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人竜戦争と千年騎士 外伝  作者: むるふ
黄昏の園Ⅱ
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バサースト編 上


「ああ、とても暑いのです…こんな日は、ギルドの依頼なんてほおっておいて、涼しい水辺でゆっくりお昼ご飯でも食べたいのです」


 あらゆる鉱石の産地として名高い、バサーストの首都に近い岩肌の道を、じんわりと汗を浮かべながら歩いている女がいた。


 少女と女性のおよそ中間くらいの歳の頃で、巷では珍しい銀髪を首元で無造作に揃え、太陽がギラギラと輝くこの地には不釣り合いな法衣を着込んでいる。


 ふぅ、ふぅと吐息を漏らしながら、手にしている長杖に体重を預けつつ、えっちらおっちら、亀の歩みで前に進んではいるが、目的地まではまだまだ先は長そうだ。


「こんなことなら、馬を借りてくれば良かったです。…いやいや、流石に一日で銀貨一枚、無事に馬を返せばあとで返ってくるとはいえ、保証金として金貨三枚はとても払えないのです」


 バサーストは庶民の感覚がわからないのです、故郷では金貨一枚と聞いていたですなど、暑さで小言も尽きないというものだ。


 馬を借りる保証金に金貨一枚というのは相場通りであり、彼女が世間知らずというわけではない。ただ、その点においてはバサーストが特殊というだけだ。


 バサーストは気温が高く、肌がチリチリとするような灼熱の太陽に加え、慢性的に水も不足している。人を含め、動物が生きるには厳しい環境のため、貸し出す馬の生還率も、他国と比べれば圧倒的に低いことが、貸出料の値上げに繋がっているのだ。


 そのまま、ひぃひぃと言いながら歩みを進めていくが「ああ、もう限界です!」と、彼女は灼熱の太陽を恨めしげに睨みつける。


「こんな遅さでは、目的地に着くのは明日になるです。温存しておきたかったですが、背に腹は変えられないですね」


 そう言って、彼女は持っていた長杖の柄を、地面にコツンと打ち付けると、小声で「水の精霊よ、暑気を払う神秘の力を我に授けたまえ…」と唱えた。


「『覆う霧(ハイドロミスト)』」


 カァァァ!


「あわわわ! な、何が起きたです!? まさかの失敗なのです!? 前が見えないです!」


 詠唱を終えた直後、昼間だというのに彼女の視界が、眩い光で真っ白に染まった。


 目の前に腕をかざし、顔を背けようとしたものの、光を直視してしまった彼女の目は眩んでしまっており、しばらくはまともに見えそうもない。


 今日はなんなのです、もう帰りたいですと弱音を吐く彼女の目が慣れた頃、ゆっくりと目を開けると、誰もいなかったはずのそこには人がいた。


「…やっほー!」


 訂正しよう、ただの人ではない、絶世の美少女だ。こちらを見ながら満面の笑みで手を振る、絶世の美少女がいた。


「…ぇ」


 思わず漏れ出す、脳内会議満場一致の困惑。


「あれ? もしかして通じてないのかなぁ、ええと…こんにちは?」


「あ、はぁ…こんにちは…?」


「通じたの!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねながら喜びを体現する少女に、いや、通じてるとかそういうことではないのですよ。と思いはするものの、常識の枠を越えに超えた突然の出来事に、二の句を告げられない彼女を誰が責められよう。


