッドは途中から興味を失くしていたようで、しゃがんでその辺の雑草をぷちぷち抜いていた。
ヴィオラは呆れながらも、手にしていた瓶を忌々しげに眺める。
「まあ可能性の話ですが、この粉はゾンビパウダーかもしれないです。あの暗闇はさしづめ、これを研究していた錬金術師の怨念なのでしょう」
「でも、もう嫌な気配はなくなったから、一件落着なの」
「ですね。さすがにこの瓶は危険ですので、私が遠くから燃やすことにするです。多少摂取したところで、害はないはずですが、念の為です」
結論が出たところで、ヴィオラは改めてアルフレッドに向き直った。
「この度は危ないところを助けてもらって、とても感謝してるです、アルフレッドさん。お礼に…そうですね…キング肉でもご馳走するのですよ」
「キングっ、にく!」
シュタッ、と素早い身のこなしで、アルフレッドがヴィオラの前に直立した。
「依頼料がたくさん出るのです。ヒカリちゃんも、ぱあっと行くですよ!」
「待ってましたなの!」
こうして二人にアルフレッドを加え、三人は無事に帰路についたのだった。




