バサースト編 中
「ところでヒカリちゃん、もの凄く強いのですね。落ち着いてからゆっくりお話ししようと思っていたのですが、本当に驚いたのです」
料理を待っている間、二人の会話にも徐々に花が咲き始めたところで、ヴィオラがそんなことを口にした。
「それを言うならヴィオラちゃんだってすごいの。わたしはじっとしてられないから、動きを追って支援するのは大変なはずなのに、最後の方はしっかりと補助してくれてたの」
まだまだ敵さんが弱いから実感しにくいけど、強い敵さんと戦うときは大助かり間違いなしなの! と、ヴィオラの技量にヒカリが太鼓判を押す。
「私には殲滅力が足りないですから、自ずと持久戦みたいな戦い方しかできないのです。私は、死ぬことこそが負けと考える女なのですよ」
褒められて満更でもない気持ちになりながら、そのまま二人が談笑していると、ぽつぽつと注文していた料理がテーブルに運ばれてくる。
「わあ…おいしそうなの」
うっとりと料理を眺めるヒカリに、ヴィオラが冷めないうちに料理を食べるよう勧めると、ヒカリは「それじゃあ、いっただっきまぁす!」と両手を合わせてから、料理を食べ始めた。
「ふわぁ、おいしくて幸せなのー」
「ヒカリちゃん、焦って食べると喉を詰まらせるですよ。料理は逃げないのです」
「はぁい」
顔のつくりや髪の色は違えど、出会って間も無いとは思えないほど仲睦まじく見えるのは、ヒカリの天真爛漫な性格故か。
早く食べてるように見えないのに、恐ろしい速度で片付いていく料理に、自然と周りの視線が注目するのだが、それに全く悪意が感じられないのは、二人の醸し出す雰囲気が穏やかだからかもしれない。
ヴィオラが自分の頼んだ料理を平らげ、食べ続けるヒカリを見るだけになってからしばらく経った頃、二人のテーブルに大きな影が映った。
「おいおい嬢ちゃん、さっきから見てればなかなかの食いっぷりじゃねえか。どうだ、まだ食い足りねえなら、オレ様がご馳走してやるからよ、ちょっとあっちに行こうや」
そう話しかけてきたのは、何故か上半身裸、筋骨隆々とした厳つい顔の大男。髪型は当然、モヒカンである。
職業は荒くれ者、その前は山賊の頭でしたと言われても、そうでしょうね、という感想しか出てこない粗忽な風貌で、一人称がオレ様のいかにもな男だ。あと酒臭い。
「おい、ヤザンが行ったぞ」
「あいつ、性懲りもなくまたかよ」
「銀髪のねーちゃん、そこのエンジェルちゃんを逃がせ!」
「俺も行こうと思ってたのによ」
「絶対脈無しだろ」
「「「だが、そこにシビれる憧れるぅ!」」」
食堂は阿鼻叫喚のるつぼとなっているが、囃し立てるだけで誰も助けに来ないことから、目の前のモヒカンはそれほど悪質ではないことが伺える。
こういう手合は、さっさと拒否した方がいいと思い、ヴィオラはヒカリに、軽くあしらえと目配せをする。
「もぐもぐもぐ!」
しかし本人は、相変わらず幸せそうに食事を頬張るだけで、話しかけられたことすら気付いていなかった。
しょうがないのですねと、お友達のために満更でもなさそうなヴィオラが、席を立とうとしたその時。
「まてまてまてー! そんな強引な手段で女の子を食事に誘うなんて、神様が許してもぼくが許さないんだぞ!」
からんからん! と、けたたましい鈴の音を響かせて店内に颯爽と現れたのは、中性的な顔立ちの茶髪の少年。歳はヴィオラとそう変わらないくらいか、やや年下といったところ。
「やべえ、アルフレッドだ…」
「おいおいどうすんだよ」
「ヤザン、死んだな」
「ここで来るかー」
「さ、早いところずらかるか」
どうやら少年の名前はアルフレッドと言うらしい。そして、周りの客が口々に呟く内容を聞くに、招かれざる客っぽい雰囲気がひしひし伝わってくる。
「げ、て、てててててめえ何しに来やがった! 今日のオレ様はまだ何もしてねえ、本当だ! なあ、そうだよな、銀髪の嬢ちゃん!」