「それでは、改めまして…やっほー!」


「えと、や、やっほー…?」


「うんうん」


 なに、なんなのです!? やっほー、とはなんの挨拶なのですか!? と心中狼狽える彼女を置き去りに、透き通るほどしなやかな青い長髪を靡かせ、少女は朗らかに笑う。


 出会う人全てを幸せにするようなその笑顔を見ていると、説明不能の事態に置かれてなお、心が安らいでいく気がする。


「わたしはヒカリ、あなたは?」


 そして急に始まる自己紹介である。


「私ですか? 私は…ヴィオラといいます。訳あって各地のギルドを回って旅をしている…まあ、有り体に言うと、根無しの冒険者なのです」


「そっかぁ…冒険者かぁ」


 何がなんだかわからないまま、成り行きに身を任せて自己紹介を返したヴィオラに、対するヒカリは何やら思案顔だ。


 話が途切れそうなので、なんとか会話を持たせようと(本来そんなことを気にする必要はないのだが)、今一番気になる質問を素直にぶつけてみることにした。


「ところで、ヒカリさんはどうやってここに? 先程までそこには人っ子ひとりいなかったと記憶してるですが」


「わたしはたった今、あなたの精霊術に導かれてやってきたの。ええと、確か精霊界(エレメンタリオ)ってところから?」


 みんな、とはどこの誰のことを指すのかはわからないが、ヒカリの言う単語には覚えがあった。


「エレメンタリオ、ですか… 確か、この世界であって、この世界ではない。時間という概念の存在しない次元にある、精霊が生まれ、そして還っていく世界…だったです?」


 わたしも詳しいことはわからないの、と、ヴィオラの言葉に、相変わらずヒカリはニコニコと笑みを浮かべている。


「うーん…信じられないですが、ヒカリさんは人ではなく、精霊、なのですか…?」


「ううん、わたしは人なの。でも、他の人とは少し違う…と思うの」


「…つまり、よくわからない、のです?」


「えへへ」


 はにかむヒカリに、ヴィオラが、はあ、と脱力した。


「ヴィオラちゃんと出会ったのも縁なの。わたしも一緒に冒険についていってもいいかな?」


 続けざまにヒカリが口にした一言に、ヴィオラは「えぇぇ…」と驚く。この際自分のことは棚に上げるとして、目の前の少女が魔獣と戦えるような力を持っているようには到底見えなかったからだ。


「こんなことを言うのもなんですが、私は普通の冒険者とは違うですよ? ある目的のために、強い魔獣や、時には竜とだって戦うこともあるかもしれないです。正直に言えば、ヒカリさんの身が危険なのでおすすめしないのです」


「そこは大丈夫だと思うの。わたし、結構強いの」


「と、言われても…みすみす危険に晒すのは気が引けるです」


 ましてヒカリは美少女だ。なんとなく歳は同じくらいな気がするが、同じ女でも、なぜだかヒカリの傷つく姿は見たくないと思ってしまう。


 ヴィオラが困惑している間にも、ヒカリはなにやら「あれ、こうだったかな? 違ったの、こう? それっ、あれー?」と、百面相で何かをしようとしている。


 しばらくなんとも言い難い雰囲気が二人を包んでいたが、思い出したの! と急に両手を空に掲げたヒカリの手が、白く輝き始めた。


「じゃーん!」


 そう言ったヒカリの両手には、先程まで持っていなかったはずの剣があった。


 王侯貴族が儀式の時だけ手にするような、豪奢な装飾が施された鞘に収められた一振りの剣だ。


 その剣をヴィオラに見せながら、ね、強そうでしょ、と態度で語りかけてくるヒカリを、これ以上無下に扱うのは良心が痛む。


「…とりあえず、私は今、ある依頼を受けているですから、それを手伝ってもらう、ということでどうです? 私も一人では何かと不便を感じていたので、もし良ければ、ですが」


「もちろんいいよー! それじゃあ、わたしとヴィオラちゃんはお友達だね!」


 仲間ではなく、お友達という表現に、出会って間もないながらにヒカリらしさを感じ、ヴィオラは微笑んだ。


「わかったです。それではよろしくお願いするですよ、()()()()()()


「任せてなの!」


 こうして、突然出会った二人の旅は始まったのだった。





 結論から言えば、ヒカリの強さは圧倒的と言ってよかった。


 精霊術師を生業とするヴィオラは、精霊の力を利用して攻撃もできるが、元より回復や支援という役割にこそ特化していて、対魔獣戦における殲滅力は決して高くない。


 遠距離からの攻撃はそこそこ得意なのだが、距離を詰められると対抗手段が極端に少なくなり、動きが早い敵に対しては、戦闘時間が長くなることが多いのだ。


 対してヒカリはオールラウンダー。それも、全てが一級品の、スーパーオールラウンダーだった。


 剣を振るえば、地面を割り砕いてしまうのではないかと思える威力。


 弾丸のように一瞬で彼我の距離を詰める速さ。


 攻撃を一度足りとも受けず、かすることさえないほどの瞬発力と回避能力。


 おまけに回復までこなせるという、信じられないほどのハイスペックである。


 その姿を見れば見るほど、自分との能力差に愕然としてしまうヴィオラを支えたのは、精霊術を駆使した支援技術が、唯一ヒカリに優っていたという点だろうか。


 だがそれも、ある程度整備された街道に出てくる魔獣程度では役に立つはずもなく、


 魔獣が出る→ヒカリが迎撃する→支援しようとした時には既に戦闘終了


 というルーティンが出来上がってしまい、自分の役立たずぶりに落胆を通り越して、笑ってしまうほどだった(もちろん自嘲である)。


「さて、宿も確保したことですし、今日は出会った記念に、ぱあっとやるですよ!」


 そんなわけで、当初翌日の朝に着こうかと思われた道程が、こうして遅めの夕食を大衆食堂で食べられる時間に到着することができたのは、ヒカリの活躍によるところが大きいのだった。