慌てふためくモヒカンに、さて、ここはどう返すべきですかね、と思案顔のヴィオラ。モヒカンはゴクリと喉を鳴らしながら、祈るように彼女を見つめている。
じっくりと三秒考え、ヴィオラが出した結論は。
「有罪」
「のおおおおおおおっ!!」
判決理由は、今の今までヒカリにしか目が行ってなかったのに、こんな時だけヴィオラに話を振ってきたことである。ヴィオラ曰く、女の誇りに関わる問題なのです。よって有罪。
「ぎるてぃ? なんかカッコいいんだよ!ぼくは?ぎるてぃになれるかな!」
「ぇ…」
しかし話が突然、意外な方向に湾曲し始めた。
ギルティを何やら称号のようなものと勘違いしているのか、あっという間にヴィオラのプライベートスペースを侵食してくるアルフレッド。顔と顔の距離がものすごく近い。
「乙女に何をするですか! 男児たるものそんな性急に事を運んではいけません! 名誉毀損、公然猥褻、あっちいけなのです〜!」
わたわたと手を振りながら、さささっ、と距離をとるヴィオラ。
「えー? ぼく、女の子だよー?」
どうやらギルティの意味は分からずとも、男児の意味は分かったらしいアルフレッドが、何わけわからないこと言ってるのさ、と小首を傾げていた。
確かに、よく見れば顔立ちは整っており、可愛らしい。髪を伸ばせば間違いなく女子に見えるが、名前や言動が女子っぽくない。
「…ホントなのです?」
「ほんとほんと! 確かめてみる? …ほらっ!」
「わー!わー! 急に何するです! 周りに見えてしまうですよ!」
急に上着を捲り始めたアルフレッドに、ヴィオラが身を呈して周囲から見えないようにガードした。今日一番のファインプレーである。
「わかってくれたー?」
「わかったです、わかったですから、もう少し慎ましさを覚えた方が良いのですよ、アルフレッドさん」
「つつましさ、って…? …はっ! どこでぼくの名前を…! まさか、スパイ!?」
ヴィオラは、はああぁ、と深いため息。
「恥じらい、と言い換えてもいいのですよ。一応聞いてあげますが…どこかにスパイされる様な心当たりがあるのです?」
「ないね!」
「だと思ったです!」
どっと疲れたヴィオラが、ふと気づいたときには、先ほどまでいたはずのモヒカンの姿は消えていた。どうやら、話の混乱に乗じて逃げ出したようである。
モヒカンの狼狽ぶりから、アルフレッドもヒカリ同様、見た目で判断できない強さを持っているのだろうが、今のところその片鱗は見えない。
「はああ…美味しかったの…ごちそうさまでした!」
「って、この状況でずっと食べてたですか!? 豪気というかなんというか…運んでくる店員も大概なのです!」
「むむ…むむむむ…その口についたクリーム…さては、一日五食限定のアルティメットケーキDXだなっ、羨ましい!」
あああ、なんかまた面倒なことになりそうです、と、ケーキがアルティメットな上にデラックスらしいことへのツッコミも忘れ、ヴィオラがテーブルに上半身を投げ出して倒れ込んだ。
「名前は忘れちゃったけど、甘くてとっても美味しかったの!」
「いいなー、いいなー」
急にスイーツ談義に花を咲かせる二人を横目に、ヴィオラがだらーっとしながら食堂の中を見渡していると、既に客がいなくなり始めていることに気がついた。
夜も更けてきたし、ヒカリも食べ終わったようなので、もうそろそろ帰り時、ということだろう。
「なんか疲れたですが、ヒカリちゃん、そろそろ宿に戻りましょう。あまり遅くなると、お湯がもらえなくなるです。今日はとても暑かったですので、私は今すぐにでも体を拭いてさっぱりしたいのですよ」
「わかったの!」
雰囲気を察した店員(今度は普通のウエイトレスだった)が「お会計、端数はサービスで銀貨七枚になります」と、予想通りの金額を請求。ヴィオラはお財布が軽くなることを悲しみつつ、しっかりとお代を支払った。
「それじゃあ、またなの」
「うん、またね!」
和やかに別れの挨拶を交わす二人を見ながら、明日からの食事をどうするか、真剣に考えるヴィオラだった。