 からんからん、と、耳心地の良い鈴の音を鳴らし、扉を潜った二人は「お好きなところへとうぞー」と元気のいいウエイトレスの言葉に従い、入り口にほど近い窓側の席へ腰掛けた。


 珍しそうに店内を見渡すヒカリは、完全にお上りさんである。


「いるぁっしゃいませ!美しいお嬢様方! ごっ注文はいかがいたしますka?」


「…変なやつが来たです」


 ウェーブがかった金髪、爽やか風だが妙に暑苦しいウェイターに、顔をしかめてボソッと正直な感想を言うヴィオラ。


 対して、向かいに座ってメニューを見るヒカリは、今日ヴィオラが見てきた中で一番真剣な表情をしていた。


「うーん…とっても迷うの」


「ヒカリちゃん、お金なら気にしなくて良いのですよ、お腹が空いているなら二つでも三つでも、好きなだけ頼むです」


 ヴィオラは、まあ、そんなに食べれるはずないでしょうが、と思いつつ、気持ちでは本当にそう思っていた。


 大きな声で吹聴するような話でもないので、ヒカリには言ってなかったが、ヴィオラには、生まれ育った環境が特殊だったこともあり、友達と呼べる知り合いが一人もいない。ヒカリにお友達だと言われ、実はかなり舞い上がっていたのだ。


 ましてヒカリは(今回だけかもしれないが)大事な旅のパートナーだ。ここに至るまでの道中、ヒカリのおかげでかなり力をセーブすることができたし、お財布の紐も緩もうかというものである。


「ホント!? ありがとうなのヴィオラちゃん!」


 先程のウェイターは、左手を腰に当て、右の手のひらを差し出したまま中腰の体勢を維持し続けているが(何のポーズかは不明)、愛くるしいヒカリの笑顔の前に、そんなモノは目に入らない。思わずヴィオラもほっこり笑顔である。


「それじゃあ、これと、これでしょ、あとこれと、これも! デザートは、全部下さいなの!」


 ほっこり笑顔、のはず…だったのだが。


 メニューを次々と指差していくヒカリを見ていると、ヴィオラの表情が唖然としたものになっていった。


 いかにお財布に優しい大衆食堂とはいえ、銅貨数枚から銀貨一枚ほどまで、様々な値段の料理がある。それにしても女性二人で、総額銀貨七枚を超えるような注文をするなど、誰が想像できようか。


 この世界では稀有な、ヴィオラの特技である算術がこんなところでその真価を発揮するなど、正直御免こうむりたい。


「ひ、ヒカリちゃん、そんなに頼んで大丈夫なのですか…? 食べ盛りの成人男性が、食べ切るのに三日はかかるような量になる気がするですが…」


「大丈夫なの! わたし、今までごはんを残したことないの♪」


「そ…そうなのですか」


 あ、は、は、と乾いた笑いを浮かべるヴィオラに「それでは、ごっ注文を繰り返しまsu!」と、長々と注文を繰り返すウェイターの声が右から左に流れていく。妙に腹立たしいのは気のせいか。


「以っ上でよろしいですne?」


 そんな長い注文、最初の方なんて覚えてるわけないのです! とも言えず「…はいです」とヴィオラは短く肯定する。


 変なスキップをしながら「LaLaLa〜♪」と口ずさみながら去って行くウェイターの背中を、視線だけで体に穴を開けられそうなほど見つめるヴィオラ。


(まあ、気にしてもしょうがないのですね。別に驚いただけで、()()()のヒカリちゃんに対して悪感情は全くないのです。本当ですよ…? 全てはあの金髪がムカつくだけです。平常心、平常心…)


 誰に対する言い訳か、ヴィオラは胸中でそんなことを思いながら、出てくるであろう料理を、ニコニコと楽しみに待っているヒカリに視線を戻した。


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