宿に戻って就寝間際、食堂にアルフレッドがどんな目的で登場したのかを考えてみたが、ヴィオラには全く答えが見つけられなかった。
しかし、隣ですやすやと幸せそうに寝ているヒカリを見ると、なんだかどうでもいいような気がしてきて、彼女もまた眠りに就いたのだった。
翌朝、朝食を終えたヒカリとヴィオラは、町の中央に位置するギルド支部へ赴いていた。
一階建ての石造りの建物で、入り口の真正面に受付カウンター、左には四人用の丸いテーブルが四つ、右手には大きな木製のボードに、文字や絵が記された紙が数十枚貼ってある。
「わあ、なんだかすごいところなの。ここがギルド…お仕事を貰えるところなの?」
「そうなのです。まずはヒカリちゃんのギルド登録をするですよ。ギルド登録をして、依頼を受けないと、せっかく魔獣を倒しても、採取する部位もわからないですし、最悪の場合依頼自体が他のパーティーに取られている可能性もあるですから」
ヴィオラとヒカリは受付カウンターまで行き、愛想良く笑う受付嬢に、ギルドに登録をしたい旨を伝える。
「登録ですね。お二人ですか?」
「私は既に登録してありますので、こちらの子をお願いします」
「かしこまりました。お連れ様は、他の地域でギルド登録はされていますか? ランクが高いようであれば、こちらでも高ランクからスタートすることができますが」
ヴィオラが目線でヒカリに問いかけるが、ヒカリはふるふると首を横に振った。
「初めてですね。パーソナリティマッチングはご使用になりますか?」
パーソナリティマッチングは、ランク、得意武器、性別、討伐記録、戦闘スタイルなどを細かく登録しておくことで、事前に要請しているどこかのパーティーの出した条件に当てはまった場合に、ギルドを通して仮パーティーを組むことができる制度のことだ。
個人で登録する側のメリットは、一人でもパーティーを組んで安全に依頼を受けることができたり、どこかのパーティーに入りたいと思っている場合、色々なパーティーに入ることで、自分が入るパーティーを選んだりできることが挙げられる。
パーティー側が登録するメリットは、自分のパーティーに足りていない戦力を補充できたり、男女間でのトラブルを避けたりと、その用途は様々である。
「いえ、基本的には私とパーティーを組みますので、今は不要なのです」
「それでは、名前だけ頂戴しますね。こちらの紙にお名前の記載をお願いします」
一瞬、ヒカリが文字を書けるのかを疑問に思ったヴィオラだったが、そんな心配を他所に、ヒカリはスラスラと、差し出された紙に自分の名前を書いていく。なんというか、ヒカリらしい、可愛い文字だった。
「…申し訳ございません、私にはどうやら読むことのできない言語のようですが、こちらは何語になりますか?」
そう言った受付嬢の言葉に、ヴィオラがヒカリの書いた文字を見てみると、確かに見たことのない言語のようだ。ヒカリも、問われても答えられないようで、困ったように笑う。
「ヒカリちゃん、どうやらヒカリちゃんの書く言語は受付の方が読めないようですので、私が代わりに書くことにするですね」
「うん、ごめんなさいなの」
謝るほどのことではないのですよ、とヴィオラが『ヒカリ』と紙に書くと、受付嬢がなにやら詠唱を行い、文字がぼうっと白く光り始めた。
不思議そうに眺めるヒカリに「これは土の法術の一種で、特殊な鉱石で出来たカードに、ヒカリちゃんの情報を書き込んでるのです」とヴィオラが補足説明をする。
「すごいのー!」
「依頼が終わると、毎回依頼内容に応じて設定されている貢献度が上書きされるです。それを溜めていくと、ギルドランクが上がって、より難易度の高い依頼を受けられるようになっていく仕組みなのです。ちなみに、この法術はマナを別の物体に動かす護法に似ているですが、どうやら術式はギルド秘伝のようで、私も詳しくはわからないのです」
誰でも使えてしまっては、ランクの改ざんに繋がってしまいますから、と語りながら、受付嬢は出来たカードをヒカリに見せる。
「はい、出来上がりです。続けて、パーティー登録もされますか?」
「お願いするです」
ヴィオラが自分のカードも差し出すと、また同じような法術を使い、二人のカードにそれぞれ文字が記載される。
ヴィオラのカードには、
登録名:ヴィオラ
ギルドランク:C(52)
パーティー名:未設定
パーティーメンバー:ヒカリ
パーティーランク:C(0)
と記載されており、ヒカリのカードには、
登録名:ヒカリ
ギルドランク:F(0)
パーティー名:未設定
パーティーメンバー:ヴィオラ
パーティーランク:C(0)
とそれぞれ記載されている。
ちなみに(0)や(52)はギルドへの貢献度を表していて、依頼難度に応じて、達成すればプラスとなり、失敗でマイナスとなる。(100)になれば、自動的に次のランクへ昇格だ。
「結成時のパーティーランクは、お互いが初めてだった場合、パーティーメンバーの一番ランクが高い人のランクとなります。また、同一のパーティーで功績度が貯まると、パーティーボーナスが上乗せされていきます」
「同じメンバーで依頼を受け続けると、より高い難度の依頼を早く受けられるようになる仕組みなのですね。途中でメンバーが抜けたり、加入したりしたらどうなるのです?」
「メンバーが抜ける場合は、パーティーボーナスの数値が人数割されて配分されます。また、パーティーメンバーが加入する場合は、今は保有している全員のパーティーボーナスを合算したあと、人数割りすることになりますね。ちなみにパーティーランクの昇格は、一番貢献度が高い人にパーティーボーナスが適用された時、ギルドランクが上がるようなら昇格となります」
つまり、今の数値で依頼を受け、仮にその依頼のギルド貢献度が30、パーティーボーナスが30だった場合、パーティーで一番高いヴィオラの貢献度が52から82になり、そこにパーティーボーナスを加えると100を超えるため、ヴィオラのランクがC(82)でもパーティーランクはBとなる。
その後パーティーを解散すれば、ヴィオラとヒカリにそれぞれ15ずつパーティーボーナスが配分される。
また、パーティーメンバーがもう一人増えた場合は、30を三人で割って、それぞれ10ずつパーティーボーナスが反映されるということである。
実際には、貢献度が30も上がる依頼などは考えにくいため、あくまで例えの話である。
ちなみに、ランクが上がって余った貢献度は、半分になって加算されるとのことだった。
その他、倒した敵は個人毎にカードが記憶することなど、細かい規定や計算はあるようだが、算術が得意なヴィオラは、なるほどです、と既に訳知り顔。隣のヒカリは首を傾げて、うーん、と唸っていた。
「まあ、あまり気にしないで頑張ればいいのですよ。ランクはあとからついてくるもの、まずは目の前の依頼をこなすだけなのです」
「それもそうなの。わたし、がんばるの!」
ヤル気に満ち溢れるヒカリとヴィオラを微笑ましく見ながら、受付嬢は告げた。
「それでは、ギルド登録料とパーティー登録料で、銀貨ニ枚になります」
「ふあっ」
完全にそのことを忘れていたヴィオラは、思わず変な声を出して放心。
昨日に引き続き手痛い出費に、お友達のためなのです、仕方ない、仕方ないとぶつぶつ言いながら、銀貨二枚を受付嬢に差し出す。
「ありがとうございます。銀貨二枚、確かに受け取りました。それで本日はどうされますか? なにか依頼を受けていかれますか?」
「実は、もう依頼は受けてあるのです。この依頼を私個人からパーティーに移すことは可能なのです?」
「もちろん大丈夫ですよ。依頼内容を拝見させていただけますか?」
ヴィオラが受付嬢に依頼が書かれた紙を差し出す。
「この依頼は…!?」
受付嬢は、ヴィオラから受け取った紙を見るなり、信じられないようなものを見た目で、絶句していた。




